I am.


My wiz. 28

外に出たのは夜が明ける前だった。薄ら寒く、服が犠牲者の血で濡れていたので外気に触れて更に冷たくなる。
俺が血まみれなことに気づいた面々は表情を強ばらせた。
「怪我は?してないんだな」
聞かれている最中に首を振ったので、ぼーさんはため息を吐いた。
「家の中をぐるぐる、動き回ったんだけどさ」
「うん」
綾子が相槌を打つ。
「二階にみんないた……消えた三人もわかったよ。首を裂かれてた」
「———っ」
誰かが息を呑む音が、俯いた俺にも聞こえた。
芝生を眺めながら、その手前の部屋には火葬されたあとの人骨が並べられていたことも伝える。
「俺は手術室みたいなところにいて、拘束された。男だと思う、大きな手が二人分で、寝台に乗せられる。縛り付けられる前に、運良く逃れられたけど……」
そこまで話しながら顔を上げた。ジーンが来た事は言っていいのかなって思って。
皆が口元を覆って、沈痛な面持ちで俺を見ている。
「どうしたの?」
「いや、……もう、いいよ」
綾子がぐしゃりと俺の前髪を掻き混ぜた。

リンさんが俺を助けてくれたときに、何かが飛んで来たのをぼーさんも見てて気になったらしく、俺の頭にのしかかったままそういえばと話を変える。
「私の式です」
「へえ、かっこいー……ありがとうねえ助かったよ。俺は守護霊出せなかったからさ」
へへっと笑うと、リンさんも少し笑い返してくれた。今なら簡単にときめいちゃう。
「そーいやそだな、今回こそピンチだったろーに」
「うん、あれはねー結構条件があるんだよなあ」
まず杖がなかった、というのは言えないのでぽりぽり頬を掻く。
どんな条件だよって思われたんだろう、ぼーさんは一瞬顔をしかめた。でも口を開く前にナルが空が明るくなって来たと言って遮った。
「ほんとーに朝なら中入って平気?シャワー浴びていい?大丈夫?」
さすがに血まみれなもんで、シャワーって……と呆れられることはない。
リンさんの背中にびたっと貼り付いてジーンの方を伺うと、大丈夫だと肯定される。ジーンが言うなら大丈夫だ。うん。
「でも浴室に一人は怖いなあ……リンさんおふろ……」
「……」
なにせ俺は浴室に物をとりに行った拍子に連れ去られたので、リンさんも嫌とは言えないし、でも人のシャワーに付き合うなんて御免なわけで、複雑な顔をして言葉に詰まる。皆も固まっていた。
俺だって人に見られながらシャワーなんて浴びたかないわい。
、日が出ているうちは大丈夫だから」
「……うん」
ジーンが再度言い聞かせるように、俺の肩を撫でてゆっくりと言う。
いや、疑ってる訳じゃないし。ただあの浴室で一人になるのが怖いだけで、軽くトラウマなだけで。危惧してるわけじゃないっていうのを……分かっていただけないだろうか。

出迎えてくれた大橋さんはビックリしていた。そうだよな、俺達が外に出ているとは思わないよな。
俺はリンさんと一緒に部屋に戻って良いと言われたのでナル達とは別行動をとることにした。安原さんを始めとするナルやジーンは一応渋谷サイキックリサーチとしての報告があるのだ。ぼーさんや綾子たちは部屋まで付き添おうかと言って来たけど、リンさんが大丈夫ですと断った。俺の意見聞いて。
「谷山さん、これを」
「あ……!持って来てくれてたの」
「はい」
廊下で二人になったリンさんは、俺に杖を差し出して来た。ベッドにほったらかしにしたままシャワー室へ向かったので、すぐに目に付いただろう。俺は杖を指先でなぞりながら感触を確かめる。
「杖があればもっと早く脱出できたんだけど」
「そうですか」
杖を得た俺はほっとして、良かった良かったと呟きながら部屋に入る。
「あでも、駄目だなあ」
守護霊の呪文を唱えても、白と銀の靄が出るだけでぽひゅりと消える。リンさんは首を傾げてその様子を見ていた。
「今のは?」
「失敗……守護霊が出せない」
「身体に不調が?」
「ううん、しいていうなら心に不調が」
他の魔法は出来るので、身体は魔法で清めた。やっぱりこの屋敷でもう一度一人になろうとは思えなくて。血と汗と煤はどうにかなったので、服を着替えようと思う。
パーカーと破られたTシャツを脱いで、腰に杖を差しこむ。
「今日中にここを発ちますから」
「ん」
替えのTシャツから頭を出して、リンさんの言葉に頷いた。
「あー……怖かった」
不安を拭うように頭をがしがしかいて、身体をさする。
動いていないと落ち着かない。腕や肩を自分の手で掴んでぎゅっと力を混めてやると少し安心する。あわよくば抱きしめてもらいたいんだけどリンさんには頼めないし、うーんいっそ抱きつくのもあり……と思ったんだけど、ちょうど良く部屋にノック音がしたのでそっちを向く。
「仕度は終わったか?機材を運ぶから———」
返事も待たずにがちゃっと開けたのはナルで、早速撤収準備に取りかかろうと俺達を急かしに来ていたようだった。指示を聞きながらも俺はふらふらナルに近寄り、真正面からハグをした。こう……はぐっと。
廊下にはジーンと安原さんもいたらしく、えっという声がいくつかした。俺は堅く目を瞑り人の体温や香りを深く味わう。はあ、安心する。
「どうしたんですか、谷山さん」
「やー、人肌が恋しくて」
ナルの頭の向こうにいる安原さんにへらっと笑う。そういえばナル凄い大人しいけど、俺はこれから怒られるんだろうか。肩を掴みながら身体を離すと、無表情のまま固まっていた。
「俺より、こっちがどうした?」
「急に抱きつかれたから、びっくりしたみたい」
「なんだそれ」
ジーンが苦笑して、ナルの顔の前に手をかざした。安原さんはくっと声を堪えてそっぽむいた。


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リンさんおふろ……って言わせたか(略)
Feb 2017

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