My wiz. 30
店の方で霊の目撃情報が多数あったから、カメラを設置している。もう夜も深いが、今回は普通に俺一人で角度を調整にいかされていた。ジーンも止めないし、そんなに危険でもないんだろうか。って思っていたにもかかわらず、俺は暗がりにいる子供の影に気がついた。ゆらりゆらりと手まねきをされて、杖をとる。「……おにいさん……」
肉声のようなしっかりした音で呼びかけられた。
「え、と?」
目を凝らしてみると、普通の子供らしかった。
「びっくりしたあ……克己くんと和歌子ちゃんかな?」
彰文さんから家族構成を聞いてたので、食卓では見かけなかった顔でもわかる。ちょっと、様子がおかしいそうだけど。
周囲のピリピリした気配を感じ取って不安になったりするならわかるけど、連れ立つ二人の様子を見てる感じでは、環境に対しての変化ではないような気がする。
二人はひそひそ話をはじめた。呼び止めたくせにい……。
「おにいさんたち、ぜんぶでなんにんいるの?」
変な質問……と思いながら、杖を握る手に力が籠る。
「なんにん、いるの?」
答えない俺に対して、静かな声が急かすように繰り返された。思わず六人だけど、と零してしまう。
多いね、大変、とクスクス笑っている反応にちょっとぞっとした。二人はあっさり背を向けて、俺から離れようとした。
ためしにフクを出してみる。普通の子供なら驚いたり、興味を示すだろう。へたに刺激しないと良いけど……とも思うが。
「お兄さんと遊ばない?わんちゃんもいるよ」
「いや!お兄さんとは遊ばない」
フクは少し子供を追うようにぴょこぴょこ近づいたけど、二人は拒否をした。それどころか、こっちこないでと言いながら逃げて行ってしまった。うーん、どうなんだろう。
その時悲鳴が響いた。俺達の居る店からではなくて母屋の方。吉見家の人達に何かあったんだと思う。
夏の夜の風が木々をゆらして、ざわりと音を立てる。外は妙に閑散としている感じがしたけど、家の中は混沌としていた。
包丁を振りかざした栄次郎さんが暴れている。親族の男連中に取り押さえらるも、今にも飛び出して誰振り構わず刃物を突き立ててきそうな勢いだ。獣のようにうなる様子はとても常人には見えなかった。
俺はぼーさんや綾子たちと駆けつけたが、少し遅れてやって来たリンさんがナルに指示をされて栄次郎さんを一瞬で落とした。いざとなったら失神呪文だあって思って手を後ろに回してたけど、それを見ていたジーンがそっと俺の肘に手を当てて制したのはこの為か。
栄次郎さんは些細な口論の末に暴れ始めたみたいだけど、そもそも口論の原因は本人の様子がおかしいことだ。彰文さんも元々みんな人当たりは良いと言っていたように、夕食の席で見た無愛想な彼は、食事の準備を終えて少し外に出てくると行ってその場を離れた後かららしい。
「憑依霊かね」
「だろうな、……どうだ?」
「話は通じそうにないな」
ジーンが目を細めて首を振る。
「ジョンを呼んだ方がよさそうだ。それとも、松崎さん落とせますか?」
「あたし?……できなくはないけど。あんまり得意じゃないのよねー」
憑依霊を落とすにあたって、向き不向きがあるらしい。法力は人に向けたらいけないとかなんとか。
一応綾子がやってみるそうだけど、ナルは準備をしている間にジョンと真砂子に連絡を取った。
「ジーンがいるのに?」
「僕は外で調べたい事があるから」
「後手にまわりたくない」
リンさんがカメラをまわし、俺達は部屋の隅で見守る。綾子の祈祷がはじまり暫くすると、栄次郎さんはかっと目を見ひらいた。
人とは思えない、唸る声が地を這う。
「、さがっていろ」
「静かに外へでるんだ。リン、を…」
ナルとジーンが肩を並べて一歩前に出る。
リンさんに付き添ってもらわなくたって外に出られるし、ナルとジーンが心配なので俺の肩を押すリンさんに断って廊下に足を一歩踏み出した。
けれど栄次郎さんじゃない、奇妙で狂ったおそろしい笑い声が聞こえて、思わず振り向いてしまう。足を止めて、茫然とする。
栄次郎さんの後ろには獣の影が見えた。
綾子が柏手を打つと、獣が大きく飛ぶ。短い悲鳴に応えて、ぼーさんが前に出たけれどそれも飛び越えた。俺の方を向いた黒いそれは猛スピードで突っ込んで来る。杖を出す暇も呪文を唱える余裕もなかった。
「っ!」
視界は黒く染まり、身体に衝撃が走る。背中を廊下の壁に叩き付けられ、鼻を誰かの背中に打ち付けた。
「ナ、ル?」
崩れ落ちた俺の膝の上にナルがもたれ掛かっていた。どうやら俺はナルに庇われたらしい。襲いかかって来た霊は姿を消してしまって、見当たらない。
衝撃で噎せているので、ナルも意識がある。みんなして大丈夫かと俺達に駆け寄って来たけど、ナルは一番に栄次郎さんの様子を訊ねる。
「……あの、なにがあったんですか?」
栄次郎さんはきょとんとした顔で、俺達を見上げていた。
部屋に戻ってから、ナルは具合が悪そうにしていた。俺を庇った所為でもあるので、さっきの映像を確認する皆から離れて様子を見た。元々健康的な顔色はしてなかったけど、唇の色すら薄いように見える。
「しんどそうだね、休んだら?」
「……悪いが少し横になってくる」
「つきそうよ」
部屋を出ようとした所で、綾子が着替えを終えて戻って来た。
「あらどうしたの」
「具合悪いんだって。身体打ったからかな」
「アンタだって背中とナルに挟まれてたじゃない……大丈夫なの?」
そういえばそうだ。まあ俺はナルの背中に鼻をぶっけた痛みがじんじんしたくらいで、動けないってこともないので大丈夫だった。
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ナルは、ちょいちょい主人公を庇ってしまう。無意識に、つい、なんとなく、守らないとっていうくらいのほんのりとしたそれ。ヒロインオーラにあてられてるのかな……。
Feb 2017