My dear. 17
フレッドとジョージはアンブリッジに嫌気がさしてホグワーツを途中で退学していった。在学中ウィーズリーウィザードウィーズという悪戯専門店を開業していたので、退学後の進路はそこに決まっている。けれど今は闇の勢力が拡大しているせいで、まともに店を開くこともできないのだそうだ。
ハリーに誘われて彼らに会いに来た僕は、住居スペースに通されコーヒーを飲んでいる。
「それにしても久々だなセドリック」
「うん」
クィディッチが寮対抗だった所為もあって、フレッドとジョージはよく僕をからかったり煽ったりしてきたけれど、今となってはそんなこともない。
「卒業、おめでとう」
片方が笑って祝ってくれた。僕には見分けがつかないのだけど、とにかくありがとうとお礼をいう。
「あーあー、俺達だって卒業したかったな」
「まあな」
二人はふざけた様子で顔を見合わせた。
それなりに未練もあったらしい。
「テストがあっても?」
「それがなければ退学はしなかったかもな」
僕が苦笑まじりに問うと、先ほどとは違う方がニヒルに笑った。
「……あいつも居られたらよかったのにな」
「あいつって?」
「「マイ・フレンド」」
二人は声を揃えた。
変な言い方に少し違和感を感じる。
「君たちの友達?」
「おいおい、何いってんだセドリック」
「おれたちの、マイ・フレンドだ。わからないのか?」
困ったように、そしてちょっと慌てながら言った。僕は目を白黒させていたけれど、ハリーはやっぱりと呟いた。
「セドリック……マイのこと、記憶にないんじゃないの?」
「マイ……?あ、ああ……そうか、彼は……」
僕はもう、マイという名前に反応すら出来なくなっていたのか。
ハリーの心配そうな瞳を見てようやく思い出し、胸を抑える。よかった、と思う半面、苦しくもあった。彼を思い出すと、やたらと喪失感が胸を襲うのだ。一年前、自分の一部をどこかに置いて来てしまったような、そのくらい、大事な。
「そうだ、僕は彼の事をずっと、思い出せないでいる……それを繰り返し、繰り返し」
「それっていつから?」
「彼が寮を出て行ってから……」
呼吸が震えた。
なんとか記憶を探って口にしようとすると、それをやめたくなる。
額を抑えながら、痛みに耐える。頭が痛いというよりは胸が痛い。けれど心臓でもなくて、そこを抑えても意味がないのだろう。倦怠感をどうにかしたくて、髪を掻き回すがやっぱり、どうにもならない。
「なんか変だな、おい大丈夫か?」
「思い出そうとしないほうが良いんじゃないか?」
「でも……」
「とりあえず落ち着けって」
フレッドとジョージが僕の肩を摩って落ち着かせた。
「なんか、呪いにでもかかってるみたいじゃないか。無理はよくないぜ」
撫でるリズムと一緒に痛みと記憶が遠のくのを、僕はなんとか留めたかった。
呪いという言葉を聞いて、ふと、違う記憶が甦る。そうだ、ダンブルドア校長先生はこの事を知っているのだ。
父は知っていながらも何も言わなかったけれど、あの人だけは、キーワードを僕に仄めかしていた。
呪い、それから、僕を助けたいと願った人のこと。
少し前、まだ友人達がしきりに彼という存在の話題を出していたころに、ダンブルドア校長先生に聞こうと思っていたことも忘れていた。今僕は卒業してしまいホグワーツに行く事は出来ないが、手紙くらいなら届くだろう。
「僕の秘密を、話してくれませんか」
なんと書いたらいいのかも分からなくなって、僕はそう記した。
校長先生ならきっと、これで分かってくれるのではないかと期待して。
僕は案外早くダンブルドア校長先生と会うことになった。
応じてくれた事を感謝しながら、待ち合わせしたパブの隅の席へ二人でかけた。一杯飲物を注文してから、僕は早速話題に入りたいのだけど、またしてもなんと言ったら良いのか分からなくなる。
「僕の、……呪いはどうやったら解けるのでしょう」
校長先生は目を細めた。
「あれから、ずっと悩んでおったのかね?」
「いいえ、忘れていました。けれど時々思い出さなければならなくなる……記憶はないのに、存在はあったのですから」
「そうだろうとも、彼は……友達も多い」
なるべく思い出そうとはせずに、言葉を聞く事に徹しようと思った。
そうじゃないと、頭がおかしくなってしまいそうだ。無理にこじ開けようとすると、全て消えてしまうようで恐怖心もあった。
「まず呪いを解くのは……不可能と言われている」
「不可能、ですか。何故?」
ダンブルドア先生は目を伏せてゆっくりと首を振る。分からないのか、言えないのか。
仕方がないので僕は次の言葉を待つ。
「ひとつ、聞かせて欲しい」
「はい」
「思い出したいか?セドリック」
「───わかりません」
素直に答えた。呪いをかけられたと分かっていて放っておくのは気分がよくないけれど、思い出したいという気持ちはない。それさえも呪いが作用している証拠なのかもしれないから、校長先生の問いは少し意地悪だと思う。
その事を指摘すると、彼はくしゃりと笑って謝った。
「僕の呪いと、思い出せない彼は、関わりがありますか?」
「ある」
この問いに、校長先生はほとんど考える事なく頷いた。
呪いをかけたのは、やはり彼なのだろう。何故だかは分からないけれど優勝杯がポートキーである事を知って、僕を助ける為にかけたなら友人がかけたと言われても理解できる。ただし、彼を忘れてしまう副作用には納得が行かない。
「この呪いはどんな、呪いなんですか?」
「秘密の破壊……といったところか」
「秘密?」
この呪いのことが僕に関する秘密なのだと思っていたが、この口ぶりでは僕は秘密を壊されていたようだ。
「君の秘密を彼が取り除き、その隙間に言葉を埋め込む」
秘密とは失われた記憶のことなだろうか。だとしたら、記憶と言ってくれたら良い。
彼と秘密が直結するとは言い難い。
僕が校長先生に出した手紙の内容に則って言葉を選んでいるのかもしれないけれど。
「その願いは、ポートキーに触れずに、生きて帰ってくる事───?」
「いかにも」
水色の瞳がきらりと光った。
「そんな魔法があるんですか……」
「世の中には色々な魔法があってな。しかし、これをかけるには条件がある」
「条件?秘密を壊すということですか?」
「ふむ、いや、違う───君が、彼に対して秘密を抱くこと」
にこりと笑った校長先生は、時間があまりとれなくてすまないと謝って席を立つ。僕は話を聞くのに夢中で飲物を残していたが、校長先生は殆ど飲み干していた。
引き止める間もなく、僕は彼を見送ってしまった。
「彼に秘密を抱くこと……」
ぬるくなってしまった飲物を眺めていると、自分の顔がぼんやりと映り込んだ。
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ダンブルドア先生の喋り方って難しい。文章でやたらじじいな口調にしてしまうとくどくて、だからって正すと雰囲気が削がれるという。
July 2017