I am.


My wiz. 35

護符を受け取ろうとしない子ども達を、なんとか引き止めた。何かしらに憑かれている可能性はあったが、中に居るものの姿ははっきりしない。意識的なのか無意識なのか、まるで子どものように無邪気だ。
車に乗ったか、と嬉しそうに聞いてくるものだから、ぞっとした。おそらく何かしかけがしてあるのだろう。
今朝図書館へ行こうと話しているとき、彰文さんが車を出そうかと聞いて来たことがあった。けれど僕はその時から家の周りを少し見ておきたかったし、は手間をかけさせるのも悪いからと断ったのだ。
僕でも断ったけれど、あの時のの判断に内心ほっとしている。

情報を得られるように話をしながら不意打ちで二人を捕えた。松崎さんが顔を出してくれたおかげでもある。僕では子ども二人を一回で捕まえる事はできなかった。
やっぱり子ども達には霊がついていたようで、落とした後は護符も素直に受け取ったし、彰文さんの言うように妙につるんでいるような関係にも見えなくなった。
「おう、おつかれさん。車、調べたよ」
「どうだった」
「ブレーキオイルがもれていた」
「そう」
ぼーさんが家族の人に言って調べて来たらしく、ほっとしたような、けれど深刻そうな面持ちで報告をして来た。
「で?とりあえずチビさんたちに護符は持たせてあんだよな?ほかに受け取りを拒否した人はいるか?」
「そうねえ、若ダンナにはさっき渡したし……あとは奈央さんね、いってもいなかったからだけど。そういえばも探してたっけ」
「ああ、奈央さんならに頼んだけど」
「そういや、そのはどうした?たしか陽子さんに行くっつってたのを見たが……」
ぼーさんが小首を傾げる。僕が見たのは多分陽子さんの所へ行って来た後だったのだと思う。
けれど、その陽子さんは護符を受け取っていなかったようだ。克己くんと和歌子ちゃんに護符を持たせたと怒り狂ってベースに乗り込んで来た事により判明した。
もおそらく無理に渡さずに諦めたのだろう。あとで報告をしようと思って、それで奈央さんのことを僕が頼んだから探しに行った。奈央さんは家族の誰も姿を見ていないと言うから、も見つけられずにまだ探しているのかもしれない。
興奮した様子の陽子さんは僕らに囲まれていたことで、たやすく除霊を済まされた。膝から崩れ落ち、茫然としているけれど身体に異常はないように見える。
「あなたがたは……?」
僕らが来た事すら覚えていない様子の彼女は、身内の彰文さんに説明され、ぽかんとしていた。

「———失礼します、彰文はこちらに……ああやっぱり居たのね」
「あれ、姉さん……どこ行ってたの?」
「あなたこそどこ行ってたのよ、私を呼んでるって聞いたけど」
「僕が?」
もう一度ベースへやってきてお茶をいれてくれている彰文さんをたずねてきたのは、今まで行方が分からなかった奈央さんだ。
話を聞きながら、僕はゆっくり湯のみに口をつける。
「皆さんが護符を作ってくれたから渡そうと思って探してはいたかな」
「それなら受け取ったけど、なんだそういうこと?」
肩透かしをくらったような、残念そうな声がする。
「ってえことは、に会ったんですか?」
「え?ええ、あの男の子ですよね」
「ここには居ない奴です。……とびきりノーテンキな顔をした」
ぼーさんは余計な情報を一言付け加えたので、皆がくすっと笑う。
確かにの笑顔はなんか緩い。そういう風に笑う癖なんだろうし、小さく笑ったり綺麗に微笑む時もあるけれどそれは稀だ。
「会いましたよ」
そうか、よかった。僕もみんなもほっと胸を撫で下ろした。
なら今はどこにいるんだろう、と聞こうとした所で奈央さんの後ろから白銀の子犬がもぞりと出て来たことで一同息をのむ。犬は、奈央さんと彰文さんの周りをくるりとまわって消えた。
「なんだあ、いまの」
の、守護霊だ」
「!初めて見た……あんな風なのか」
「前にナル達がマンホールに落ちたとき、あの犬が僕を呼びに来た……でも今回のはどういうことだろう」
「奈央さん、何か心当たりは?」
奈央さんは聞かれて、少し目を見開いた。そういえば、と考えるような仕草をしてから、と会ったときの事を話す。
彼女は外の空気を吸おうと茶室の方へ行っていたそうだ。あの辺は普段閉鎖されているので、僕らは特に用がないかぎりは行かない。だから僕たちは見つけられなかったのだろうし、は守護霊に探させたのだと思う。
「そういえば最初、犬と駆け寄って来たような気がします……どうして気づかなかったのかしら」
曖昧な記憶になっていたり、今までついて来ていたことを認識できていなかったのは、守護霊の存在がそもそも希薄だった所為だろう。
「彼に、彰文が探していたと聞いて、それで別れたんですけど」
「別れた……はついて来なかったんですか?」
「ええ」
守護霊をつけるくらいなら、が自分でついて来る筈だ。きっと守護霊が消えたのは彰文さんや僕らと奈央さんが合流したからだろうけど、———はどうして来られなかったのだろう。
はあれから戻って来ていないんですが、どこかへ行くと言っていませんでしたか?」
「それはわかりませんけど……私と別れたとき、和兄さんもいて最後に彼と居たのはあの人だから———」
「和兄さんが?僕さっき見かけたけど、一人だったな」
奈央さんと彰文さんの呟きに、僕は思わず立ち上がりかけた。
「誰か、和泰さんに護符を渡した?」
「———いいえ」
一番近くに居た原さんが少し間を置いて答えた。

僕とジョンで和泰さんに話を聞きに行こうとしたが、外に出てすぐに母屋から火が上がってるのがみえた。
ジョンは店に戻り皆に声を掛けに行き、僕は母屋へ向かった。
全員で消火活動をしていると、ベースが手薄になり今度はナルが狙われた。結界をはっているリンがすぐに気付いて戻ったが、ナルの居る部屋を開けようと暴れているのは僕らが会いに行こうとしていた和泰さんだ。
ほかの家族がほとんど全員護符を持った事で正体がばれると思ったのかもしれない。

庭に追いつめた和泰さんに、ジョンとぼーさんとリンがにじりよる。
僕はふと垣根に手をついて頽れた。
視界が揺れた。吐き気がする。今目の前にある庭の風景ではなくて、海と空の見える岬が視界に広がった。
そういえばは、安原さんが送って来た海とは大違いだなんて笑っていたっけな。入りたくはないなあ、なんて。
がくりと揺れて、景色が変わる。海の水面がみるみる近づいてくる。波打ち揺れる濃紺と、白い泡。水しぶきを上げたあと、視界が真っ暗になった。
「———に、なにをした……!」
大丈夫ですか、と言いかけたジョンを忘れて顔を上げると、目は通常通りに機能していた。
リン達の後ろ姿と、こちらを威嚇する獣のような影が見える。
僕はたったいま海に落とされた錯覚に陥ったけれど、片手は垣根を掴んだまま。
もう片方の手は強く握りしめられていた。


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ポストコグニションは、麻衣ちゃんだからできたのかな、ジーンにもできるんだっけ?とちょっと疑問に思います。
というかそもそも、主人公は死んでいないので、思念とかが残っているかも危ういという、セルフ突っ込み。
いやあの時見たビジョンは和泰さん(についてる霊)の記憶だったのかな。でも海に落ちる感覚は奈央さんだし、……結局場所の記憶もプラスでついてるのかもしれないです。
Mar 2017

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