My dear. 16
同室の生徒が一人、自主退学をした。彼は数年前に最後の肉親を亡くしていたので、今後の学費が賄えなくなったのかもしれない。そうでなくとも極東に位置する遠い国の出身だから、故郷に帰りたくなったのだろう。
「元気でな、マイ」
「たまには手紙送れよ」
同室のアンディやベン、仲の良いフレッドとジョージと挨拶を交わしている彼を、僕は少し離れた所で見ていた。
最後に皆が僕を見て、挨拶しないのかと視線で問うので足を踏み出す。同時に僕の傍に居た父も一緒に彼に近づいた。
「元気で……困った事があったら連絡しなさい」
「おじさんありがとう。二人とも、元気で。おばさんにもよろしく」
「君もね……」
彼は父とハグして、それから僕の方を見て軽く笑う。
列車に乗った彼は窓から顔を出して、ハリーやロンたちに笑顔で応じていた。
───何かあったら呼んで、力になるから。
ハリーにそう言っていたのは、例のあの人との戦いがいずれ起こると危惧していたからなのだろう。今回のトライウィザードトーナメントで、例のあの人は復活したそうだから。
彼はフレッドとジョージと仲が良かった繋がりで、たしかハリーとも仲良くしていたんだった。トライウィザードトーナメントの選手になってしまってハリーが孤立したときも、付き添ってやっていたっけ。
発車を報せるベルが鳴って、下級生たちが列車から少し離れた。彼も窓から乗り出していた身を引っ込め、ゆっくりと窓を閉める。
「あ……」
一瞬だけ目が合った気がしたけど、彼はすぐに窓を固定する為に視線を落とした。
「良かったのか?もっとちゃんと挨拶しないでさ」
「うん……」
アンディが隣で僕に問うので深く考えずに頷いた。けれど僕は列車の見えなくなったレールを、父に帰るぞと言われるまでずっと見ていた。
彼が居ない寮の部屋はいつのまにかベッドやキャビネットが撤去され、少しだけ広くなったような気がしたけれど三日も寝起きしていると慣れた。
「引っ越し祝い何送った?」
「俺は日持ちする食べ物にした。アンディは?」
「便利グッズ」
数日後、友人達が会話をしているのを聞いてかすかに首を傾げる。セドリックは、と聞かれたけれど確か父が彼にベッドを買ってやると言っていたことを思い出してそういうと、さほど驚かれなかった。
僕が個人的に送らなかったのは父が送ったからだし、父が贈り物をしたのは彼が天涯孤独になってからはよくうちに泊まっていたからだ。
「セドリック!」
新しい学年になって、新しい教員やルールが増えて、ちょっと窮屈な生活を送っていたところ、ハリーに声を掛けられた。彼とは昨年のトライウィザードトーナメントの決勝以来、まともに会話をしていない。
「やあハリー」
ハーマイオニーも傍に居たので、彼女にも挨拶をした。
「ねえ、マイの新しい住所分かる?」
「僕たち聞きそびれちゃって」
「え?……えーと、ごめんわからないよ」
父なら知ってるかもしれないと言うと、ハリーとハーマイオニーは揃って目を見開いた。
「どうして……」
「もしかして、手紙も送っていないの?」
二人は怪訝そうな顔をする。
僕と彼は一年の頃から同室だったし、友人だったけれど、そういえば手紙も送っていない。彼に改まって話すことがないのでペンを執る事がなかったのだ。
「じゃあ、フレッドとジョージに聞こうか」
「なんだ、僕に先に聞いたの?」
「だってマイと一番仲が良かったのはあなたでしょ?」
それは、ハリーやフレッドとジョージの方ではないのか。
確かに僕らはいつも近くに居たけれど。───おかしいな、傍に居た筈なのに、記憶はあるのに、実感が沸かない。
全く顔を合わせる事がなくなり、居ない生活に慣れてしまったからそう思っているのだろうか。
「そうかな、自分ではよくわからないんだ」
「あら、そういうもの?」
ハーマイオニーは小さく笑って行きましょうとハリーを促し歩いて行った。ハリーはぎこちなく頷いてからハーマイオニーの方へかけていき、僕は一人残された。
ベンがこの間「マイから手紙をもらった」と言っていた。誕生日だったからだろう。同室者にもついでに、と日本のお菓子を送ってくれて僕らはそれを分け合って食べた。他の友人達もしきりに今ここに居ない彼の話題を持ち出しては喋り、場は盛り上がる。彼は明るくて友人の多い人だった。
「セドリックは?」
「え?なんの話?」
「マイがまだ髪の毛長かったころさあ、女の子みたいだって話をした事あったじゃないか」
「あ、うん」
記憶をたぐり寄せて、頷いた。
そうだ、彼は出逢った当初、少女みたいな格好をしていた。列車で着替え始めた時に驚いたものだ。
彼の母が亡くなった時に髪を切ってしまったけど。
「女子の制服着せられてたのを見たんだけど、おまえは?」
「それは見てないかな」
「なんだよもったいねえ。黙ってるとけっこう良いんだぜ」
「黙ってたらな、ああでもあの格好でバレンタインにチョコレート配ってなかったか?」
アンディもけらけら笑いながら同意している。
どんな、顔だったっけ。
「写真……ないのかな」
「写真?そりゃあるだろ、たしか」
ベンがベッドの横にある自分のキャビネットをごそごそと漁り、写真を出して来た。
「本当女みたいだな、これなんてまだ入学したばっかりのころだから余計に」
「あ、本当だ」
僕は見せて、と手を出して渡された写真を引寄せた。
そこに居たのはたしかに少女と見紛う容姿をした十一歳のころの彼だ。ようやくしっくりきて写真を返す。
「セドリックは写真、持ってないんだっけ」
「うん……ないみたい」
僕は言葉を濁した。友人達は訝しげにしたけれど、それ以上何も言って来ない。
違和感をずっと感じている。それは多分彼という存在のことなのだろうけれど、それについて考えようとしても全く何も思い浮かばなくなってしまう。
例えば僕は、一人で彼を思い出そうとすると、彼の名前を口に出来ない。
友人が呼んだ名前を聞き取り認識して、彼だと分かっているのに、すぐに忘れてしまう。
ダンブルドア校長先生が、僕に魔法をかけた人は、僕の命を助けるためにしたと言っていた。その人はきっと僕と親しかったのだろうけれど、僕が不思議と思い出すことが出来ない彼のことなのかもしれない。
父が別れ際に彼にハグをしていたのは、この事を知っているからじゃないだろうか。
手紙を書いて聞いてみようか、と思ったけれどまずは一番近くに居るであろうダンブルドア校長先生に聞こうと思った。
しかし、今はアンブリッジがやたらとおかしなルールを作って、ダンブルドア校長先生に近づく生徒に目を光らせているから難い。しまいにはダンブルドア校長先生が学校から追い出されてしまい、結局父に手紙を書いた。
けれど父からの返事は、僕の体調を気遣う内容に、母とこの間出掛けた時の話だったり、学校生活を頑張りなさいという励ましだけだった。
next
GH書いてる時はHP出るけど、HP書いてる時はGHでません。
日本にいて、バイトしてて、仲のいい人たちがいたくらい。
July 2017