I am.


My wiz. 25

リンさんは絶句していた。
日本人が嫌いってことは血のことでもあるから否定はしづらいだろう。
だからって肯定もしにくいと思う。本人を前に言うことではないと、人としての矜持が揺れているのかもしれない。
「ごめんごめん、言葉が悪かったね」
「言われた事があるんですか」
忘れてと言おうとしたけれどリンさんがまっすぐ俺を見て来るので、見つめ返した。
「ないよ、直接は」
周りには純血主義の人がいなかったし、そういうのが特に多いスリザリンはグリフィンドールにばかり構う。俺はグリフィンドールにもスリザリンにも多少友達が居たけれど、幸いにも面と向かって言われる事はなかった。ただし、たまにスリザリンの友人と話しているときに彼の同僚に笑われていたり、すれ違う時に肩をぶつけられたことはあった。ものごとを教えてもらう為にもマグル生まれだと隠してなかったので、目聡い連中は俺がそうであると分かっていたんだと思う。
まあ、それ以外にも俺をからかう理由はきっとあったのだろうけど。
やっぱり……日本人だったし。
「私は谷山さんの事が嫌いではありません」
「へ?」
「無礼な物言いをして申し訳ありませんでした」
「え、いや、あの、なんか俺の方こそごめん、変な話をしたよね」
リンさんは首を振った。
そういえばそうか、俺が、リンさんって俺の事好きじゃないよねって言ったから、そう言う問題じゃなくて日本人が嫌いなんだって言ったんだった。
それなのに俺ときたら、自分の話ばかりをしてしまって。まったく恥ずかしいぞ。
「リンさんを責めるつもりも、自分の苦労をひけらかすつもりでもなかったんだ」
「谷山さんはあまり自分の話をしないから、たまにはそうやって話して良いと思います」
「……え?俺は結構自分のこと話してると思うけど」
思わず黙ってしまってから首を傾げた。
リンさんはいつの間にか、少し目元を和らげていて、最近はそうかもしれないとこぼす。
というか、ナルやジーンにリンさんの方が自分の話しないじゃん。確かに三人ともイギリスのSPRから来たとは言えないだろうけど、そうだとしてもさ……いや、言えないか。うん。


日が暮れてベースに帰って来た皆は疲れた声をあげる。
隠し部屋があることはわかったけど、ややこしくってややこしくってたまらないらしい。データを打ち込んで行くリンさんのお手伝いをしていたので、俺もこの建物が如何に面倒な作りをしているかをちょっと把握した。
「もうここぶっ壊そうぜ!!」
「なにいってんのよアンタ」
「この家が無くなれば、万事解決だよね!名案名案」
「大して労働してないくせにお前は……」
ぼーさんにおでこをぺちぺち叩かれた。
「なんだよう、皆が疲れてるのを見て気を使ってんだろーが」
「ならお茶でも入れてきてちょうだい……あー疲れた」
「頼んできま〜す」
椅子から立ち上がると、リンさんが俺を見上げた。あ、そっか、一人で行っちゃいけないんだっけ。
「僕が一緒に行くよ、リンは入力を頼む」
「はい」
どうしよ、と思って皆とリンさんを交互に見ていたらジーンが付き添ってくれた。
「つらそだね、お疲れさま」
「え?」
部屋を出ても何も喋る事なく廊下を歩いていたけど、横顔を眺めてみてなんとなくそう思ったので声をかけた。
ジーンはあまり自覚がなかったようで目を見開く。そしておもむろにくしゃりと笑い、ありがとうとこぼす。
「無理すんじゃないよ?」
「うん、大丈夫。はどう?なにか変わった事や困った事はない?」
「俺?ないない」
何か察知することを期待されてんのか知らないけど、今んとこそういうのは全くないので手をぷんぷん振った。
「何か気づいたことがあったら、何でも言って欲しい」
「ジーンは?」
「僕?」
「一番危険に気づけるのは、ジーンじゃないの?」
おそらく俺達の間にはもう大きな秘密はないので、ジーンは驚く様子はない。けれど、困ったように視線を下げる。
みんなには言えないのかな、力を隠しているから。でもここが安全な所だとは思えない。偽物のナルを捕まえるのなんてどうとでもなるし、いくら正体を秘密にしているからと言って、危険を知らせない理由にはしないだろう。
「僕もまだ……よくわかっていない。見えることがあるのに、わからないことばかりだ」
「見える事を言えばいいんじゃない」
「……証拠がない」
証拠があるものばかりを言うのが、ジーンの仕事ではないはずだ。そういうの無しに感じた事を、真実とすることができるのが霊媒だと思う。まあ、俺はその辺のさじ加減が分からないけど。なにせ魔法使いの周りにいるのは魔法使いであって、大抵常識や魔法に関する認識が同程度だ。魔法が分からない人には最初から秘密にしているし。
だから多分、俺やぼーさんたちには言えていない、分かっている事はあるんだろう。そして、ナルやリンさんもそれを知ってる。
「ナルは証拠集めをしてるわけね」
「……」
ジーンは黙った。でも小さく頷いた。
「俺には教えてくれないんだ?……まあ、いいけど」
どうせバイトですし、霊能者じゃないもんなあ……と恨み言をすぐに撤回する。
「待って……違うんだ」
「何が?あ、すいませーん」
手を掴んだジーンに驚いたものの、視界の端に給仕の姿を見つけて咄嗟に声を掛けた。彼らは俺達の世話をするために、にこやかに顔を上げてこちらに向かって来る。握られていた手を解き、俺もそっちへ近づいていく。
お茶の注文をしてから振り向くと、ジーンはこっちに背を向けていて、廊下の隅をみていた。
何か居んのかな……。静かに近づいて、同じ方向を眺めてみる。
「何か怖いの見えた?」
「ううん」
困った顔をしたジーンはゆっくりと首を振る。それから、もう一度俺の手を取って違うからと呟いた。何が違うのかわからない。俺は別に、ジーンが見た事や知った事を教えられない理由に、大きな理由はないと考えている。
たとえば、彼らが俺を信頼していない、とか。
絶大な信頼を置かれていると思っているわけじゃないけど、ある程度話を通してもらえる仲だと思う。だから深刻な顔をされるのも、俺が落ち込むのも変だ。
「別に気にしてないけど、えーと、俺はなにか違う事を考えていそう?」
「そうじゃない……。でも話す機会が……なかっただけで……」
「あ、そういえばそうだっけ」
思い出してみると、今の今までジーンと二人になっていない。リンさんとナルが居ても、ジーンだけ居ないとか。だとしても、ナルやリンさんの口から教えてくれてもよかったのでは……と思わなくもない。
「折りをみて四人でミーティングをする予定だったんだ」
「ほー」
納得した俺を見ても、ジーンは手を離してくれない。解こうかと身じろぎすると、強く握られたので改めてその手とジーンの顔を交互に見る。
視線は俺と合わない。あのう、と声をかけてもだ。
「まどかが言ってたこと……」
「ああ、あの事故」
「事故?うん、予言のこと」
そう言う意味じゃなかったけどジーンは首を傾げつつも続けた。日本人特有のネタだから仕方ないかもしんない。俺のささやかなジョークが通じなくともめげないめげない。
「初恋の人?」
手がばっとはなされる。ジーンは両手で顔を覆って俯く。ごめんて。
「そうじゃないけどそう!」
「べっつに本気にしてないよお、もしかして若干よそよそしかったのってそれ?」
「うそ、僕よそよそしかった?」
ジーンは少し焦った表情で俺を見た。
よそよそしかったっていうか、いつもならもっと会話があるのに、そういえば少ないなあと思ったくらいで。避けられてると感じた訳じゃないし、今はリンさんと行動を共にするように言われてるので、俺のちょっとした気のせいかなあくらいだったんだけど。
もう一度顔を隠しながら、くぐもった声が聞こえて来る。
「———は、初恋だったらどうする?」
「マジで?」
ははっと笑うと、指の隙間からはみ出た睫毛が震えて、黒い瞳が俺をじとりと見ていた。
どんまいどんまい、あのときの俺は多分どっからどう見ても女の子だったし、話してる内容も内容だったし、ドキッとしたのは恋じゃないと思う、大丈夫大丈夫。
のばか……」
身振り手振りで励ました俺は恨み言を吐かれる。すいません。
「忘れさせてあげよっか?」
「えっ……」
提案すると、ぶわっとジーンの顔が赤くなった。
……違うそうじゃない。話が噛み合ねーな俺達。
「魔法で」
「いやだ」
付け加えると、さっきまでの甘酸っぱい雰囲気がなかったかのように、すんっと据わった目でジーンが拒絶した。
じゃあその羞恥心と思い出は大事にとっといてください。


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ときめき泥棒であることを自覚している節のある主人公であった。
ただしそれは本当のときめきではないと思っている主人公であった。
Feb 2017

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