I am.


My wiz. 34

夕方になる前、靖高さんが両手首を切って自殺を図ったと連絡が入り、俺達は予定より早く戻る事にした。家に帰った時にはすでに救急車で運ばれた後で、部屋はある程度片付けられていた。
俺とジーンは血の跡だけが残る、普通と変わらない部屋に足を踏み入れた。
「何か感じる?」
「いや」
ジーンの背中に問いかけたけど、首を振られた。
「末世まで呪ってやる、だっけ」
「え?」
振り向いたジーンの視線を感じるけど、俺は赤く滲むシミを眺めていた。
靖高さんは一命を取り留めて、言葉を話せるまでに回復したらしい。家族を殺せって言う声が聞こえて、人を刺す手応えを覚えてしまった恐怖で、そうなるまえに自分の命を絶とうとした……と言っていたそうだ。
「真砂子は恨みもなければ怨念も感じないっていうし、ジーンも実際悪意は感じ取れないんだよね」
「ああ」
「でも見た夢はちがう。起こっていることも、どちらかといえば悪意があるよなあ」
は悪意があると感じる?」
「フィーリングの話じゃないけどな、俺の場合」
俺達は部屋を出て廊下を歩く。
ジョンは除霊のために靖高さんの入院する病院へ行き、ぼーさんは彰文さんと菩提寺、綾子は家族と俺達の護符を用意する為にベースを離れている。
俺達が戻ると和室には真砂子とリンさんが静かに座っていて、うわあこの空間寒いと思った。

そう時間はかからないうちに綾子が護符を持って来て、ぼーさんや彰文さんも戻って来たのでベースは不思議と賑わう。
俺は陽子さんに渡すべくお部屋にお邪魔したけど、にっこり笑って要りませんと言われてしまった。え、なんでなんで。
「えと、悪い霊を寄せ付けない護符なんです、けど。ずっと持ってて欲しくてですね」
「でもお風呂に入るときはどうしますの?持って入れませんよね、紙ですもの」
まさか断られるとは思ってなくてたじたじした。
そりゃ紙だからお風呂にもってけないし、その間に憑かれたりすりゃ……う、俺のトラウマが刺激される。
「すみませんが忙しいので」
うんにゃあ、逃げられてしもうた。
え、どうしよう。追うべき?いや下手に刺激してもな……。
憑いてる可能性があるから、それを落とせるジョンを連れて来た方がいいか。

「ねえあと渡してない人だれ?子どもは?」
「そうだな、じゃあは奈央さんを探して欲しい」
戻って来たベースはジーンとリンさんのみだ。まあ皆が護符を渡しに行っているので手薄なのは仕方がない。
ジーンが和歌子ちゃんと克己くんの方へ行ってくれるらしいので、俺は奈央さんを捜す事になった。
途中で綾子に奈央さんを見たか聞いてみたら、家族の誰も見てないらしいっていうので、外に出てきょろきょろしてみる。うん、誰も居ない……。これはフクの出し時ではないかと咳払いをして呪文を唱える。
春に攫われたあとは一時的に出せなかったけど、今は落ち着いているので出す事ができた。ひと鳴きするようなしぐさをしたフクはいつかのように、ついてこいと言いたげに駆け出す。

ありゃ、そっちは茶室だ。
基本的に鍵がかかってるから家族以外は行かないし、俺達もほとんど足を踏み入れた事がなかった。どうりで見つからない筈だ。
フクのしわざでもなく、俺が魔法であけたからでもなく、茶室につながる門には鍵がかかっていなかった。
最初は室内に居るのかと思ったけど、フクは建物の横を駆け抜ける。
岬のほうかと思いながら顔を出すと、奈央さんの後ろ姿を見つけた。えらいぞフク!

呼びかけようとした途端、奈央さんと俺の間に人がいたことに気づく。顔は見えないけど、体型や髪色からして和泰さんだろう。あれ、あの人護符、持ってたっけ。
「奈央さーん!」
つい、反射的に声を上げた。
あくまで無邪気に、そう、犬と一緒にかけてきましたって感じで、へらっと笑って和泰さんを追い抜いた。
「あら、ええと」
「プライベートなところすみません、あの、これ」
「はい?」
綾子の護符を差し出すと、奈央さんは反射的に受け取った。うん、まともだ。
フクはまだ俺達の足元でちょろちょろしている。
「悪いものを避ける護符なんです。なるべく肌身離さずもっていてください」
「ありがとうございます」
「ところで、彰文さんが探していましたけど」
「そうでしたか、家の方かしら」
「ええ。あ、和泰さんも奈央さんに用事でしたか?」
「———いいえ、私は外の空気を吸いに出ていただけです」
奈央さんが和泰さんの存在にも気づいて目線を動かしたので、先制して口を開く。
和泰さんは幸いにもおかしな様子を見せることはなく、奈央さんは彼とすれ違い家の方へむかった。俺は念のためにフクを彼女の後ろについて行かせた。
和泰さんには誰か護符渡したんだっけ、渡してなかったら俺のをあげなきゃ。あいにく、陽子さんに断られた一枚を奈央さんに渡してしまって、俺は自分の護符しかもってないんだ。


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Mar 2017

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