My wiz. 20
校舎のところへ戻って来た俺たちだったけれど、ジーンとリンさんは準備があるといって車に乗ってどこかへ行ってしまった。ナルは行かなくていいのかな。「お前が皆に説明できるのか?」
「できないです……」
ちろっと視線をやると、ナルがこっちも見ずに言った。
そういえばそうでした。
明るくなるなりベースに全員を集め、事情の説明を始める。
「いまこの学校で起こっていることは霊を使った蟲毒だ」
「こどく?」
「中国に伝わる古い呪法で、今はほとんど存在しないだろうな。————呪詛には人形や呪符など色々なものを使うが、生き物を使う方法がある。それが、蟲毒だ」
今回は生き物ではなく霊だけど、と思いながらナルのわかりやすうい説明を聞く。
「それでこれは呪殺にも利用された。蟲法を行って虫を多少の金銀とともに憎い相手に送りつける。相手は意味が分からず虫を養うことを怠り、食い殺されてしまう」
「こえ〜……」
えげつね〜、いや、呪いだしな。
こほんと咳払いをして、戦慄いたことを誤摩化す。
ところが俺が平静を取り戻しても、皆は取り繕う事もせずに言葉を失っていた。
「じゃあ、ヲリキリ様で呼んだ霊でその蟲が出来上がりつつあるってことか?」
「そうだ」
「じゃあ誰がその霊を養うの?だいたい、そもそも呪ってなんか……」
「呪符ならある。夜中、が見つけて来た」
「ヲリキリ様……ですか?」
ぼーさんと綾子の問いにナルは答え、そっとヲリキリ様の紙を取り出してテーブルの上に置いた。ジョンや真砂子がまじまじと眺め、安原さんは少し顔を青ざめさせた。そりゃ、自分たちがやってたこと、だしな。本人あんまりやってないとは言ってたけど。
「ちょっと待ってよ、じゃあ学校中の生徒達が呪いをやっていたってこと?意識もしていないのに?」
「もちろん呪うという認識も大切ではあるが……呪符には呪う相手が記載されている。それから、安原さん……ヲリキリ様には呪文があると言いませんでしたか」
「あ、はい、あります。おーおりきり、なんとか……」
ナルはリンさんから聞いたであろう呪文を呟く。そして安原さんは肯定した。お前一回でよく覚えて来たな。
「そしてそれを捨てに行くのが神社の下、でしたか」
「そうです」
「狂わすには四つ辻、殺すには宮の下、だっけ」
「ああ。……これが呪符で、神社の下に埋めたと言う事は呪殺のための用法ということになる」
リンさんがナルに言っていたことをあっと思い出して代わりに言うと、ナルは小さく頷いて皆の顔を見渡した。
「まさしく、の言う通りこっくりさんであることに意味はないって事じゃねえか……」
「っていうか誰が呪われてるのよ?呪符に呪う相手が書いてあるって言ってたわよね」
「ぼーさん、ここを読んでみてくれ。梵字と漢字が二列あるだろう」
「————こりゃあ……、おいマジかよ」
「誰、なんですか?」
安原さんが恐る恐る問う。
ぼーさんはちらっと俺を見た。え、なに?まさか俺の名前になってるとかないよね?し、知ってるんだぞ、俺じゃないって。
「松山秀晴……」
くしゃりと顔を歪めて、薄い唇から絞り出した低い声はそう告げた。
「なんですって?」
「横は當歳伍拾参ってかいてあるが……今年53歳になるっていう意味だな。プロフィールばっちし」
「つまり、生徒全員で蟲を作り出して戦わせていて、最終的に松山にしむけたってこと?」
「そういうことだ」
「それじゃあ、松山先生は」
ジョンは心配そうに瞳を揺らした。
「死ぬ。それも恐らく、惨たらしく」
「どうにかできませんの?」
「もう呪法は動き出していて止められない。だが、呪詛を返す事は出来る」
「……それって」
「呪詛を行っているのは生徒たちだ」
「……」
段々、皆が口を噤んで行く。
「呪詛が返ったら僕らはどうなるんでしょう?」
「呪者の数があまりに多い。力は分散され効力は弱まるはずです……理屈では。そうなるように祈ってください」
「……解決をお願いしたのは僕たちです。それしか方法がないのでしたら」
「ありません」
「ではよろしくお願いします」
安原さんは低い声で答えて頭を下げ、ナルはそれに対して小さく頷いた。
「どうしてもっとはやく思い出せなかったんだろう」
「さんのせいとちゃいますよって」
「そうそう、むしろお前は色々嗅ぎつけて来てたほうだぜ」
「あんたを責める奴なんて居ないわよ、お馬鹿」
弱音を吐いた俺を皆が口々に慰めてくれた。真砂子は背中を撫でてくれて、安原さんは少し離れた所で微笑む。
「誰の所為とか、誰かが責めるとかじゃないもん」
ほっといて良いよって気持ちだったけど、皆が優しいから部屋から出て行こうとはしなかった。
パイプ椅子に膝を立てて、そこに頭をぐりぐりと撫で付けた。身体が丸まって少し息苦しくなる。
皆は比較的明るい話をしているけど、さすがにそこに加わる元気はなくてナルが校長先生に事情を説明しに行っている間はずっとぼけーっとしてた。
まあナルが戻って来ても別に俺が元気になるわけもなく、ナルが俺に何かを言うこともない。
「心配ですか?」
撤収作業をあらかた終えた俺達はやる事もなくなってしまい、夕方には校舎から出て外にある宿直室の方へ向かっていた。
「少しね」
「僕は不思議と自信があります」
「───あっははは!、安原さんってたしかに、そうかも、そんな感じする!」
「そうでしょう?」
皆の後をとぼとぼついて行ってた俺に安原さんが並んだと思えばにっこりと笑顔を頂いた。思わず噴き出してしまった。
「頼もしいなあ、安原さんってば」
「そうですか?僕は何もできませんけどね」
「そんなことないよ、安原さんがにこにこしてると、大丈夫そうな気がしてくる」
「僕も、谷山さんがにこにこしてると、大丈夫そうな気がしてきます」
お揃いだねえ、と笑い合っていると、皆が俺達の方を振り向いていた。
なあにと首を傾げたら、ぼーさんがちょこちょこと手招きをするので足早にかけよる。
「もう元気でたのか?」
「うん、出た、元気」
「そりゃよかった」
ぱふぱふと頭を叩かれたので、ぼーさんの親指と小指を握って持ち上げる。
だらしない笑顔をうかべると、皆は困った子ねって顔で見てた。その顔がなんだか優しくて、すごく好きだなと思った。
思えばナルが人を傷つけるはずもなく、そんな結末になっていたら俺だってもうちょっとちゃんと覚えている筈なのだ。だからリンさんは呪詛返しの際に生徒の身体を守るため、人形を準備していたようだし、それは見事に成功した。
なんだあ、俺ってば不安になっちゃって。
ほっとした俺はその場のテンションでナルとジーンとリンさんに順番に、ありがとう大好き天才!という頭の悪そうな褒め言葉を述べながらハグをしていったんだけど、三人とも反応がいまいちだったので面白くなかった。
まあ、やられた人たち以外からは笑いを取れたんだけど。
next
蟲毒だって気づいたのはジーンかナル、どっちかが自力で。
神社に居るっていうのはあれ、夢?で見て気づいて、起きてナルと一緒に来たのです。
リンさんは三番目のハグだったので逃げようと思えば逃げられたけど、まさか自分にまでされると思ってなくて、でも隣でハグされてる勢いをみて若干逃げ腰だったところをまんまとハグされました。
Nov 2016