My dear. 06
クリスマス休暇に帰った時に風邪を引いていたお母さんは、ずっと具合が悪かったのを手紙で俺に一切報せる事無く、夏休み家に帰って来た俺を見た数日後に倒れ、一週間後に息をひきとった。結局ごめんの一言しか貰えなかった。どうせなら、男としての俺の名前を呼んでほしかった。ごめんと言われるよりも、それの方が良かったのに。
寮監のスプラウト先生に手紙で母の死を報せ、納骨が済むまでは休ませて欲しいとお願いすると校長先生から許可を貰ってくれた。セドリックとエイモスおじさんが俺の分も買い出しをしてくれると言うから教科書だけは頼んで、先に学校に送ってもらう事になっている。
日本の八月は、うだるような暑さだった。
お母さんに写真を送る時は女の格好するからと、それだけの為に伸ばし続けていた髪の毛がちょっと邪魔臭い。
「切っちゃおうかな」
毛先を摘んで呟いた。
シャツもショートパンツも、サンダルも、鞄も、全て女ものだ。
お母さんはもう火葬してしまったけれど、俺も女としての自分を燃やしてしまおうかと思った。勿論物理的に燃やせはしないんだけど。
そうと決めたら仕事ははやく、男物の服を数着買って、髪を切って、女物の衣類や小物類を一掃した。髪の毛を切ったから余計にすっきりして、ちょっと寂しくなった。名前の変更は面倒だから暫く後で良いや、なんて思いながら家具の少ない部屋の畳みの上でごろりと寝転がる。
今年の学校は危険だから、あわよくば行きたくないなあなんて考えてたけどそんなのは無理だった。家は引き払う事になっているので、寮がないと困っちゃうのだ。夏休みは確実に寮を追い出されることにはなってるけどそのときは漏れ鍋に泊まるか、セドリックか他の友人の家に少しずつ置いてもらえればいいなと勝手に目論んでいる。もしくは、校長先生に頼めば内緒の特例でどこかに置いてくれるかもしれないし、まあ大丈夫だろう。
家の片付けや、久々の日本を満喫しているうちに納骨予定日となって、お母さんはお父さんと同じ墓に入った。その日の午後には不動産のおじさんがやってきて家を離れる手続きをしてくれて、俺はとっていたチケットでイギリスに向かうことになっている。
学校が始まってから二週間程経ってるだろうけど、まあクラスが変わるとかじゃないし新入生でもないので大丈夫だろう。
ロンドンについたら校長先生が直々に迎えに来てくれたけど、少し話したいことがあるっていってホグズミートまで姿現しをされておええええってなっていた俺にバタービールをごちそうしてくれた。いっそのこと普通のビール飲みたいんですけどね俺は。
「さて、休暇はどうだったかね」
「あ、延長してくださりありがとうございます。滞りなく終わりました」
「そうか」
うんうん、と寂しげに頷いた。
「今年の闇の魔術に対する防衛術の先生、なんであの人にしたんですか?」
具体的な話を振って来るわけでもなかったので俺も実のない話を振った。
「マイには知られておったか」
「ロックハート先生の本多すぎでしょ」
髭がふすふす揺れて笑った。
「来年の先生には期待していますよ」
「そうかそうか、では慎重に選ばねばな」
のみほしたカップを置いた俺をみて、校長先生は立ち上がる。ほっほっほ、と好々爺然と笑って俺の分の代金も払ってくれた。
「ありがとうございます」
「君の友達が今か今かと待っておるからな、早く行くとするか」
「そりゃ、どうも」
校長先生は、『全てを知る者』としての俺に何かを要したことはほとんどない。でもこうやって話しているときは何か言った方が良いのかと迷うから、それが狙いなのかもしれない。
スネイプ先生は、以前俺に全てを話す必要は無いと言っていた。それはある意味警告で、校長先生に全てを委ねすぎるなってことだった。多分、全部話したら校長先生の計画も崩れる。良い意味でも悪い意味でもだ。ヴォルデモートだけが俺を利用するのではない、校長先生だって俺を利用しようと思えば利用できる。だからこそ、俺自身にしっかりと分別を付けるようにスネイプ先生はああいう事を言ったんだと思う。ちょっとだけ好感度上がったけど、ネチネチうるせえのでダイシュキな先生ってわけではない。
寮に行くと皆授業に行っているようで部屋には誰もいなかった。
時間を見ればもう最後の授業だったので、俺は談話室のソファでくつろいで待つ。後で居なかった分の授業の課題を大量に渡されるんだと思うと憂鬱だ。
「あ、マイ!来てたんだな」
一番に戻って来たのは同学年の寮生で、俺の顔を見るとにぱっと笑う。続いてぞろぞろと同学年の子達が入って来て口々に声をかけてきたので、俺はソファから起き上がって皆に顔を合わせる。
髪を切ったことに皆が笑って「似合うよ」「男らしくなった!」とか言いながら腕をぽんぽん叩いてくる中、人混みの隙間から出て来たセドリックは俺の格好を見てちょっとだけ驚いた顔をした。
「久々、セドリック。教科書頼んじゃって悪いね」
「ううん、渡すから部屋に行こう」
「おー。じゃ、皆また」
談話室から出るセドリックは人見知りがぶりかえしたみたいに無口だった。
「あのさ、教科書のお礼に日本でお菓子買って来たんだ」
「え」
部屋に入りながら声をかけると、ようやく振り向いたセドリック。今までも日本のお土産あげたことがあったけど、なんでそんなにきょとんとしてるんだろう。
「セドリックと、おじさんとおばさんにだけだから、皆には内緒な」
「僕だけ?」
いや、家族にもあげてくれよ。
鳩サブレーの缶を二つ渡すと、セドリックはまじまじと見ている。可愛いだろう、鳩。
お礼をいいながらベッドの傍に缶を置いたセドリックは紙袋に入った教科書一式を俺に渡してくれた。俺もお礼を言いながらベッドに座り今年の教科書類を確認する。
「———髪の毛切ったんだね」
「うん、さっぱり。これでもう女物は着ないかな」
「そうなの?」
俺の隣に座って教科書確認を見守っていたセドリックはゆったり首を傾げた。今は普通に男に見えると思ってたけど、西洋人からすれば俺はまだ女の子に見えるのかな?日本人って幼く見える上に性別わからないっていう話も聞くし……。
「まあ、うん、あんまり着るつもりはないかなあ」
「残念、似合ってたのに」
「着て欲しいなら着てあげるよ、似合ってるうちは」
面白がって言っているわけじゃないだろうけど、俺はふざけて応じておいた。
本気でお願いしてくるわけないし、まあお願いされたら着てみせてやっても良い。
「マイが女の子だったら良いのに」
「女の子じゃ友達にすらなってないかもよ」
「え!」
「だってセドリック最初全然喋らなかったし」
「それは、ちょっと僕にも人見知りの時期があって」
「そもそも俺が女だったらセドリックにあんまり話しかけなかった」
「そうなの?」
「だって同性の友達作りたかったんだもん俺」
俺と初めて会った時に完全に女の子だと思っていたし、時々女の格好して写真を撮る時に可愛いって連呼してたからなんとなく、こいつ俺の見た目好みなのかなって察してはいた。好きとはまた違うだろうけどさ。
「マイが男の子で良かったんだ」
「そうそう、同室になって、授業でも隣に座って、毎日つるんでられるのは男同士じゃないとな」
next.
ほんのりブロマンス?
主人公は髪を切っちゃえば男に見えるし、長けりゃ女に見えるし、っていうくらいの中性的な顔だと思ってください。セドリックは顔とか笑顔を見てると女の子みたいだし性格は男だからむしろ付き合うのに気が楽だしってんで良い感情を抱いてたんですね。(解説)
で、見た目男に戻ってなんとなく理想の子だったのになあと残念に思って、そういえば男だったと今更ながらに自覚して、でもやっぱり男で良かったと思う訳です。
Nov 2015