My wiz. 36
和泰さんに護符を持っているかと聞いて、持っていないと言うから俺のを差し出したら、手が伸びて来た。ほっとしたのも束の間、俺は太い腕に投げられるようにして崖から落とされた。護符を持ってない反対の手は、杖が握り締められたままだった。だって木の枝みたいなもんだし、フクがいればまさにお散歩風景だ。まあ木の枝持ってるなんて小学生みたいだけど。とにかくしれっと持ってた俺、エライ。
ジーンと崖に面した石段を下りた時、万が一落ちることになったらこの呪文を使おう〜なんて考えてたので、落ちるスピードを緩めることに成功した。
水面に身体を強打することはなかったけど、まあ、普通に海に落ちた事には変わらなかった。
さて、どうやって海から上がろう?そこまではね、考えてなかったんだわ。
ちゃぽちゃぽ海に浮いていた俺は、通りすがりの漁船に乗っていたおじちゃんに見つけられた。
崖から落ちたっていったら、生きていたことにまずびっくりされたけど、運良く上手に着水できたということで片付けられた。
岸についてすぐ、濡れた服をどうにかしようと提案されたので、漁港の事務所にお邪魔することになった。
外のホースで水をぶっかけてもらって、海水のベタベタ感は無くなった。今が夏でよかった。
服を脱ぎながらタオルと作業着を借りて、事務員のおばちゃんが入れてくれたお茶を飲む。ふわーほっこりするう。
おじちゃんやおばちゃんは、俺がいかに奇跡的に助かったかっていう話で盛り上がっているので、俺はのそのそ畳の上に寝転がる。身体が綺麗になったら安心して、話し声をよそにその場所で眠ってしまった。
ゆらゆら肩を揺さぶられて起きたら、夜になっていた。
「おえええ寝すぎた!?すいません」
「いいっていいって、服もさっきようやく乾いた所だしな」
「あ、ありがとうございます」
Tシャツとジーパンを渡されて、ぎゅっと抱きしめる。
おじちゃんは仕事を終えて帰るそうなので、ついでに車で送ってくれるそうだ。
そういえば家がどこかなんて言ってなかったことを思い出し、吉見さんちにお世話になっていることを言う。あそこは料亭なので結構有名だったらしく、おじちゃんは驚いた。
「心配してんじゃねえのか?そりゃ」
地元の子ならともかく、客人ならもっともな対応だ。
あれ、そういえば連絡いれてないわ。でも海に落ちたなんて知らないし、どっか行ってるとか……思わないかな。
携帯水没したから使えなくなってたし、魔法で直るかもまだ試してなかったし、おひるねしちゃったし……。しょうがないよね。
「えへへ、心配されてるかも」
「早いとこ帰んないとな」
「おねがいしまーす」
近くまで乗せてもらったあとは自力で家に辿り着いた。いちおう危険なので一般人は来ない方が良いだろうと思って。
ぶんぶん手を振って別れたあと、振り向いて敷地内に入った途端騒音が響く。
低く重たい何かを打つような引き摺るような音だと思ったら、その隙間からお経のようなものが聞こえ始める。……俺がねんねしてる間に事態は悪化してたのか。
母屋よりも先にベースに顔を出して指示を仰ごうと、店の方に向かった。
「どーしたのこれ?」
「!?!?」
お経が怖いので慌てて部屋に飛び込むと、皆がぎょっとした。その瞬間部屋の電気が消えてしまった。
「!?おま、どうしてここに!?」
「海に落ちはったって……!」
ジョンとぼーさんが言いかけたけど、事情を説明する時間がない。俺も何で海に落ちたの知ってるのか聞きたかったけど、やっぱりそれどころじゃない。真砂子が窓の外を見てきゃっと悲鳴を上げ、思わず全員で窓の方を見る。
逆さまから黒い手がぬるりと這った。人が覗いている。そして、窓ガラスをかつんと叩く。反射的に、コレはヤバいんじゃないかと思っていたら案の定人影が増え、手が増え、ノックが増えた。
ぼーさんが何かを言いかけるより先に、杖を窓に向ける。
「プロテゴ・マキシマ」
ほとんど反射的に、一番強い魔法をつかった。難易度が高いし、今まで使う機会もほぼなかったので初めて成功したけどよかった。窓ガラスの外に居た人の形をした何かが瞬時に飛び散って行くのが見えた。
「な、んだ、いまの……!?」
部屋の奥、窓の方へ進んでリンさんとジーンが隣に居るのを確認してから、ぽかんとしている人達に記憶操作の魔法をかけた。みんなの雰囲気が変わるのを確認して、杖を隠す。
「ここはリンの結界が効いてんのか?とにかく吉見さんたちを見にいかねーとな、ジョン来てくれ」
「はいです」
少し遅れて、何故か綾子まではりきってついて行ってしまった。
あっちにもさっきのが出るのかな。だとしたら行った方がいいかなあ。
そうは思うが、行こうとした俺の手をジーンがぐっと掴んだので駄目だった。
「———」
薄暗い中でも、おそるおそる、ゆっくりと確かめるように俺の名を呼ぶ唇が見えた。おう、と返事をしようとしたんだけど、ぎゅっとされたので口を噤む。は、はずかちい。
「あの、陽子さんと和泰さんがあやしくってですね」
「いいから」
「ハイ」
耳が呆れなのか安堵なのかわからないため息にくすぐられて、むずむずした。
頼むから吉見さんちの人と、ぼーさんたちが帰ってくるまでには離れて欲しい。いや、死んだと思われてた可能性大だし、連絡いれずにお昼寝ぶっこいた俺が全体的に悪いんで、仕方ないんだけど。
次の日の朝やってきた安原さんは、きょとんとして「生きてるじゃないですか」と俺を見た。どうやら谷山危篤につき石川にこられたし、と連絡を受けてたらしい。どうもすまんな。
えへへ、と後頭部を撫でて笑うと、安原さんはおふざけモードからちょっとだけ表情を変えた。
「でも、本当にここにくるまで怖かったんですよ。谷山さんったら、僕に送った最後のメール、『そっちの海はきれいだね』なんですもん」
「あちゃあ……ごめん、抱きしめようか?」
「お願いします」
ぱっと両手を開くと、すっと両手を差し出してくる安原さん。
実際に抱きしめることはせず、とりあえず両手で握手をしてみた。ぎゅぎゅっとね。
「それにしてもお前はほんとーに、不運っつーか幸運っつーか……」
「せやですね……ほんまにようおました……」
ジョンの横で、綾子がキレ気味にまったくよ!とか言ってる。実は綾子ちゃん泣いちゃったんだって。ゴメンネ。
ぼーさんはしみじみと良かったなあって呟き俺の頭を掻き混ぜた。
和泰さんはあの後、俺のように崖から落ちて亡くなったそうらしい。だから皆が心配していたことと、俺が生きていることが奇跡なのは分かる。
安原さんはジーンに頼まれた事を調べに行き、現場に残された俺達は調査を続行した。が、綾子がどうにかできるというので神社に行く事になった。ひゅう!綾子ちゃんすごい!昨日襲って来た土左衛門が次々と浄化されて行くのをみた。
ところで俺の守りの魔法に触れて消えちゃった霊たちは除霊になるんだろうか。いや、それはないか。一時的に散らしたようなもんか。
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そっちの海はきれいだね^^(意味深)
こっちの海は、深くて暗くて、なんだかちょっと怖いよ。
そう送っていたかもしれません。安原さんの精神をごりごり削る……。
Mar 2017