I am.


komorebi. 21


どこも変わらないな、蝉の鳴き声は。
……なんて、違いなんて判別できないけれど。
久しぶりにやってきた神奈川の、立海大付属中最寄り駅前で、押し寄せる熱風に立ち竦む。
しかしここでどんなに待ってても、夏は終わらないわけで、意を決して足を踏み出した。

学校内に入るには事前に許可をもらっていたので、受付はスムーズに終わった。
来校章をつけてるのを良いことに、赴くままに校内を歩いた。
転校前にも見納めとして散歩をしたけど、離れてからまた歩くのも良いと思う。
転校してまだ三ヶ月かそこらなのに、毎日通う学校というのはたやすく記憶を塗り替えるもので、どこもかしこも懐かしいとさえ思えた。
特に立海は設備が整っているので、余計に圧倒されるのかも。
かつて通っていた教室とか、本当は通うことになったであろう二年生の教室とかを覗きこむ。仁王先輩の去年の教室でもあるけれど。
「あ、」
飾られた絵の並ぶ廊下を、後ろ手に腕を組み歩いているとき、立ち止まる。
思わず、手をほどき、投げ出すほどには驚いた。
───完成したんだ。
いつぞや見かけた絵が飾られていた。
仁王先輩から話には聞いていたけれど、テニス部の部長さんは手術を終えて復帰したらしい。だから絵もきっと描き上げて、ここにいるんだろう。
夕日にキラキラ光る髪の毛の金色が、とてもまぶしい。
換気のために開けられた廊下の窓から入ってくる少し暑い風さえも、この絵の中の風を彷彿とさせる。
現実では風が俺のうなじを追い越して、短い髪の毛を持ち上げた。

「……あれ───」
「、」
ふいに、声をかけられて驚く。そこにはまさに、この絵を描いた人物がいた。
多分制服じゃないから気になったのだろう、思わずと言った感じの声は、すぐに潜められる。
とはいえ目が合ったので、こんにちはと挨拶し合う。
「絵、完成したんですね」
「うん。覚えてたんだ」
そもそもそんなに会話をしたことがなかったので、妙に緊張した。
俺が転校したこととか、彼が退院したこととかを、いちいち話すほどのフランクさはない。
「見たかったんですよね、この絵をずっと」
「それは光栄だな」
この絵を見てると、幸せだったころを思い出す。いや、今が不幸だというわけではないんだけど、長い髪はお母さんとの思い出の象徴な気がして。
「懐かしい……」
え、と聞き返されて、思わず自分の髪の毛が長かったころのことを振り返っていたことを言い訳する。
「あ、それで、ただ、同じくらいの髪の長さだなって思ったから!」
まさか自分に重ねていました、だなんて描いた人に言う訳にはいかずに続ける言葉。
「───そうだね、同じくらいの長さだ。今はすごく短いから、びっくりしたよ」
「ちょっと事故で!アハハハハ。でも案外楽で気に入ってんです、この髪型」
似合うよ、と微笑まれて、社交辞令なんだろうけど照れ臭くなる。
それからなぜ学校にいるのかを聞かれて、丁度良いから仁王先輩に会いに来たことを告げて話を変えた。
ジャージなところを見るに、部活動の途中で校内に用があったんだと思う。
そして目論見通り、彼は校内での用事を終えてテニスコートに戻るというので、一緒について行かせてもらうことにした。


「仁王!」
コートにつくと、さっきまで穏やかで静かだった雰囲気ががらりと変わる。
怖いというわけではないが、凛とした声と存在感に、姿勢を正してしまう。
仁王先輩も、背筋を伸ばすように身じろぎして、こっちに駆け寄ってきた。
「じゃあ、見学するならごゆっくり。熱中症には気を付けて」
「はぁい、ありがとうございます幸村先輩」
「うん。仁王は挨拶もほどほどに」
「わかってる」
走ってきた仁王先輩に短く言って去っていく背中へ、ぶんぶんと手を振る。
軽く手を上げて振り返してくれたけど、すごいな、肩にかけたジャージが少しも落ちそうにない。思わず眺めてしまい、仁王先輩の人差し指におでこを突かれるまでそうしていた。
「幸村と一緒になったのか」
「校内歩いてるときに会って、声かけたら連れてきてくれました」
へえ、と言いながら仁王先輩はコートを一瞥した。
なんとなく、絵を見てたと話す気にはなれなかった。仁王先輩に言ったら、あの絵に感情移入してることがわかってしまいそうだし、心配をかける気もしたので。
「───じゃ、俺あの辺の影になるとこいますね」
「おう。早めに切り上げる」


仁王先輩が部活終わるまでに、顔見知りのテニス部員がかわるがわる会いに来た。俺のSNSの身内用アカウントを見てくれてるらしく、今日神奈川に戻ってくることはわかってたらしい。
「麻衣、前の家帰んの?」
「仁王の家に泊まるんだろう」
「ああ、だから部活終わるまでここで待ってんのか」
赤也の問いかけに答える前に蓮二くんが言い当て、妙に納得した様子の丸井先輩が笑った。
「麻衣ちゃんが転校した後の仁王、すごいしょぼくれてたぜ」
「はあ、そうなんですか」
今年も仁王先輩と同じクラスらしい丸井先輩の話は、多少盛られている気がした。
一応部活は終わったらしく、各自クールダウンしたり自主練する部員たちの中でも、特にこの三人が俺に構ってくる。
なんだか邪魔をしてしまった感が否めない。
「なんじゃおまんら、人の彼女に寄ってたかって」
仁王先輩の姿が見えないので、どうしたらいいかなと思っていた矢先、制服姿になった仁王先輩がゆっくり歩いてきた。
宣言通り、早めに切り上げてくれたんだろう。
「げ、仁王先輩もう着替えてきたんすか!?」
「愛しの麻衣ちゃんのためにな」
赤也は俺が帰っちゃう、と顔を残念そうにしたので相変わらず素直でカワイイ奴だと思う。
また今度遊びに来るからと、その背中を叩いた。
「見たくないものが来たから、俺たちもそろそろ着替えるか。麻衣、また」
「だな、見送ってやるのも癪だし。麻衣ちゃんは気を付けてなー」
「ヒドイ言いよう……」
「プリッ」
何とでも言え、と言いたげに涼しい顔した仁王先輩がゆっくり手を伸ばしてくる。
俺もその手をつかんで、自然と指を絡めた。
「わあ、久々に仁王先輩の彼女した」
感慨深くてそう呟くと、仁王先輩はじろりと俺を睨んで、体当たりしてきた。
それさえもイチャイチャしてるように見えるようで、周囲のテニス部のみなさんは破局しろと呪いの言葉を吐いて、結局俺たちを見送ってくれた。



next.

四天宝寺行ったと思ったらすぐ神奈川に帰ってきてごめん……物語のフォーカスが仁王なので……。
幸村とのエピソードも差し込む。歌では金色の髪の君は絵画のことを言ってるだろうけど、こちらでは夕日に一部透けて見えた髪の毛。
他ルートでこそ光るシチュエーションだと思って……。
July.2022

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