komorebi. 22
夏の全国大会に四天宝寺中が進んだらしい。前の学校、立海大付属中もいわずもがな。
立海は二年連続優勝校だったので、今年も連覇を掲げていたことはよく知っている。
ところが大会では、予想だにしなかった学校が優勝した。
うちのテニス部にも金ちゃんというスーパールーキーが居るけれど、それとはまたタイプの違ったルーキーが、中学テニス界最強に勝利したそうだ。
仁王先輩はテニスに関してこと細かく俺に語ってくることはなくて、この話はクラスメイトの財前に聞いた。
ちなみに本人は選手として試合に出ていたそうだが、最後の試合はほぼボールに触れることなく終わったそうなので、その辺だけはあまり深堀しないでおいた。
「つか、立海やったんか前の学校」
「そだよ、言ってなかったっけ」
「知らん」
俺が全国大会の話を振ったついでに前の学校が立海であることを話したら、意外と驚かれた。
まあ、立海って結構でかい私立中学校だし、庶民的な俺とは結び付かないかもしれない。
「金ちゃん今、立海に行ってんでしょ」
「なんや知っとったんか」
「立海の友達からの目撃情報多数」
「あー……」
俺のアカウントをフォローしてる友人は四天宝寺と立海の生徒がほとんどであるからして。
立海ではたびたび元気な関西弁が聞こえる、とザワついている。
特にテニス部の人たちは俺が四天宝寺に居ることもあって結びつくのか、かろうじてヒョウ柄と赤い派手な髪と小柄であることがわかる人らしき影の写真を送ってくれる。
財前に今まで送られてきた、金ちゃんの写真撮るの下手くそ選手権を見せて、品評の結果グランプリを決めた。
「全員なっとらんな」
「財前写真上手かったよな」
俺はふと、財前が以前撮った写真を思い出す。
中腰の俺を馬飛びする金ちゃんと、その後ろでセクシーポーズする金色先輩という構図。中々に意味わかないとこが好きだ。
ちなみに全員カメラ目線です。
「グランプリにあれ送ったろ」
「おん、それみて精進せえ」
「伝えとく」
グランプリは赤也なので、その写真を見ても誰??とはならないだろう。
SNSではなくてメッセージアプリで、一番金ちゃんの写真を撮るのが下手だった赤也クンへ、と送ってみた。
しばらくして、何この写真??とは言われた。意味わからなくて説明はできない……。
赤也は仁王先輩他テニス部員にもその意味わからない写真を見せたらしい。
なぜなら後日、仁王先輩から、俺が自分の写ってる写真を滅多に送ってこないことの不満を言われた。
あの写真のメインは金ちゃんと見せかけて金色先輩なのでなんとも……。
「財前、なんか写真撮って」
「は?」
「送れって言われた……自撮りはやだし」
自撮りする習慣はないし、友達が撮ってたりするかもしれないが、いちいち俺が写ってる奴くれって言わないしな。
そう思って、案外頼めば手伝ってくれる財前にお願いした。
「谷山の写真なら色々あんで」
「あんのかい」
びしっと突っ込みを出来るくらいには、俺も関西に染まってきたようだな……。ふふふ。
「師範と金太郎に挟まってるやつとか」
元は金ちゃんに木の上に誘われたあと、降りる時に銀さんが背を向けて乗りなと言ってくれたのでそのまま乗ったんだ。その後写真の通り、金ちゃんが俺の背中に飛び込んできたので挟まれ、その衝撃で一瞬三途の川を見たし、向こうで手を振ってる両親に会った気がする。
「逆さまに持たれとるやつもある」
転びかけたとき金色先輩にうっかり抱き着いてしまい、それを見ていた一氏先輩に制裁のため足首持って吊るされた時の写真だ……。ちゃんと体育着を下に履いてたので良いけれど、この後一氏先輩は金色先輩にシバかれていた。
「おかしな写真しかないなあ」
「おもんない写真は撮らん主義───これは?」
最後に見せられた写真は、段ボールに入ってる真顔の俺単体の写真だ。
ご丁寧に段ボールには拾ってくださいと書かれている。
この後、通りすがりの忍足先輩と白石先輩に拾われ、牛乳を与えられるという一連の流れも写真に続けて撮られている。
「もろ捨てられた犬やった」
「動物愛護団体に訴えてやるからな……」
そう、すべてを見て笑っていた財前が戦犯。
仕方なく箱入り麻衣ちゃんを送ることにした。わざわざ写真を撮り直す必要もないかと思って。
夕方のおそらく部活が終わったであろう時間帯に仁王先輩から電話がかかってきて、開口一番に『誰かに拾われてなかろうな』と聞かれた。
拾われたがそこは、言うこともなかろうと口を噤む。
『───会いたい』
電話口から聞こえたため息交じりの微かな声に、えっと聞き返すが二度は言われない。
『そろそろおサルさんがそっちに帰るぜよ』
「ああ、金ちゃんね」
話題がころっと変わると、俺の脳内に金ちゃんの明るい声が響く。
ハムちゃんハムちゃん、と与えたご飯の名前で呼んでくるところは許さんが、まあまあカワイイやつだ。
『麻衣もこれくらい来てほしいナリ』
「無茶ゆうな」
全国大会直前に神奈川に帰ったばかりだったので、まさか金ちゃんみたいに大会直後に弾丸トラベルする気にはなれない。
金ちゃんは大阪から神奈川まで走っていけんだもん。知らんけど。
翌日、四天宝寺で元気に飛び回る金ちゃんを見かけた。
とにかくすごい元気だ。
「あ、ハムちゃんやー!」
「はいこんにちは」
テニスコートの脇を通ったときに俺を見つけてフェンスに飛びついてきたおサルさんを、久しぶりの動物園……と眺めた。なおこのおサルさんはフェンスを越えてしゅたっと俺の前に着地をするくらいアクロバティック。
「なあなあワイ昨日な、ハムちゃんと同じ魔法使てるやつに会うてん」
「まほー?」
昨日というと、多分神奈川で、魔法といえばふと思い出される不思議な呪文。
金ちゃんと初めて会った時、お腹へったーと幼児みたいなことを言うのでつい魔法使いみたく、どこからともなく出したサンドイッチを渡してみたのだった。
「転んだワイに、かけてくれたんやで、あの魔法!───「チチンプリプリ?」そうや!」
魔法の呪文が零れて重なる。
そこには今、ここにはいない人の声も聞こえた気がした。
next.
会いたいなって話。
July.2022