komorebi. 23
また春が来た。
お母さんの命日で神奈川に帰っているので、春休みは大阪で過ごした。
四天宝寺は立海にいたころと違って、春休みの課題というものは出てないからとても気楽だった。
桜はもうあちこちで咲いていたけど、改めてじっくり見る機会もないまま。
ふと、風によってどこからか運ばれてきたらしい、白く小さな花びらの粒が飛び去っていく。
俺の動体視力では明確には追えないまま視線を誘導されて、目に入ったのは見知った後姿だった。
「白石先輩?」
「あ、……麻衣ちゃん、」
道端で、女性二人組に声をかけられてる白石先輩の後ろからくっついて、ちょこっと腕をつかむ。
ショートヘアーで中性的な俺が、彼女らにどうみられるかはわからないが。
「探しちゃったー。どちらさん?」
笑顔を崩さないことがポイントだろう。白石先輩は終始たじろいだ様子だったけど、俺が手を掴んで引くと少し持ち直した。
「あーその、なんでもあらへんよ。探さして悪い」
「んーん」
仁王先輩のようにきっぱり断ることはできなかったが、白石先輩が頑張ったので良しとしよう。
二人でその場を離れたら、女性二人組はそれ以上追いかけてくることはなかった。
人通りの多い道を抜けて、開けた場所に出ると桜の木が目に入った。
「あ、ここらへんから来てたんかな」
「ん?」
「さっき、花びら飛んできたんですけど、近くに桜なんてなかったから」
「そうか」
白石先輩の手に触れたまま、謎が解けたと笑う。
「その、もう、離してくれてもええで?手」
「あれどうも、すみません」
「いやおおきに。ホンマ助かったわ」
居心地が悪そうな白石先輩の手を離すと、ちょっと安堵された。それはそれで、傷つくじゃないかよ。
「不可抗力とはいえ、悪かったな。仁王くんにも……」
「ああ、……テニス部で顔見知りですっけ」
そういや、冬にもオーストラリアで世界大会があったみたいで、その日本代表として仁王先輩と白石先輩は海外に行ってたんだったか。
うちの学校からも応援として関係者が行ってて、羨ましいなと思った覚えがある。
「まあ気にしないで、気を悪くは───」
拗ねた顔を思い出して、ちょっと笑う。
嫉妬というよりかは、俺が人懐っこいのを気をつけろという意味で、苦い顔をされることがよくあった。
「ないしょにしとこう」
すっかり忘れていたので、俺の分が悪いなと思って目を逸らす。
白石先輩はなんだか、まぶしそうにこっちを見た。
「や、なんか……ええなあ」
なに、と思ったらしみじみと言われる。
「ちゃんと、仁王くんがそこにおるんやなって」
「おる……んかな?」
言葉に詰まり、聞き返したら深く頷かれる。
「仁王くんのそばにも麻衣ちゃんはおったしな」
「え?」
一瞬何をいわれてるのだかわからなくなった。
どうやら白石先輩は、俺の話を仁王先輩からいくらか聞いていたみたいだ。
それに、金ちゃんがいつしか「ハムちゃん」という呼び方じゃなくて「麻衣ちゃん」という呼び名を覚えて、白石先輩がそれにつられて呼ぶようになったのも仁王先輩が教え込んだからだと判明した。
「名前、呼ばれるんが好きなんやろ?」
「うん……すき……」
「彼女の下の名前なんてほかの男に呼ばせたくない気ぃするけどな。俺、それきいて、仁王くんてほんま麻衣ちゃんのこと大事にしてるんやろうなって思ったわ」
ぽかんとした俺に、白石先輩は得意げに笑った。悪いこと、いや、良いこと教えてやろう、という顔である。
思わぬとこで、思わぬかたちで、仁王先輩の優しさに触れた俺は顔に熱が集まるのを感じて隠す。はずかし……。
「見ちゃヤ……」
「いやあ、ええもん見してくれてありがとうな」
こいつ……さっきまで女性に詰め寄られてたじたじになっていたくせに。
おあいこ、というやつだろうか。
「じゃ。俺これから謙也んちでタコパやねん、ほんまにありがとおな~」
「もう助けてあげませんからね!!」
「いけずなこと言いなや」
遠ざかっていく白石先輩は終始にこにこ笑っていた。
たこ焼きにたこ入れ忘れればいいのに……。
「ンア、雨!」
「うわ」
わけあって財前と一緒に帰っていたある日の放課後、急な雨に見舞われる。
住宅街にいたもんだから、先導されるままに走った。公園の屋根のあるベンチに辿り着くころには制服が結構濡れていて、裾を絞って水を出すくらいしかできない自分を恨んだ。
「あ、タオルずっこい」
「ずっこくはないやろ」
「ウウ」
運動部なだけあって、財前はタオルを持ってて濡れた頭を拭いている。
さすがに貸したくないだろうし、貸してとは言わないが。
「雨すぐやむかなー……」
「それよか、迎え呼んだ方が早ないか?」
「あー、うちに車あったっけなあ」
それぞれ現状打破のためにスマホを触る。
ちょっと寒くなってきたし、恥を忍んで先生か奥さんに迎えに来てもらおうとした。
「財前連絡ついた?」
「まあ一応。谷山は?」
「そのうち返事きそ」
返事が来るまではわからないけど、財前も帰れそうなので、それぞれ帰るってことでよさそうだ。
もしくは突然の雨だから、すぐに止むかもしれないし。
迎えを待つ間につい、雨というワードの入る歌をワンフレーズ零したら財前のツボにはまり、どこから探し出したのかカラオケアプリでその歌をかけられた。
まあまだ雨もやみそうにないし、だだっ広い公園に人影もないので、迎えがくるまでの間に一曲くらい歌ってやるかと口ずさむ。
「見つめ合うと、素直におしゃべりできない」
ゆらゆら、と揺れると財前にぶつかる。そのせいか財前もサビはちょっと揺れてくれた。
それがなんだかおもしろくて、んはっと笑ってしまった。
次何歌わそう、とカラオケアプリをいじくってる財前は、俺の歌をお気に召したのか、それとも単なる暇つぶしか。
お前も歌えと言ったけれど聞いてくれる気配はない。
まあ俺、歌うの好きだしな、と歌えそうな曲があるか一緒にスマホを眺めていると、画面の上にひょこっと通知が表示される。
どうやらお兄さんが、近くにきてるらしい。
「ありゃ、財前が先に迎えきたな。また明日」
「……乗ってくか?」
ちょっと俺のことが気になってるようだったけど、スマホ持ってるし大丈夫と手を振った。
そしてまだ雨が降る中で走っていく財前を見送る。
「思い出は、いつの日も───雨」
印象的なフレーズを一人になっても、口ずさんだ。
さっきよりは小さな声で、雨の中に溶けてしまいそうなほど弱く。
ぽたり、と頬を伝った水は冷たいので涙ではない。
俺は、膝を抱えて座って、迎えがくるのが先か、雨が止むのが先か、小さな声で歌いながら待つことにした。
next.
白石は主人公をタコパには誘わないし、財前に秘密がバレる機会もない。幸村との関係も希薄なので歌はさほど照れない。思い出は別に雨でもない(?)
仁王が周囲に匂わせまくったためと、主人公が仁王と話すためにスマホを手にしていたせい。
つまり仁王は己の力で運命を勝ち取ったという……コト!
財前との友情が深まるのは少し先の未来で、吹っ切れたときに友達の中では一番に自分の性別を明かしに行くあたりで。
July.2022