I am.


My dear. 19

セドリックの記憶にある、俺とやりたかったこと。
俺がいない所為でわく違和感。それを埋めるためにイギリスへやってきた。
一応ハーマイオニーから、ハリーとロンと三人で学校を出て、分霊箱を壊す旅をすることを聞いてたけど、俺は力になれることは何もない。
分霊箱について詳しく覚えていないし、ハリーもそのことを承知済みだ。
ただ、手を貸して欲しいと思ったらいつでも頼るようにというしかない。無力だと思うけれど、そもそも俺はそんな大した人物じゃない。あきらめて、ヒーローたちの無事を願うばかりだ。

イギリスに来てすぐに、セドリックがまず思いついたかつて家族でピクニックへ出かけた場所に赴いた。今度俺を連れて行こうと思っていたらしい。それはどういうつもりで、と思わないでもないが友達として二人で行くのも変ではないはずだ。
日本では有名な観光地を見てまわるくらいだったので、自然の多いのどかな場所でのんびりすることもなかった。イギリスのこういう場所もすごいなって思うけど、日本をもっと見せてやればよかった。そう思いながらこぼすとまた今度と当たり前のように言われた。縁を切るつもりはないけど、セドリックが日本に来ることを全く考えてなかったから驚いてしまう。
いつも、先のことをちゃんと考えられなかった。なんとかなるって思いながら、なんとかしてきた方だと思う。ある意味人生うまく転がってた。そういう自分が情けない。
「僕は君が好きだよ、親友」
空を背に微笑んだセドリックに、俺はその時、ひどく安心してしまった。

そんなに簡単に満たされることはないだろう、どうなるかわからないけど試してみるしかない。
まずはそのための第一歩だったのに落ち込んでてはしょうがない。
俺に比べて、セドリックは前向きだった。
気持ちを消してしまったと知っても、守護霊を出せなくなっても、イギリスに来て何もせずに過ごす日々が続いても。

闇の勢力が増して、とうとう出かけるのを躊躇うようになった。
なら、話をしようと提案してくれたのもセドリックだ。
そんなことで良いのかと思う俺をよそに、学校の教科書や思い出の品を持ち出す。
「これ、ハリーに借りたんだ」
「借りた、って」
「荷物は少ない方がいいからって、ね。本当はくれるって言うんだけど僕は断ったから、いつか返すつもり」
トライウィザードトーナメントの、正式な優勝杯を手にするセドリックに驚く。
「僕とハリーは最後、これの偽物に手を伸ばそうとした。その時誰かの……多分のだろうね、声が聞こえたんだ、帰ってこいって」
優勝杯を指で撫でながら静かな声で話してくれた。
「悔しくなかった?」
「どうして?」
俺は優勝杯に触る資格がないから、床に手をついて座ったまま、艶やかな表面を見つめるだけにする。
歪んで映る俺とセドリックの顔から目を離し、端正な顔を見直す。
「優勝したいっていう気持ちはあんまりなかったって言ったろ」
「それが、なんか変なんだよな。後になったらやっぱり欲しかったって思わない?」
「優勝杯を?触らなくて心底よかったって思うけどね」
「そりゃ偽物だったんだしな……あの時触ってても優勝はおろか、危ない目にあってたわけだし」
「うん、だからはいい加減そのことは吹っ切れてもいいと思うんだ」
未だに引きずってるのは俺ばかりで、セドリックはちょっとため息をついた。
「うるさいなあ、じゃあそもそもなんでゴブレットに名前を入れたんだ」
あれさえなければ……いや、これ突き詰めるのは無益かな。
「ゴブレットに名前を入れたのは、多分、君が好きだったからじゃないかな」
「は?」
セドリックは一度優勝杯を投げて手の上に落とし、ベッドの上に置いた。安定しない場所なので転がされるままになったそれを目で追ってたんだけど、言われたことを理解して慌ててセドリックの方に視線を戻した。
なんでそう思ったんだ。今までそんなこと一言も言ってなかったのに。
「勇敢になりたかった」
「もう勇敢だったよ、俺は知ってた」
「うん、でも僕自身が一番自分に自信を持ってなかった。だからに憧れていたんだ」
「俺の?どういうこと?憧れられるところなんてないと思うけどね」
クッションの上にあぐらをかいて坐り直す。
「すぐに決断するとこ」
「それ短所」
「僕からしたらかっこいいんだ」
「そうですか」
自分の足を見つめながら口を尖らせる。
他人から見た自分ってこういうもんなのかな。
「魔法をかける前と同じこと言ってる」
最近のセドリックはなんだか、違和感がない気がする。
笑いながら言うと、セドリックは瞠目した。
「いや、前は、あー……綺麗とも言ってたけど」
「綺麗……たしかに、は輝いてる」
「肯定すんな」
俺は別に、今も恋をしているんじゃないのかと指摘したいわけじゃなかった。
記憶がなくても何も変わらないと思えてきた、それだけのことだ。
本心なのかはわからないけど……セドリックが忘れたことを気にしてないって言ってたところに、俺もようやく追いつけたかと思ったのに。
「忘れる前と遜色なく物事を考えられるってことは、やっぱり僕の推理は間違ってないだろうな」
「どういうこと?」
はなぜ、僕が優勝杯を逃して悔しくないのかって疑問だったろ」
「うん」
「僕が優勝杯を欲しかったのは、が好きで、君の隣に立つ自信が欲しかったからだ」
は、と返事にもならない声が出た。
急にそんなこと言われても俺、困っちゃうんだけど。
「好きだったことを忘れたから、優勝杯をどうしても欲しいと思わなくなった」
「な、なるほど?」
「でも僕の考え方はほとんど変わってないんだよね。思い出したってことかな」
「優勝杯がまた欲しくなったんなら、そうなんじゃねえの」
うーんそうでもない、終わったことだし。と、セドリックはあっけからんとしていた。
「恋なんてしなくていいよ、もう」
「僕に恋をされたら迷惑?」
「俺は、迷惑だから記憶を消したんじゃない」
言ってもしょうがないから言わなかったけど、セドリックは気にしていたのか。
片思いだったのかとセドリックが思い至ったとき、俺は何度も謝ってしまったからそう考えるのも無理はない。迷惑ではなかった。片思いだったかと聞かれると、まあイエスだけど。
俺はキスされるまで、セドリックのことは男友達だと思っていたし、そのあとに考えようとしてもまず生きるか死ぬかで、とうとう答える相手はいなくなったわけで。
「俺のこたえが欲しいか?」
「───いらない」
首を振ったセドリックに拍子抜けした。答えたかったのだろうか俺は。
いや、なんて?なんて答える?
「僕は自分で答えを出したよ、
大きな手が俺の顔を包んだ。親指が全部に触れようとするように、額から眉とまぶたの上を通って目尻、目の下となぞっていく。鼻の脇から頬骨を滑って顔を支えていた他の指の元に戻った。直後、いつのまにか至近距離にあった顔が傾けられる。視界の隅で口が開かれたのを見て、真似るように自分も口を開けた。
反射的に吸おうとした息は途中で遮られる。
貪るようなキスに驚き、一瞬何もかも手放しそうになった。理性も呼吸も考えも。まず取り戻すのは呼吸からで、口の隙間からなんとか息を吐き出さないとダメだった。こういう時は鼻でするもんだけど、それだけじゃ酸素がたりない。
「……お、い……」
呼吸以外は許してくれないらしく、非難の声をあげようものならかぶり付かれる始末だ。
シャツを掴んで背中を叩いてギブアップしても、俺の体を抱きしめる腕は緩まない。
それどころか、体を押し倒される。横になって、なんとか鼻で息をしながら、生きる道を確保した。
体中の血管がすごい勢いで血を流していて、興奮状態が続いてる。心臓が暴れているのを収められない。
腕に力が入らず、覆いかぶさるセドリックの背中に手を乗せて力尽きた。
……」
俺の唇の上で、セドリックが名前を紡ぐ。歯列を舌でなぞってから唇をひっぱりあげられた。
「覚えてないけど、僕はここを知ってる気がするよ」
「はは……」
俺も知ってるよ、この吐息も味も唇も。
一度目は触れるだけで、二度目は甘く、けれど戸惑いと焦りのあるキスだった。俺からしたことだったけど。
「お前とこんな乱暴なキスしたことはないけどな」
「乱暴じゃないキスはしたんだ」
今度は優しく触れた。のしかかる体重が軽くなって、密着していた体は少し離れた。
一瞬だけなのにゆっくりされたキスが、さっきまでの長いキスよりも胸を締め付けた。それは初めてしたのと似ているからか、俺にそう考える余裕があったからか。
上からどいたセドリックの灰色の瞳をちらりと見る。きょろりと動いてこっちを覗き込んでこようとしたので、俺は手で目元を覆った。
?」
「おまえ、思い出してんの?」
「さあどうだろう」
手首の内側の白い部分ゆっくり撫でられた。
どかさないぞ、どかさないぞ。
「それとも……」
「それとも?」
もう一度……いや、ただ試しただけかもしれない。
どちらにせよ、これ以上聞いてしまっていいのかわからない。
どうせ答えはいらないと言われたんだ。
おずおず手首をどかすと、セドリックはいたずらっぽく笑ってる。
むすうっとしながら起き上がって座りなおして、軽くだけどセドリックの体をどついておいた。
「試してみたかったんだ」
「そう」
ああそっちか。何かが肚にストンと落ちてくる。
「なんか感じた?」
「いや、僕のことじゃなくて、のことを」
「俺?」
思ってたのと違うので首をかしげる。そうか、セドリックは自分で答えを出したというし、俺の答えも聞く必要はないって言ってたから反応を見て納得したんだろう。
キスに本気で抵抗しないで、あっさりと床に倒されて目を瞑る俺は、こいつの中でどういう風にうつるんだと考える……。
「……ろくでもないだろ」
「うーん……ずるい、かな」
ははっと笑うと、セドリックは苦笑する。
「でもそれがだから、僕は君に答えを問わないし、何も言わないでおく」
「……そう」
「聞きたくなったら聞いてくれ」
なんだそれ、と思わないでもないが今の所それでよしとしよう。
「聞くたくなかったら」
「うん?」
「もう一度、僕に魔法をかけて」
「……俺はもう、お前に魔法はかけないって決めてんの」


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明確に言葉にしたくない関係になりたくない、かもしれない。
そういうのを感じて、何も言わずに過ごすんだろうなって。
July 2017

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