My wiz. 33
洞窟の中は真っ暗だった。くの字に折れ曲がっているから外からの光が届かない位置まで来たんだと思う。
ふいに、白い光の玉がどこからともなく漂い始める。恐ろしいとは思わないけど、良いとも思えない、それなのにどこか美しい光景だった。
ジーンの姿が照らされていて、俺は足早に追いかける。
「これ、なに?」
「見える?」
「白い……光が」
頬のすぐそばを、光がかすめた。瞬間にぱちゃんと水が弾ける音がして魚に変わる。
え、なにこれ。慌てて目で追ったけど、魚はまた光に戻ってしまって、どれがそれだったのかは分からなくなった。
どうやらここは魂が吹きよせてくるところで、このあたりの海で死んだ命が漂っているらしい。
ジーンの静かな声を聞きながら、奥へ進んだ先には祠があった。
「僕にはあれが、不思議と歪んで見える」
「歪んで?さすがにそれまでは感じられないな」
さっき魂が見えたのは、霊的な力が強まった空間で偶然自分もその波長に合わせられただけみたいだ。もうすっかり魂の光は見えないし、ジーンのように歪みを視ることはない。
「僕にもよくわからないな」
ジーンがもう行こうと言うので洞窟から出た。俺達が降りて来たギリギリの石段とは別に、新しく作られた階段があったので帰りはそっちを使う事にする。
「なんとなく、昨日からこの場所が気になってて。霊場の気配がするから」
「れいじょう……」
「それと———」
ジーンは視たものを、小さな声でぽそぽそと語った。
図書館につくまでに、三角関係がもつれて一人を殺してしまい心中をしようとする男女と、村人達に囲まれ殺される人の話を聞いた。途中で場面が転換しているみたいで、最初繋がってるのかと思ったら違うんだ。最初から最後まで視られるとも限らなければ、登場人物の顔や話している内容が全て明瞭な訳でもないみたい。
難儀だなあ、情報の取捨選択がし辛いじゃんか。
「えーと、ふたつのストーリーがあるわけか?」
「たぶん」
「それ同士は関係あるのかな」
「どうだろう。どちらもこの地で起きたことなんだと思うけど」
冷房の効いた建物の中に入り一息つくと、ポッケにはいってた携帯が震えた。安原さんの返事かなと思ってみると案の定で、どうやら今は沖縄でバイトをしているらしい。
「どうだって」
「バイト中だってさ」
「へえ」
海綺麗ですよ〜と写真を添付してくれたので、二人でながめた。みどりに光るそれは確かに、とても綺麗だ。
「は〜いいなあ、海入りたい」
「こっちにも海はあるけど」
「やだよ、深いんだってさあの辺。しかもなんかさ、冷たそうじゃん」
濃紺の海を思い出して携帯をしまう。
ジーンはたしかにと呟いて笑った。
どっちにしろ俺も安原さんも仕事中だから、海なんてはいることはないだろうけど。
二手に分かれて調べ物をしている最中に、ジーンの方に連絡が入ったらしい。とりあえず電話するというので、図書館の電話が出来るスペースに移動した。
店自体は彰文さんの曾祖父がこの地で始めたそうだけど、もとは本家があった。その本家がこの土地に来た時期はよくわかっていない。だいたい安政のころからって話だ。
電話をしているジーンの携帯の裏側に耳をべたっとくっつけて話を聞きながらメモをとる。
「安政って元号だっけ」
「うん、江戸時代くらいの」
電話を切った後、メモを眺めて話し合う。
「これあれじゃない、ジーンが視たやつ」
「ああ……ほんとうだ」
雄瘤と雌瘤という文字を指さして、岩にまつわる伝説を思い出す。ジーンからさっき聞いた話にそっくりだった。
「あの時見たもの———」
「ん?」
何かを言いかけて一度口を閉じる。それからちらっと俺を見て目をそらした。
「……見てたときは容姿なんてわからなかったんだけど、あとからとナルに重なる」
「どゆこと?」
「貴族の男がナルで、漁師の恋人が。ナルがの足元に倒れていたのを見たからかな」
俺はナルを殺してないし……いやでも、そうか、光景が似てたのか。
「じゃあジーンが姫?」
「うわ……そう考えると酷いね……恥ずかしい」
大して恥ずかしそうではないけど、眉を顰めて俯いた。
「そのあと、村人達に囲まれて殺されるのはなんだろうね。二人だったらそのまま身を投げて終わってたみたいだし」
「うん……それに、このトハチ塚も気になる」
「ま、とにかく雄瘤と雌瘤についてと、塚について調べてみればいいってことなのかな」
「そうしよう。それと本家がいつごろここにきて、その時やそれ以前何かなかったのか」
「うーい」
がんばろ〜と伸びをして離れようとしたけど、未だにジーンが神妙な顔つきをしているので足を止めた。
「それとあの祠、何が祀られていて、どういう理由であの場所にあるのかが気になるな」
「魂が吹き寄せてくる場所だから、じゃないの?」
「そうだといいんだけど」
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麻衣ちゃんが見たあの夢は、麻衣ちゃんの脳内で勝手に映像がああなっていたとして、ジーンはどうだろうなあと考えます。まあ、その時のその人の姿が見えている可能性は高いと思います。でも今回は認識をしていないってことにしました。ナルが主人公の足元に転がる光景をかぶせたかったので。
Mar 2017