My dear. 14
トライウィザードトーナメントに出場が決まったのは、とても名誉なことだった。選ばれたら良いなとは思っていたが、選ばれる自信があったわけでもなく、まずゴブレットに名前を入れることが挑戦だった。踏み出すこと。年齢線を超えること。
次第に、自分のことが誇らしく思えて来る。
ゴブレットに名前を入れに行く最中、皆が鼓舞するように足踏みをしてくれた。
入れ終えるとやったな、と讃えてくれた。
出場が決まれば、大いに盛り上がってくれた。
僕に次いで、十七歳未満であるハリー・ポッターが選ばれたことによりおかしな雰囲気になってしまったけれど、僕はハリーを邪魔だとか卑怯者だとかは思わない。彼と共に挑戦することも、僕にとっては誇らしい事だった。
周りはそうは思わず、ハリーを揶揄し僕を異常に持ち上げた。純粋に応援してくれる人も、ハリーを庇う人も、僕を心配してくれる声もあった。
第一課題の後、ハリーの周りには人が戻って来た。
僕の友人たちは僕を激励し、無事で良かったと笑い、次もがんばろうと意気込んだ。
第二の課題はヒントが与えられており、友人のお陰でそれを解き明かす事が出来た。本当は送り出してほしかったけれど課題前には彼の姿を見つけられなかった。どうやら”宝”として湖の中に沈められていたので仕方のない事だった。
最後は、第三の課題。友人たちは最初の方と変わらず……いや、おおいにわくわくした目で、僕を送り出した。身を案じて、真剣な目をしている友も、心配そうに目を細める友も居た。全ての気持ちが嬉しい。
「行って来るよ」
皆が頷いた。
父さんも来ていたので、ハグをしてから迷路に入った。
迷路は名の通り迷う道だった。トラップが仕掛けられており、精神的にも肉体的にも相当負荷がかかった。
僕はこの迷路を通り抜けなければならない。
生きて帰らなければならない。
───彼と、そう、約束したのだ。
「君がとれよ」
「二人でとろう」
優勝杯の前で、僕とハリーは顔を見合わせた。
課題の中で僕はハリーの強さを知った。彼が優勝だと思った。僕は優勝したいと思っていたはずなのに、そうは思わない。
「僕は、とらない」
「え?」
「良いんだ」
するりと言葉が出て来る。
それで良いのか、とどこかで誰かが問いかけた。頭の中で僕が聞いたのか、目の前のハリーが聞いたのか。
いつまでも手を出そうとしない、足を踏み出そうとしない僕を何度も何度も確認して、ハリーはおずおずと優勝杯をとった。その瞬間、彼はどこかへ消えてしまった。同時に迷路は消え、ああなんだそういう仕掛けだったのか、と思っていた。
けれどハリーの姿はどこにもない。歓声を上げていた筈の生徒達も、優勝者を労おうと降りて来た大人達も、すぐに事態がおかしい事に気がつき、僕たち挑戦者───残る三人のところへ困惑した顔で近寄って来た。
「ハリー・ポッターは?」
「彼が、優勝杯をとりました」
スネイプ先生が問うので、ハリーを最後まで見ていた僕が答えた。
そしたら姿が消えたんです、とまで説明すると苦い顔をする。何故だかわからないけれど、きっと、違うしかけの筈だったのだろう。
「やはり、そうか」
彼の薄い唇がそう呟いたのを、僕だけは知っていた。
どういうことだと皆で囁き合う中、ダンブルドア校長先生はとにかくハリーを待とうと宣言した。
僕は父の元へ行き、優勝杯は逃したが無事に帰って来たことを喜び合い、もう一度ハグをした。
ハリーが戻って来たのはそれから、どのくらい時間が経ってからだっただろうか。
よく見えなかったけれど、酷く動揺しているのや、血のような赤色が目に入る。例のあの人が復活したとしきりに言うものだから、生徒達は怯えて騒ぎ出す。先生達の指示により僕らは学校へもどることになった。
生徒達は寮で大人しくしているように言われ、見に来ていた保護者達は広間に、代表選手である僕は他の選手とともに一度先生に呼ばれた。そして他の選手達は僕を残して帰された。
「Mr.ディゴリー、あなたには聞きたい事があるのです」
マクゴナガル先生が僕を見る。
付き添ってくれた父は優しい瞳で僕を見てから、肩を軽く抱いた。
僕はぎこちなく頷き、ハリーの事だろうと記憶をたぐり寄せる。
「ハリーは優勝杯を掴むなり消えてしまったんです」
「それはもう調べてある。あれは細工されていて、ポートキーになっていた」
「ポートキー……」
スネイプ先生が答えて、僕を見下ろす。まさか直前までそばに居た僕を疑っているのだろうか、と思い父の方を見るとそれを察した父がスネイプ先生に同じ様に問いかけた。
「まさか、息子がすりかえたとでも?」
「いや、犯人は既に捕えられている」
「そうなんですか?」
「とある生徒から相談を受けましてね……なんでも、新任の教師がよく口にする飲物から、ポリジュース薬の香りがすると」
「ポリジュース薬……!」
僕はすぐに、正体は分からない誰かが、誰に、どのようにして扮していたのかを察した。
薬草の保管室からもいくつかその材料が盗まれていることもあったそうだと、マクゴナガル先生も補足する。
「では、僕はなぜ残されたんです?」
恐る恐る、今まで口を開かなかったダンブルドア校長を見た。
「なに、そう恐れる事はない。ちょっとした確認じゃ」
優しいしゃがれた声を聞いて少し安心する。
「きみは、優勝杯をとる所まで来ていたが、ハリーにそれを譲ったね?」
「は、はい、でもそれは、僕がそこにたどり着く前に、ハリーに助けられたからです」
「ふむ。実に君らしく、誠実な対応で結構……しかし───」
ハリーに二人でとろうと言われたのではないか、とまるで見ていたかのように問われた。もしかしたらハリーがそう言ったのかもしれないけれど。
「断り、ました。でもそれは、ポートキーだと知っていたわけではなくて……ほんとうに、僕は優勝杯を欲しいと思わなかったからです」
「それは、なぜだね?」
「わかりません……わからないんです、僕がとってはいけないと───……なにか魔法がかかっていたのかもしれません」
今思えば、ハリーが二人でとろうと言ってくれたときに応えなかったのは不思議だ。
ハリーに譲る気持ちはあったが、ハリーがそう言ってくれたなら僕はきっと一緒に手を伸ばした筈で、だからこそ魔法がかけられていたのかもしれないと思った。トライウィザードトーナメントの優勝杯をポートキーにすりかえる程の者なら、ハリー以外がそれに触れたいと思わないような魔法がかけられるかもしれない。
「あのとき、一緒にとっていれば、一人で怖い思いをすることもなかったかもしれないのに」
例のあの人が復活したというハリーの言葉を、僕は嘘ではないと思っていた。ハリーが良い子だというのは分かっていたし、あんなに必死に訴えて、すぐに対応してくれと大人達に頼む姿は普通ではない。
僕だって例のあの人の前に行くのは怖いけれど、だからといってハリーを一人で行かせてしまったことは申し訳なかった。
膝の上においた拳をぎゅっと握っていたら、父の手がそれを優しくほどく。
「セドリック、自分を責めるのはやめるんだ。お前が行っても、立ち向かえるものではない───むしろお前は触れなくて良かったと思いなさい」
「……」
唇を噛んだ。悲しいからなのか、悔しいからなのか、ほっとしたのか、よくわからない。
「やはり魔法は、かかっていたのでしょうか、ダンブルドア校長」
父は僕の頭をひと撫でしてから問いかけていた。今となってはもうどちらでも良い事なのだけど、僕が優勝杯を諦めたのが自分の意志なのか、魔法によるものなのか、少しだけ気になる。
「セドリック、君は魔法にかかっていたと思うかね?」
ダンブルドア校長は目を細めて僕を見た。
「認識を変えてしまう魔法にはたいてい、自覚はないものです、アルバス」
「では質問を変えよう、呪いにかかっていたとして、君はそのものを恨むかね?」
困惑する僕と、窘めるマクゴナガル先生をみて、ダンブルドア校長は少し楽しそうに笑ってから、試すような視線をよこした。
呪い、と言い換えられたそれに違和感を感じつつも、たしかに魔法と言うよりは呪いなのかもしれないと思った。単に優勝杯を見えなくするとか、触れなくする、知覚出来なくなる、程度だったなら人避けの魔法なのだけれど、あれを欲しいと思った僕の意志をうやむやにしてしまったのなら、服従の呪文のようなものだ。
「呪い……だとしたらまだ呪いが解けていないのかもしれませんね、いまだに、優勝杯を逃して惜しいという気持ちがあまりないんです」
「それは……」
マクゴナガル先生は目を見開き、その隣に居たスネイプ先生も神妙な顔をしている。
「だから恨むもなにも……わかりません。けれど、ハリーを貶めた者に感謝しなければならないのは……嫌です」
「それなら安心じゃ」
「え?」
「君に呪いをかけた者は、ハリーを貶めたかったわけではない」
僕はよくわからなくて、また父を見た。
父はくしゃりと眉を曲げて、おかしな顔をした。もしかして、何か知っているのだろうか。
「君を助けたいと……言っていた」
そうしたのは誰なのか、誰も僕に教えてくれない。
next.
ええと、場面をよく飛ばす事でおなじみの私ですが、またやりました。
July 2016