My dear. 15
新しい部屋には、皆から送られた引っ越し祝いの家具や便利グッズと、俺の少ない荷物が届いていた。魔法ってすごい。どしどし部屋に送られて来てる。その所為でフレッドとジョージが兄弟に借金してまで買って寄越した、一日一枚は中の洋服を食うチェストの受け取りは拒否できなかった。くやしい。閉めきりだった部屋の空気は少し悪くて、ベランダに面した窓を開ける。
視界には空と街並と、飛ぶ鳥がうつった。
「お」
飛んでいるのは一羽のフクロウだった。
器用に足に挟んだ手紙を俺の上にぽとりと落とし、一度旋回してからベランダの隅にとまる。
水や餌をあげて、手短に返事を書いてからそれを掴んで飛んで行くフクロウを見送った。
さて荷解きするか、と杖を出して動きを止める。そうだ、俺まだ外で魔法使っちゃダメだった。
学校やセドリックの家にお世話になってた時はおじさんとおばさんが居た事もあって荷物の整理なんてぱぱっとやっていたので、マグル式の荷解きは久しぶりだ。
フレッドとジョージから貰ったアレはさておき、まずはもらった食材を冷蔵庫やキッチンの棚にしまう。缶詰とかお菓子とか干物とかが多いからそんなに急いで処理する必要も無かった。
ある程度荷解きを終えて、俺はベッドに腰を下ろす。家電を揃えるのを優先したのでベッドはいいやと思っていたが、エイモスおじさんがベッドと布団を買ってくれた。
物を送ってくれた人たちにお礼の手紙を書いたり、お返しの品物を送る為に作ったリストをベッドに寝転がりながら見る。まずエイモスおじさん、フレッドとジョージ……あいつらは兄弟何人分ってことになるんだろう……、それからウィーズリーのおじさんとおばさんから便利な調理器具を貰ってる。同僚、他寮の友人は日用品やおやつが多い。
このリストの中に、セドリックの名前はない。しいていうならエイモスおじさんにお礼をすればいいのだろうけれど、フレッドとジョージがウィーズリー家のおじさんとおばさんと別に送って来たように、彼からも何か送られてきそうな物だけれどそんなことはなかった。
「自業自得ってやつかな」
仰向けになりながら、目を瞑った。
リストから手を放すと、俺の顔の下半分を紙が覆う。
セドリックと最後にまともに会話をしたのは、最終課題の前日だった。
就寝時間になるギリギリで、俺は塔同士を繋ぐ通路に居た。このとき俺はすでに学校をやめるつもりだったので、この景色を見るのも最後かなあ、なんて思ってて、ひんやりとした風すらも愛しく感じていた。
「こんなところにいた」
少し慌てたような、呆れたような声がして振り向くとセドリックが立っていた。多分俺がいつまでも部屋に戻らないから心配して探しに来てくれたんだろう。優しい奴め。
「おー」
「ここ、寒くない?」
片手を上げると、俺の格好をじろじろみながら心配する。Tシャツにパーカーを羽織る程度だと少しだけ寒いけど、風邪を引くってほどでもない。手先は少し寒いので、袖を引っ張って大丈夫だとアピールした。
「部屋に戻ろう」
寒いんじゃないか、と言いたげな顔をしてる。
「もう少しだけ」
「なにか悩み事でもあるの?」
「なんで?」
「なんだか、考え込んでるような」
「別に悩んでも迷ってもないけど。それをいうならセドリックの方がここにいるべき?」
「僕も別に悩む事も迷う事もないよ」
「まあそうか、ここまでくれば、あとはもうやるだけだしね」
「うん。明日は優勝杯をとることだけを目指す」
真剣な横顔を見て、俺は肩をすくめた。
「死ぬなよ?」
「怖い事言わないでくれよ、マイ」
茶化したら、セドリックは笑う。
俺が次の言葉を紡ぐ前に、もう一度名前を呼ばれたので待つ事にした。
「明日の課題が終わったら、告白の答えを聞かせてほしいんだ」
そして俺は、その言葉に思わず笑った。
「……なんで笑うの」
「いや、なんか」
ふひひってなる口を袖で抑えていると、セドリックがふくれた顔をして俺の頬をゆるくつまんだ。それ全然痛くないし。
揉んでるというか撫でてるようなもので、それまで口を抑えていた手でセドリックの手を掴む。
「生きて帰って来る?」
「マイのもとへ」
「イエスで良いんだよ、そこは。ん?」
「……イエス」
もう一度促すと、素直にイエスと答えた。
その唇にキスをすると、セドリックは驚いた顔をしていた。
「早いよ、マイ」
帰って来たら答えてほしかった、といいたげな口ぶりだ。悪いけど俺はセドリックのロマンチックな計画に付き合う暇はない。
不満げなくせに、もう一度顔を寄せるとキスを受け入れるように口を開くし、俺の唇を吸い返す。
「でも、これは答えじゃないよ」
「ん、なに?」
薄く開いた瞳が俺を見返す。
「———呪いをかけてるんだ」
唇を舐めるように喋ると、セドリックは口を閉ざすしか無い。
少し強く押しつけて、ごめんと謝った。
戸惑うセドリックを見ないように目を閉じて、唇に願いを絡ませる。
「優勝杯をとらずに、生きて帰って来い」
目を開けて、顔の上に落ちていたリストを退けた。
ベッドから起き上がり、まだ散らかった荷物を眺める。
まだ荷解きは終わっていない。
セドリックは俺に怒って何も言って来ないのではなく、俺のことを忘れているはずだ。
そうなることを見越してやったし、エイモスおじさんやダンブルドア校長にはある程度話を通してあった。
詳細は言ってないけど……ダンブルドア校長先生には恐らくバレているような気がしなくもない。だってさっきの手紙には、『彼の平穏は保たれた。けれど彼の秘密はくしゃくしゃになってしまったようだ』と書いてあった。
片思いを意味するシークレットクラッシュになぞらえて、壊れたと言い直すってことはそういうことだ。
概ね俺の予想通りの結果である。
本に載っていたこの魔法———”自分に恋する相手を奴隷にする魔法”は一度だけ。かけた後には恋をしていた事も忘れているから、一度しかかけられない。
恋の虜という名前の魔法だったけれど、恋心を利用する酷い魔法だと思う。まあ魔法が全て良い魔法とは限らないし、闇の魔術だって存在するんだから細かい事は言わない。実のところなす術は無いかと探す時、闇の魔術も少し調べたから、使う事に対して悪いなという気持ちはあまりなかったけれど、告白に答えない自分は卑怯に見えたし、優勝杯をとりたいと言っていたセドリックの横顔を見たくせに酷い願いをしてしまったと思うし、忘れてくれて良かったとほっとしている自分がいた。
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魔法を捏造しています。
前話でセドリックが主人公の存在を一応は認識しているのですが、全く記憶にないというわけではないです。
”宝”として主人公が選ばれていても、セドリックは分け隔てなく友人は宝だと思っていて、違和感を感じません。
July 2016