I am.


My dear. 18

校長先生からのヒントを得て、僕はひとつの魔法を見つけた。
それは恋の虜という、自分に思いを抱いている相手を奴隷にする魔法だった。魔法をかけるにはいくつか条件があって、その中にはもちろん、片思いをしていることが大前提としてあった。僕は友人に恋をしていたことを改めて気づかされる。
うろ覚えだけれどフレッドとジョージのあだ名でなんとなく、彼の輪郭は思い出せるようになった。
マイ・フレンド、という二人の揃った声が脳裏に響く。
「まい……」
小さく言葉を転がした。
麻衣。それが僕の好きだった人の名前だ。

答え合わせをするように父に問うと、僕の恋の話は初耳だったらしい。麻衣はきっと気を使って言わなかったのだろう。
「まあ、……初めて会った時彼は女の子のようだったからな」
勘違いと、気の迷いであることをほのめかす父。
男子寮の同室で、この歳になるまで共に過ごしたのに、それだけで済むだろうか。
しかし父に弁解しても仕方がない気がするし、結局僕はどれほど麻衣に思いを募らせていたのか覚えていないのでやめた。
彼に会いに行きたいというと、父は反対した。会ってどうする、ということもあるだろうが麻衣は今遠く離れた日本にいる。彼には魔法界と関わらないようにしていなければならない、事情もあった。詳しいことは知らないようだけど。
「今は危険だ」
「だからこそだ。……僕は何もできない」
真剣な顔をした父は、麻衣の身も、僕の身も案じて反対しているのだ。
「心が欠けてしまったみたいだ。生きているのに、幸福なのに、僕はなぜか満たされない」
「もうしばらく待て、二度と会わせないと言っているわけではないんだ」
「しばらくっていつまで?何もできずに、おびえたまま待っていろというのか、父さん」
父は少し目を見開いた。それからゆっくり口を閉じて、顔をそらして手のひらで口元を揉む。なにか言いあぐねているみたいだった。
深いため息を吐いた後、父は小さな声でわかったと言った。思わず聞き返すと、日本へ行けと言いなおす。
「本当?行っていい?」
「ああ、だが彼の迷惑にはならないようにしなければならない」
「わかってる」
そういって父は足早に部屋を出て行った。色々と準備や手回しがあるみたいだった。

父がしたためた彼への手紙を持って、僕は日本へ行った。
ちょっとしたミスで変なところへ来てしまい、妙な形で再会を果たしてしまったけれど、麻衣は僕を責めることなく受け入れた。
マイフレンドになぞらえて、マイディアと呼ぶと、少しだけ嫌そうな顔をしていた。

麻衣という名前は女の子につける名前で、日本へ戻る時にちょうど良いからと改名し、彼の名前はとなった。そういえば、ずいぶん前に女の子の名前だって聞いた気がする。
新しい名前を覚えていられるか不安になったけれど、さすがにそばにいる人間を忘れることはないだろう。
そもそも、があのまま学校に残っていれば名前や存在そのものを忘れることなんかなかったはずだ。
僕が忘れているのは本来、彼に恋をしていたことだけ。

と暮らすようになってから、普通に学校にいた頃の話もする。記憶が噛み合わないことはなく、当たり前のように学校で過ごした日々を思い出し、隣にいるの笑顔も浮かぶ。
名前すら思い出せずにいたあの頃が嘘みたいだった。
「一緒に卒業したかったな」
「そーだね」
せっかくの魔法学校だったのに中退かーと、は僕のつぶやきに対してぼやいた。
日本の普通の高校に通っているので、ベッドの上で宿題を広げながら、足をぶらぶらさせている。僕は興味があったので、隣に座ってワークを覗き込む。しかし日本語は読めないから、あまり面白くなかった。
「なんの勉強?」
「日本史」
「へえ」
僕は日本のことにはあまり詳しくないはずだったけど、そういえば在学中にの国のことを知りたくて日本が舞台の物語を読んだりしたことがあったっけ。
「サムライ?」
「まあそんなかんじ」
「バクフってなに?」
「えーー」
独り言のようにぼそぼそ習ってることを教えてくれたけど、僕は理解できずに尋ねた。しかし説明するのが面倒なのか、問題を解くために教科書を見つめたきり、黙ってしまった。
構ってくれないのは少し寂しいけど、彼の邪魔をしたいわけじゃなかったのでベッドからどいた。
その反動でベッドが揺れたのでは顔を上げる。
「冷蔵庫にアイスあるよ」
「やった」
指をさした方にある冷蔵庫へ向かった。俺のも、と背中にかけられた声に従い、アイスは二本取り出した。
はメロン味が好きじゃないからグレープ。それで、僕がメロンを積極的に消費する。
「はい」
「ありがと」
袋から開けて口の前に差し出すとアイスにかぶりつき、すぐに棒の部分を自分で支えた。


彼が目の前にいると、ハーマイオニーにいつか言われた、一番仲が良い友人同士であることを実感する。
何も言わなくても平気だし、何を言っても平気だ。一緒にいるのは苦にならず、何かする時には心強い。不思議と満たされた気持ちになる。
それでも僕は、守護霊を作りだすことがでいなかった。
のことを忘れているからかもしれない、と思っていたのに、会ってみてもだめみたいだ。
たかだか、恋をしていたことが、そんなに重要だろうか。
どうせ、片思いだったのに。
僕はどれだけに期待していてーーー今もきっとどこかで、期待し続けているのだろう。

校長先生の訃報を聞いて、は呆然としていた。雨足の強まる外の音がドアを閉めた瞬間に遠ざかる。
肩に手を回して抱き寄せたら、触れた額から不安が滲んでくるようだった。
「冥福をいのろう、
少し下にあるまつげはふわりと動いて、目を瞑ったのがわかった。
ああ、と小さな声で返事をこぼし、はしばらく僕の胸の中にいた。
こんなにも頼りない友を見たのははじめてかもしれない。

酷かもしれないけれど、僕は日本へ来た理由を彼に話した。何も聞かずにいてくれたことには感謝しているが、きっと、聞くのを恐れてもいたのだろう。
懺悔するように絞り出される謝罪がくるしかった。
僕の恋心は君の迷惑だったんじゃないかと、不安になる。いや、困らせたのは事実だ。
彼はもういない過去の僕に誠意をもって答えようとしている。そういうところが僕は純粋に好きだなと思う。
だけど結局、今の僕は彼の答えが聞きたいというわけでもない。一番欲しいのは、自分の答えなのだ。
正直、情けないなと思う。友が僕のためを想ってしてくれたことに、何一つ応えられていない。燻って、また頼ろうとして、かなしい顔をさせている。本当は一人でどうにかするべきだったのかもしれない。彼に会ったら何か変わる気がすると思っていたのは間違いなのだ。
でもしかたがなかった。
僕は彼のことを忘れすぎていた。

は一瞬で魔法界へ帰ろうと決意を固めた。
さっきまであんなに震えていたのに、どうしてこんなふうに光れるのか。まぶしいに目が眩んで僕はまた甘えることになる。
イギリスでは、父が空港まで迎えに来てくれて、速やかに家に行った。久々の我が家はやっぱり良い。
はいつものように客室に荷物を置きに行って、リビングへ戻ってきた。
「これから二人はどうするんだ?」
「しばらくは、いろいろ回ってみようと思って」
お茶を飲みながら、父が先のことについてや、僕たちの現状について問うのでわかっている限り二人で考えながら話し合った。
僕の微かに残る記憶の中の願望を、まずは叶えてみようと思っている。それが記憶を呼び起こすことになるのか、満足して風化していくのかはわからない。そもそも、僕もも記憶は戻らないものと思っているけれど。
「もし記憶が戻ったら?そもそも、戻したいと思っているか?」
「おじさんは記憶を戻すのに反対ですか?」
「いやそうは言わないが……セドリック、しばらく彼と話がしたい。二人にさせてくれ」
「……うん」
僕のことなのに、とは思うけれど立ち上がる。
は軽く目配せをして謝るが、けして引き止めてはくれなかった。
ならば仕方がない、こっそり聞くしかないじゃないか。

「君がかけた魔法は、セドリックが見つけて来たものと相違ないのか?」
「はい」
父もも魔法で音を消すようなことはしなかった。の沈んだ声のあとに、父は息を吐く。
失望させただろうか、哀れんでいるだろうか、理解できないと思っているのだろうか。
「では息子は君に恋をしていたと?」
「トライウィザードトーナメントの第一課題の後、想いを告げられました」
はすんなりと肯定した。
「そのとき、なんと答えたんだい」
「なにも。最後の課題が終わった後に答える約束をしてたけど……」
「では、なんと答えるつもりだった?」
今度のは答えなかった。どんな顔をしているか、僕には見えない。
首を振っているのか、顔を覆ってしまったのか、それすらも。
父はしばらくしてから、わかったと答えるだけだった。


時差による体の不調を直すのに次の日1日を費やした。
イギリスに帰って三日目には、僕が以前家族と行った草原にを連れて行った。
草木を踏みしめて丘を登ると、見晴らしの良いところに出る。
二人でここへ来るのは気晴らしにもなるし、僕の記憶にある、やりのこしたことでもあった。
「いいところだなあ、日本とはやっぱちょっと違う」
「そうだろ」
僕たちは柔らかい草の上に並んで座った。
「日本のこういうところ、連れてってやんなかったねそういえば」
「じゃあまた今度」
日本にいた頃に何度か旅行はしたけど、日本の建造物や博物館などの観光地を回ったので自然に触れる機会はあまりなかったかもしれない。僕はもっと日本のことが知りたいし、が最終的に日本へ戻っても縁を切るつもりはなかった。
それなのに彼は少し、驚いた顔をした。
「もしかして、いや?」
「ううん、ちがう。先のことを考えてなかっただけ」
草の中に倒れて仰向けになったを見下ろす。
彼は片方の腕で目の上を覆ってしまう。
「俺は何も考えられてなかったんだな」
「どういうこと?」
「正直どうしたらいいか今でもわかんないや。ここへ来てどう?満たされる?」
記憶を取り戻すというよりも、守護霊が出せるようになりたいと思ってる。そして僕は幸福な記憶を思い出すためにもこの場所へ来た。家族と来たここへ、彼を連れて来たかったのが僕の望む幸福なら、満たされるのではないかと思ってたのだ。
「僕もわからないよ。でも今、楽しい」
「ふうん」
手首をゆっくりとどかすと、丸みおびた瞳が僕を見つめた。
かつて好きだったことや、それを忘れてることを抜きにして考えるのは、知ってしまった今は難しいけれど。それでも僕は純粋にと二人でこの場所に来たかった気持ちを思い出せたし、来られて良かったと思う。
「僕は君が好きだよ、マイディア」
手を握ったまま笑うと、はゆっくり笑った。


next

お父さんにどの程度話を通すか迷いました……。
July 2017

PAGE TOP