komorebi. 20
新しく通うことになったのは立海みたいな私立ではなくて公立の中学校。
大阪にある、これまたテニスの強い全国区の学校だと聞いた。
学校名をいえば仁王先輩がすぐにわかったので驚いたものだ。
前情報はその程度しかないまま転校してみると、やっぱり関東の学校とは違う部分はあった。
この中学校の特色なのか、たまたまそういう先生やクラスメイトが集まったのか、笑いに身体を張ってる人が多いなと思う。
真新しい環境で、客観的に見ればくだらないであろうギャグを真剣にやってる人たちを見て、俺は机の上でごろんごろんしながら笑っていた。はー、くだんね。
「ツボ浅……」
隣の席の、生粋の大阪人っぽい財前クンは俺に呆れた眼差しを向けた。
クオリティとかセンスとか内容とかじゃなくて、ただ俺が本当にツボが浅いということは正しい。
「だって、おもしろいんだも……んはは」
「そんなおもろくなかったで」
「オイ財前ん!どこがおもろくなかったんか、言うてみ!!」
「どこも。俺が笑てないんが何よりの証拠っすわ」
英語の先生が財前のつぶやきを聞きつけて名指ししたが、しれっとした顔でいなした。
俺はそれも面白くて笑いながら泣いた。
「はあ……こんなんで泣いてしまった」
「涙もったいないで」
「お気遣いどうも……」
すっかり授業が元通りに進んだ頃に独り言ちると、財前はまたもそれを聞きつけて冷たいことを言ってくる。こいつ、さては突っ込みとして面白いやつだな?俺でもわかる。
「つか大笑いしといて、こんなんて」
「いやーくだらなくって」
俺のあんまりにも素直な感想に、財前はとうとうフッと息を吐いて笑った。
あら、意外と可愛いとこあんじゃん。
でも笑顔をあまり見せてくれることはなくて、そっぽむいてしまうので、耳にたくさんついたピアスを眺めてから黒板に目を戻した。
休み時間のたびに、というわけではないが昼休みとか、放課後とかに一通か二通、仁王先輩との連絡が少しずつ続いたまま大阪での新生活は順調に進んだ。
クラスメイトも俺を東京から来た転校生として物珍し気に見ていて、絡んで仲間に入れてくれることは多かったし、男女ともに仲の良いクラスだったので、性別があいまいな俺も浮くことなく馴染めた気がする。
「な、麻衣ちゃんて前の学校に彼氏おるん?」
「へ」
ある日友達とごはんを食べてた時に聞かれて、ぽかんとしてしまう。
どうしてそんな話題になったのか、皆目見当もつかなくて。
「ほら、いつもスマホで誰かに連絡しとるやん」
「ありゃ、ごめん……?」
「いや、うちらと居るときはしてへんよ!」
友達と居るときスマホ見てたかしら、と謝ったけどどうやらそうじゃないらしい。
「財前かてそう思うやんな」
「どーでもええ」
俺の隣の席で音楽を聴いてたらしき財前は、興味なさそうな目を向けてきた。
「スマホ見てばっかのやつなんてぎょーさんおるやろ」
案外内容は聞いていたらしい。
SNSが流行している昨今なので、特定の誰かに連絡する以外でもスマホは人を夢中にさせた。
「ああ、財前とか廃人やもんな」
「廃人ちゃうわ」
財前もそういうのをしているそうなので、へえー、と友達同士の話を聞く。
容易く人とのつながりを作り、それでいて近すぎないツールだと思う。案外一方的にやるほうが、俺としても気楽なのかもと思える。
「財前みたいに、アカウントつくろかな。転校前の友達とかに連絡するって億劫で。でもほら、元気だよって言いたいし」
「ああ、そらめんどいな」
「たしかになんか、いちいち仰々しい感じするやんな」
だからって連絡することを怠ってしまえばどんどん疎遠になってしまいそう。
そんなわけで、俺は財前に教えてもらいつつ、アカウントを作ることにした。
「財前のことフォローしたい。どこ?」
「……かせ」
スマホをぱっととられて、覗き込むと検索タブにアルファベットを入れていく。それがおそらく財前のIDという奴で、検索結果には1件だけ候補が出てきた。
フォローと書かれた白抜きの丸を押すと、フォロー中という文字に変わる。
そして自分のページに戻れば、ほぼ財前の投稿だけが占拠してた。
自分の投稿もなく、他にフォローしている人がいないんだから当たり前か。
「麻衣ちゃんなんか投稿してみたったら」
「ピースして、ピース。星つくろ」
財前をも巻き込み二人分の両手を借りて、自分は片手でピースを作り星のマークが完成した。その写真を初投稿と名付けて送信して、無事投稿が完了したところでチャイムが鳴る。
仁王先輩にはアカウント作った直後に、これみてーと教えておいたけれど、放課後になったらすっかり俺のことをフォローしてるヒヨコのアイコンがいた。
俺が描いた絵じゃねえかよ……。
『最初のフォローしてる奴、誰?』
放課後すぐに、珍しく電話が来たと思ったら開口一番におそらく財前のことを聞かれた。
「誰って……アカウント作り方教えてくれたクラスメイト」
『ふうん、どんな奴』
隣の席の男で、テニス部だよと伝えると、さっきの素っ気ない「ふうん」よりさらに熱のこもった「ふうん」が返ってくる。
「もしかして、嫌だった?」
『嫌じゃなか。麻衣はいっぱい投稿しんしゃい。でもたまには俺にだけメッセージ送ってほしいナリ』
「おやすみって毎晩送ってるでしょ」
『そういう問題じゃなか』
甘ったれ恋人ごっこを楽しんでいやがる……。
仁王先輩の向こう側から、クラスメイトの野次が聞こえてきた。
俺はいまだに、風よけ程度にはなれているのかな、なんて思いも過る。
一方俺も教室で電話をしてしまったので、財前の訝しむ目が向けられた。
もろに自分のことを説明していたら、そりゃ見るだろう。
「───彼氏やん」
電話を終えるなりそう指摘されて、えっと言葉に詰まる。
仁王先輩の彼女は俺だと思うけど、俺の彼氏は仁王先輩かと聞かれるとなんかそうじゃない気がして。
別にここで、仁王先輩の彼女のフリをする必要はないわけだし。
「絶対俺のこと嫉妬しとった。フォローはずしたろかな」
「やだやだやだー!こんなことで友達失いたくないぃ!」
俺のこと当て馬にせんといて、と本気で嫌そうに言ってくる財前にすがる思いで駄々をこねる。
もし変な嫉妬されたり、自分をダシに喧嘩とかイチャイチャしだしたらブロックするからなという宣言のもと、財前はしばらく様子を見ることにしてくれた。
後日無事、色々な友達がフォローしてくれるようになったし、仁王先輩の追及も最初の一回きりで、基本的には俺の投稿にハートを押す程度のリアクションしかなかったので安堵した。
next.
ぬるっと四天宝寺に転校します。
財前君はブロガーじゃなくてツイッタラーにしとく。
July.2022