My wiz. 27
遺体があったことを大橋さんや霊能者達に報告する。デイヴィス博士の予言が当たった、なんてはしゃいでた五十嵐先生にはちょっと呆れそうになったけど、偽物のデイヴィス博士に詰め寄って正体を暴いてくれたので内心感謝している。俺達の仕事は終わった。
リンさんにちらっと目配せをすると、目が合う。
やったね、帰れるねという意味をこめて皆に分からないように笑いかけてみた。
ぼーさんは除霊が出来ないってわかってて、自分でも無理そうだって判断したくせに、ナルを煽る。というか、からかってるのかな。
「逃げるんじゃない、僕らの仕事は終了したんだ」
あ、言うんだ。
そう思いながらナルの方を見るとジーンが困ったように笑っていて、ネタばらしを続けた。
俺はリンさんに倣って素知らぬ顔をしながら、驚く皆からの視線に耐える。だってだって、守秘義務があったんだもん。
機材の撤収を終えて、あとは自分たちの荷物をまとめて集合することになっていた。
リンさんは元々物を散らかさないので手早く身辺を整理してしまう。俺は荷物自体は少ないんだけど、朝シャワーを浴びた時、洗面所に腕時計を外して置いたままにしていたことを思い出してとりに行く。ほんとうに、たったそれだけのことだった。
視界の中に掌がぬっと出て来た。え、と思っているうちに大人の男のものであろうそれに顔を覆われ、視界は真っ暗になる。目と口を隠され、どう見てもおかしい位置からまた違う手が出て来て、両腕を後ろから掴まれる。
声を上げる暇も、物音を立てる暇もなかった。それでも俺は部屋に隣接する洗面所に居たからリンさんもすぐに気づいてくれるはずだ。
思えば、よく入浴中に攫われなかったよなあ。今日はたまたま朝だったけど、俺達日本人は基本的に夜入浴する。その時なら杖だって当然もってないし、全裸だし、大分やばかった。
いや、実のところ今も杖は持ってないんだがな……。
男二人に引き摺られるまま、薄暗い砂利道を歩いた。
見上げればジーンが言っていた家がある。きっとあの中で惨い事が行われていたんだろう。鈴木さんも、他に攫われて死んだ人も。ああ、俺もか。
魔法使いは、杖がないととても無力だ。魔力があったとしてもそれを放出できない。頑張れば爆発させられるのかもしれないけど、それがどれ程稀なことであるかは分かっている。
手術室のような部屋に連れてこられて、足が竦む。たとえ身体が自由になろうとも、杖があろうとも、こんなところで守護霊を出せるかな、俺。考えるだけ無駄か。
台の前につれてこられて、腰をそこに打ちつける。さっきから、俺は引き摺られっぱなしだ。
———いやだ、この台には寝転びたくない。
そう思っていても、俺の腕と足を何かが引っ張るので、乱暴に台の上に乗せられた。
パーカーは元々ジッパーが開いていたけど、中に来てたTシャツを破られた。首元が露になって、脈や血管がどくどくと音を立てて反応しているようだった。
「ーーー放せ……!」
叫んだ瞬間、目の前が真っ白になる。
死んだのかと思った。眩しくて目を瞑ったのか、それとも眼球は光を浴び続けているのか、よくわからない。身体を押さえつけるものも、背中に染みてくる考えたくない液体も、何も感じなかった。
「———、……起きて」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「え、うそ……」
がばりと起き上がると、やっぱり俺はまだ手術台の上にいた。けれどそばにはジーンがいて、ほっとした顔をしている。
「よかった、間に合った」
「……俺まだ生きてる?」
「ああ、生きてる」
俺の両肩をぽんと叩いて、ジーンは促す。よろける身体で手術台から降りた。
「ジーンが追い払ってくれたの?」
「どうだろう、タイミングが良かったからわからない」
さっき光ったから、ジーンが何かをしてくれて俺の拘束が緩んだんだと思ったのに、ジーン自身もわからないらしい。廊下に出ながら、ジーンの横顔を見つめる。何か考え込んでいる風だ。
「じゃあなんで……皆、きっとすぐ殺されたよね……?俺もそうだったはずだ」
「放せって言ったろう」
そんなことで、と思ったが俺の発言には力があるってリンさんと話したばかりだった。大半は墓穴を掘っていることばっかりなので、初めて良かったと実感しつつある。
帰る帰る帰る、生きる生きる生きるって連呼すれば助かるかな。
「、僕たちは今壁を壊してこっちに向かってる。大丈夫だからね」
「え?あれ?まだ壊してなかったの?」
じゃあここにいるお前はなんだ、と言いかけて口を閉じた。
魂でも、夢でも、なんでもいいや。
「うん……何層にもなっているから、少し時間がかかる……本当に逆効果だ」
「逆効果?」
「が前に言ったんじゃないか。逆効果だって……僕たちはあのときそのことに気づいていなかった。攫われた後、自力で逃げるとは考えていなかったから」
「ああ、そうか……俺も深くは考えてなかったけど」
「そうだね」
責めるようなことは何一つ言われていないのに、なんとなく後ろめたさを感じる。
逆効果って言ったのは、たしかにこの事を示唆していたかもしれない。失踪者の行方がわからないじゃん、という意味でもあったんだけど。
ナルとジーンは俺が連れ去られてしまい、壁を壊そうと思い至ったときに気づいたのかな。じわじわと、自分の発言を思い返して怖くなってくるけど、これはもうどうしようもないことだ。
ナルに最初身代わりを頼まれた時に生け贄かって言ったことも、リンさんに杖がないと守護霊は出せないって言ったことも、全部言わなきゃよかったって思ってしまう。
でも言ったからこうなったわけじゃない。こうなる可能性は言わなくてもあった、そう思う事にした。
「大丈夫だよ、必ず助けにくるから」
俺が無言だったからか、ジーンが微笑む。つられて俺も顔が緩んだ。
「怖くなったら僕や、皆の名前を呼んで」
「うん」
「気をしっかり持つんだ」
もう一度頷いているうちに、ジーンは消えた。
俺はまだ廊下に佇んでいたのでとにかくあの部屋から離れようとした。でも、この建物がどういう構造になっていて、何階にいて、どっちが出入り口なのかもわからない。
「ジーン……はやく助けにきて」
とにかく、進むしかなかった。
おっかなびっくり、建物の中をうろうろしていた俺は段々イライラしてきてた。
もー、この建物どうなってんの!
少しでも暗闇が濃いところがあるとびくぅってなるし、その度に誰かしらの名前を連呼した。リンさんってめっちゃ言いやすい。ナルとジーンも単体だと言いやすいんだけど、連続で呼ぶには向かなくてとりあえず俺はリンさんリンさん鳴くことにした。
くっそー、杖があれば明りつけられるし壁も壊せるし、いっそのこと全部燃やせるのに……。あ、だめだ、大火事になりかねない。
なんとか外みたいな所に出られたんだけど、生け垣のようなところがあって、俺は頭を捻る。えっと……ここ外じゃないんだよな?迷路みたいになってた砂利の道をもごもご進んでみる。
「ぼーさあん……なるう……じーんん」
疲れてきたなあ、でも気をしっかりって言ってたし、くよくよしちゃだめだよなあ。
皆の名前を呼びながら、こっちかなーあっちかなーとうろうろする。
そんな俺の足は何かに引っかかった。つんのめり、転びそうになって足を前に出そうとすると、今度はひっかかるどころじゃない。足を掴まれた。
まんまと地面に倒れたが、なんとか上半身を起こして足元を見る。
キャーーーー手が出てるぅ!
地面から出て足首を掴む、黒い手に戦慄く。叫ばなかった俺えらい……いや、声が出なかったんだけど。
これでもかってくらいに目を開いて、がっちりと掴まれてる足をなんとか動かそうともがくくらいしかできない。もちろんそんなので逃れられるわけがない。せめて、なにか口にすることができればいいのだけど、何を言えっていうんだ。
誰の名前を呼んだって、意味ないじゃないか。
荒々しい息が聞こえた。俺も静かな息とは言えないが、俺のじゃない。もっと掠れて、妙な音がして、不思議な音階の吐息。
フー、ヒュー……フー、と不規則なそれを聞く為に、俺は息をひそめた。俺じゃないのがいる。びちゃ、じゃり、と濡れた何かが砂利を踏みしめる音もした。何かが近づいて来ている。
「しぬのか」
眼前に迫った、あまりにも大きい眼球を眺めながら、たどたどしい言葉がこぼれた。
死にたくない、という声が聞こえた気がする。それは誰の声とも分からないもので、俺の本音かもしれないし、浦戸が言ったのかもしれない。
それでも俺が口にしたのは死を肯定するものだった。
「!」
「谷山さん……!」
血の匂いのする吐息が遠ざかった。笛のような音と共になにかが飛んで来て、浦戸を煙にまく。俺は両手を地面に付けてのけぞったまま、駆け寄ってくる人達を見上げた。
ナルとリンさんが茫然としている俺を引っ立たせた。足がもつれながらも、二人が来た方へ走ればすぐ傍にジーンやぼーさん達が来ている。全員の顔を見てほっとした。
「、無事か?」
「うん」
ぼーさんが俺に手を伸ばし、引き寄せる。
「すぐにここを離れましょう、浦戸は滅びていない。少し驚かせただけです」
リンさんに言われるがまま、そしてぼーさんに背中をおされるがまま、俺は何も考えずに皆を追いかけて走った。
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なんか、iam本編よりちゃんと書いている気が……いやそうでもなかった。
IFとかで何度も原作沿いをさせてるので、展開だけじゃなくて書くところも変えつつやってます。
あえて魔法は使いませんでした。
Feb 2017