I am.


My wiz. 01

魔法学校を中途で退学して日本に戻って来た俺は、高校に入学した。年齢的には二年生なんだけど、普通の授業に自信がなかったので一年生から入ることにした。
入学式には間に合わず二週間ほど遅れてクラスにやってきた為少しだけ目立った。
「イギリスで暮らしていたので少し登校が遅れてしまいました。谷山です」
帰国してすぐ、俺は名前を変えた。

クラスメイト達は休み時間になるとわっと俺の席によってきた。イギリスでどのくらい暮らしていたの、とか英語喋れるの、とか。
「六年くらいかな。英語は喋れないよ」
「ええ?じゃあ学校は?」
「言葉が通じる所」
「そうなんだ〜」
皆疑わずに、興味津々で俺に話題を振った。
転校生というわけでもないけれど、中等部から上がった生徒が多いため、新しく見る顔に対するちやほや待遇は一日中止む事を知らず、教室移動や昼食なんかは必ず誰かが俺を誘ってくれた。帰りになると、駅前で遊んで行こうとか、学校の中案内しようかとか、色々と声を掛けられたけど俺は担任の先生に呼ばれていたので全て断って別れた。
教室に戻ると、生徒はほとんど帰っていて女子が数名ほどいるだけだった。女の子達は俺をみて戻って来た様子にぱちぱちと目を瞬く。
「あ、まだ帰ってなかったんだ」
「うん。担任の先生に呼ばれてたから」
「へえ〜おつかれさま。ねね、よかったらさ、私たちの怪談に付き合わない?」
今日一日で全く会話をしたことはなかったけど、ぴんときて話題にのった。
麻衣ちゃんって確か、怪談に参加するんだったよな。

案の定地下階にある視聴覚室を借りて怪談をしていると、俺の知っている通りの事態になった。
一人ずつ数を数えていくと、知らない声がひとつ視聴覚室に落とされた。
キャーと悲鳴を上げる少女達に肩をすくめながら耳をおさえて、電気がつくのをまつ。
「───い、今5っていったのあなたですか……?」
「そう……悪かった?」
黒髪黒目の大層な美少年が、ふたり。
一人は緩く笑って、もう一人は涼しい顔をしていた。
彼らが女の子達と会話をしているのを眺めて、ほっとする。

───もう、何年も前。
お母さんが亡くなる前の冬休み、俺はフレッドとジョージに誘われてマグルの用品店……いわゆるショッピングモールに買い物にやって来ていた。アーサーおじさんが連れて来てくれたんだけど、彼は色々と買い物したり商品の説明を受けたいからって別れ、俺たち子供三人は自由時間となった。マグルのお金をわずかしか持っていなかったので買えるのは軽食くらいだろう。
めったにマグルの街に来ないらしい双子は、さっそくはしゃいであれはなんだこれはなんだと走って行ってしまう。俺は慌てて追いかけたけど、人混みを縫うのが得意な悪戯っ子はあっという間に見えなくなった。
騒ぎを起こしていないか周りを見ながら歩くけど、幸か不幸か何も起こっていない。
端から端まで来てみても、フレッドとジョージは結局見つからなかった。もしかしたら、上の階に行ったのかもしれない。
俺はとうとう諦めて、このまま一人で時間をつぶそうと考えた。
買い物する準備もしていなかったので、あまりお金を持って来ていない。元マグルといえどここはイギリスだから、ある意味では俺にとっても観光地みたいなもんだけど、日本で手に入るものの方がほしくて、特に興味がない。しいていうなら、軽食とかを食べてみたいなくらい。

ということで、フードコートの端にあるカップケーキのお店に立ち寄った。
値段を言われてお財布に入っていたお金を全部だす。俺は根っから魔法界の人ってわけではないけど、イギリスの人でもないので、こっちのお金にまだ慣れていなかった。
「おや、ちょっと足りないんじゃないかな?」
「え、ほんと……」
店員のおじさんが困ったように目を細めた。
「いくら足りないの?」
「ああ、お兄さんが居たのかい」
もたもたしていると、俺の後ろに居た人が親切に一緒にお会計をしてくれた。ぽかんとしたまま見ていると、お兄さんと言われた通りに日本人の風体をした少年が、にっこり笑って俺の代わりにカップケーキが入った紙袋を抱えてこっちを見た。
あっちに行こうとカフェスペースを指し示され、ひとつの袋に俺と彼のカップケーキが入ってるからついて行くことになる。
「ありがとう……友達が別の所にいるんだけど、あとで足りない分返すね」
「いいよ、大した額じゃなかったし」
彼は自分のカップケーキを出してから俺に紙袋を渡した。ほんのりと温かく、隙間からいい匂いが漂って来た。
受け取りながら俺は少年の顔を見る。綺麗な顔をした彼は、にっこりと笑った顔をどんどん不思議そうな表情に変えて行く。俺がじいっと見ているからだ。
「……ジーン?」
「どこかで、会った事あった?」
思わず口をついて出た言葉に俺は驚くが、彼の方がもっと驚いていた。
麻衣という名前を付けられて、日本で女の子の格好をしながら暮らしていたからその人物に思い当たってしまっただけで、今目の前に居るこの人に会った事はもちろんない。
うわあ、やっぱり、ここってそうなのか?
ふるふると首を振った。それは会った事がないと答えたようなもので、ジーンは首を傾げる。どうして、と開きかけた唇を見ていたけど、俺はそれを遮るように発言した。
「日本に行く予定は!?」
「え?……いまのところ、ないけど」
「行くとき、気をつけて……!」
ぽかんとしてしまったジーンを見てちょっとだけ後悔する。よく考えたら俺ってメチャクチャ怪しい人だった。
わかった、とぎこちなく頷くのは良い子と言われているだけあって素直なんだけど、多分これ分かってないし。
ああ、どうしたら良いんだ。まさかこんなところで普通に会うことになるとは思わなかったし、こんなことになるなんて、考えてなかった。
「車に轢かれてしまうかもしれない」
「え……」
やけに具体的なことを示唆したもんだから、ジーンの表情はちょっと固まった。
大声で言うことでもないので顔を近づけて囁く。
「昼間の道路、猛スピードで車がやってきて、───ああ、なんだっけ、……とにかく轢かれるんだ。二回も。ジーンを殺す為に」
「……な、なに、それ」
戸惑うジーンは、俺の顔をじっと見返した。
「事故だったと思う……から、最初から狙われてるわけじゃないんだ、たぶん。だから轢かれないように気をつけてとしか言えないけど」
「どういうこと?君は、何を知っている?」
「何を知ってるのかって本当、自分でも分かんないし、助けにも行けないのに知っててどうしようもないけど……」
ふいに泣きそうになった。でも涙までは零れずに、自分の持つ記憶に嘲笑する。
「マイ!こんな所に居たのか?探したんだぜ」
タイミング良く現れたフレッドとジョージが、俺達のテーブルにやって来た。俺はすぐに立ち上がり、彼らを迎える。
「お、カップケーキ買ってたのか?」
「美味そうな匂い!あとで一口くれよ」
「アーサーおじさんは?」
「ああ、さっき電化製品売り場で見かけたから行こうぜ」
後ろ髪引かれる思いだったけれど、俺はこれ以上、何もジーンに伝えられる事がない。
「あ、ま、待って」
「この忠告がジーンを守ってくれる事を祈ってる。生きてまた会おう、そのときは今日のお礼とお祝いに、カップケーキを奢るよ」
引き止めようとしたジーンが俺の手を掴んだけど、一度だけ握り返してからそっと抜いた。
フレッドとジョージは俺達の会話を日本語だと思ったようで、何の話をしていたのかと聞かれたけれど内緒と答えた。

その、忠告が本当にジーンの身になったのだと実感して、俺はあの頃より少し大人になったように見えるジーンを眺めた。
「そんなあ!いいんですう!転校生ですか?」
「そんなものかな」
「何年生ですかぁ?」
「今年で17」
女子たちに囲まれている二人は、はぐらかしながら答える。
あれ、そういえば俺と同い年?なんか変な感じ。魔法学校行ってなかったら、今こうやって会う事もなかったのかな。ジーンなんて、尚更。
「あの、ごめん、俺そろそろ帰らなくちゃ」
「え?あ、もうそんな時間?」
腕時計を確認して、これから渋谷先輩とお近づきに〜って考えていた女子たちに意思表示をする。
「みんなはごゆっくり」
女子たちのお邪魔をするつもりもないので、すすすっとドアの方へ向かう。
ジーンが物言いたげにこっちを見て来るので、にこっと笑って会釈をすると、彼もまたにこっと笑顔を返した。もしかしたら、俺の事覚えてるのかな。


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やると言いましたね、ゴーストハントを……。
Oct 2016

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