My wiz. 37
俺がなんもしてないうちに色々な事が分かって、なんもすることがなく事件は終わった。いや、俺だって調べもの手伝ったし、海に落とされたけどさ……。ジーンと目を覚ましたナルが意味深に、原因であるおこぶ様にお礼参りに行くというので皆はついていったんだけど、俺はリンさんとおるすばんを言い渡された。脳裏にチーンって音が響いた。
帰って来たらもう全部終わりっていうし、俺はナルに冷たい一瞥を貰いながら撤収準備を言い渡されて、もそもそお仕事を開始した。よく考えたら俺の本業は荷物の運搬みたいなもんだったな。心霊現象に巻き込まれる事が多いので忘れてたけど。
車にせっせと荷物を運び入れたあと、庭を通りかかる。奥の方に歪んだ柵を見つけたのでなんとなく傍へ寄った。皆詳しくは教えてくれなかったけど、和泰さんを庭に追いつめたとか言ってた気がする。
垣根を越えると、海の音が聞こえた。
「なにをしている、」
この言い方はナルだな、と思いながら振り向く。同じく荷物を運び入れた後なんだろう、何も持ってないナルが近づいて来た。
「歪んでいる……?」
「和泰さん、ここから落ちたのかなと」
「さあ、僕は見ていないし」
俺がそっと撫でた柵を興味なさそうに見た。
杖でかんかんと叩きながら直す呪文をかけると、ナルの表情がちょっとかわる。
「いいな……それ」
「こういうのもできる」
ちょっと得意気に、花束を出してみる。お見舞い〜といって押し付けたらあまり嬉しそうな顔はされなかった。いやあ、害がなくて、見栄えのする魔法を見せようと思ってですね。
「ごめんね、石化させちゃって」
「別に」
「意識あった?」
「あまり記憶にない、───ああ、の首を絞めたところまでは覚えているな」
「うわあ」
花が本物なのか確かめてるナルは、なんてことのないように言う。まあ、俺が魔法をかけたことを気にしていないようだし、俺の首を絞めたところを悪びれてなくても、それはそれで楽で良い。
「そうだ、ジーンがを探してた」
「え、今の今まで荷物一緒に運んでたのに?」
「大分過保護になっていてうっとうしい」
「はあ。……ははっ」
思わず笑ってしまって、ナルが首を傾げた。
「なんだ」
「いや、前もこんな事があって……」
「前?攫われたとき?」
「ううん、前の学校にいたとき。ちょっと襲われて、半年くらい目を覚まさなかったんだ」
ナルがいよいよ驚きに目を丸めた。
あの後友達が大分過保護になったんだーと笑っていたら、呆れられたけど。
いや、魔法界ではよくあることなんだよ。同じような被害者が何人も居たし。
「俺は結構……不運なので」
「だろうな」
「でも不幸だと思った事はないんだよ」
「だからそんなに能天気なわけだ」
ため息まじりに言われた。失礼な奴だな、タフだと言ってくれ。
「さて、セディが心配してるから戻ろうか……荷物もあと少し残ってたし」
「セディ?」
「俺の過保護なともだち」
花束を消してから歩き出した俺にならって、ナルも隣を歩き出した。
ベースに顔を出すとジーンがあっと声を上げて、どこに行っていたのかと聞いてくるのでちょっと笑った。
帰りは車に乗る人数が増えたので、ぼーさんの車ではなくリンさんのバンに乗る事になった。
後ろは座席を全部倒して荷物が積まれてるので閉塞感がすごい。
「そういえば」
「ん?」
走行中に荷物をどけて場所を作っていた俺は、ジーンが声を上げたので反射的に返事をした。
「が戻って来た時、結界のようなものを張っていたけど」
「へえ」
若干興味ありげに返事をするナルに、襲って来た霊たちが弾け飛んで行ったことを教えながらジーンは俺の方を振り向く。
「あのあと、ぼーさんたちに魔法をかけていたように見えた。あれはもしかして」
「記憶の修正」
「やっぱり。僕とリンだけはかけなかったから、そうかなって」
前を向き直したジーンに、ははっと笑う。
別にあの時、全員にかけても問題はなかった。どうせ、その時起きた一瞬の事を忘れさせる程度の魔法だ。
「今回は結構色々使ったしなあ、見られたのがあれくらいでよかったよ」
ナルに魔法を使った時とかはひやひやしたなあ、なんて思いながらエヘエヘと笑う。
「どの程度、記憶を操作できるんだ」
「俺の技量だと今見た事を忘れさせる……ていうか曖昧にしたり、違う事をしていたように捏造することはできる。程度で言えば、極端な話だけど対象を全くの記憶喪失状態にするとか」
「そんな事まで出来るのか」
「記憶が戻る事は?」
「んー、大概戻らないよなあ」
「いい加減だな」
「そう?」
俺の返答が断定的じゃないからか、ナルは文句をつけた。でも基本的に戻らない事を前提にかけてるし、戻そうとした話は聞いた事がない気がする。あれ、ロックハート先生ってどうなったんだっけ。風の噂で、記憶が全部トんじゃったって聞いたんだけど。
「自然に戻る事がないだけで、戻す為の方法はあるんだと思うよ、まあやろうと思ったことないからどうするんだか知らないけどな」
ごろっと寝転んで、エンジンの振動を脇腹で聞く。
ナルとジーンはそれっきり黙り込んだので、俺はそのまま眠りに落ちた。
どのくらい寝てたかわからないけど、車が停まって、誰かが降りて行く音がして目を覚ます。
パーキングエリアかなあ、でもそんなに寝てたっけ。
むくっと身体を起こすと周囲は森林だった。
「ここどこ?」
「さあな」
前の席に顔を出すと、ナルがうんざりした様子でなげやりな返事をした。
もしかして迷ったのかな。
リンさんとジーンが外に出て、ぼーさんと安原さんと話をしているのが窓から見える。
綾子たちも外の空気を吸っているみたい。
ジョンがふと、俺が見ていることに気づいてにこっと笑って、そばにいた綾子がそれに気づいてこっちを見た。それからなんかまた言いがかりをつけていそうな顔をしている。
「───なんだよお」
「そもそもあんたが電話してくれればよかったのよ、道間違えた時に」
「携帯電話壊れてるんだってば」
後ろで呑気に寝こけちゃって!とほっぺを引っ張られた。ひどい言いがかりである、車降りてくるんじゃなかった。
ジョンが後ろでまあまあと宥め、ぼーさんは誰にでも絡むなよと呆れている。
ちなみに、そもそも道を違えたのは綾子が車内で騒いだからだ、と真砂子がしれっと教えてくれた。
「とにかくえーと、このまままっすぐ奥に行くとキャンプ場があります、そこから県道に戻る道に出られますよ」
「それしかないわな、車の方向を変える場所はないし」
ぼーさんと安原さんは二人で地図を覗き込みながら話を戻す。
再び車に乗り込んで、今度こそ森の中から抜けて道路に出ようというところで、急ブレーキがふまれて体が揺れた。
「うお」
シートにがしっとつかまって、前方を見る。
「また道が違うのか?」
「走り出したばかりですが……」
「綾子がなんかやったのかなあ」
「あれ、降りてきた」
ざわつく俺たちをよそに、前の車はどうも様子がおかしい。ぼーさんが一番に飛び出してきて、助手席に座っていたはずの安原さんも降りて行く。綾子や真砂子にジョンまで追いかけて、車の前へ走る。
ドアを開けた瞬間、救急車をという声が聞こえた。
「どうした、何があった?」
「わからん、急に車の前に落ちてきたんだ」
「大丈夫ですか?しっかりしてください」
誰かが車の前に横たわっている。
落ちてきた、という表現におかしいなと思いながら倒れている人物を見て、俺は反射的に声をあげる。
「呼ぶな!」
「え?」
その瞬間、綾子が携帯電話を落とした。
魔法を使ったわけじゃないし、俺の剣幕に驚いてのことかもしれないけど、救急車を呼ぶのは待ってもらえた。
「どいて、───セドリック……、セドリック、聞こえる?」
今まで声かけをしていた安原さんの肩を、やんわりと引いて間に入る。それから顔を近づけて呼吸を確認した。
息はしている。外傷もなさそう。ただ気を失っているか、眠っているかのどちらかだと思う。もしくはなんらかの魔法がかかっている可能性が高い。
「知り合いか、」
「うん」
俺は眠るセドリックの体を抱いたまま、ゆっくりと顔を上げてぼーさんの問いに答えた。
なんで急にセドリックが日本の、しかもわざわざ俺の出かけ先のところにきたのか。気を失っていた理由、容体、わけがわからず困り果てた。
魔法がバレたわけではないけど、急に目の前に”落ちてきた”セドリックは怪しいことこの上なく、この場所で俺ができることも少ない。
「ここはいいから、みんなは帰って」
せめて人がいなければ。
そう思って口にしたが、大人たちは子供の言うことに従ってはくれない。
「なにいってんのよ、こんな時に」
「その人、大丈夫なんですか?」
「た、たぶん」
あ、やっぱりダメ?
たじたじしながらセドリックの頭を抱く。せめて起きてくれたらなんとか取り繕えんだけど。
「、これ、多分その人の荷物だと思う」
「ああ、ありがと」
リンさんたちもいつのまにか車をおりていたらしく、ジーンがリュックサックを差し出してきた。
ためらいなくリュックを開けて、手を突っ込むと一番最初に紙にふれる。ずぼっと取り出すと一通の手紙で、そこにはDear,Maiの文字。下にはエイモスおじさんの名前があるから、セドリックはおじさんの指示やら計らいで来たのかなと察する。
さっと目を通すと、セドリックをそちらに送るのでよろしくってことしかわからなかった。
「どういうことなんだ?」
「……はあ、まあ、ええとね」
ナルは俺が手紙を手早く折りたたんでしまっている間に聞いてくるが、俺もどういうことなんだ?ってわけです。セドリックがおきたら聞くしかないんだが、長距離と長時間の移動になるため故意に眠らされたらしいセドリックは当分おきそうにない。こんなんなるなら、飛行機で来いよ魔法使い。あとちゃんとアポとって。
「俺はこいつの保護を頼まれたので、キャンプ場に行く」
「なんだって?」
ぼーさんが素っ頓狂な声で驚きながら、俺を見下ろした。
どうやって セドリックの体をキャンプ場に運ぶのか、部屋取れんのか、一人で世話するのも大変だろうとか、みんなが納得してくれない。
魔法を使わなくたってセドリックをおんぶして歩けるっちゃあ歩けるが、それはあまりに心もとないだろう。
というか、……そんな風体の人間にキャンプ場の職員がバンガローを貸してくれるのかも謎だけど。
「手持ちあんのか?どのくらい泊まるんだよ」
「まあまあ。一泊くらいで済むんじゃないかなあ」
「せめて車に乗せて東京に連れて帰れないわけ?」
「これ以上乗れないだろ、もしそうなったらタクシー呼ぶよ」
どうしても俺を置いて帰ってはくれないみたいだ。
とりあえず部屋をとってくるから、セドリックを見ててもらえるように頼んだが、ぼーさんと綾子もついてくる。
「大人二人一部屋お願いします!」
「?ええと、二人ですか?」
「あ、おれたちは」
「この人たちは関係ないでーす」
受付のおばさんにたのむと、明らかに連れている人数が違うので視線が俺の両側にいる二人に行く。というか綾子か。俺が頼んだのは多分俺とぼーさんの部屋の分だけだと思われてる。
俺は早く一部屋くれよという気持ちでぼーさんの声を遮った。腑に落ちなさそうだけど、とりあえずバンガローの鍵と簡単ない説明が書かれた紙をもらえた。料金は前金を払ってから残りは最終日に精算となる。
「ねえ、あの子だれなのよ」
「セドリック、俺の友達」
「外国人か?」
「イギリス人。なんでここにいたのかはわからないや」
さほど離れていないところにセドリックをおいてきたので、深く聞かれる時間も作らずに戻れた。
「とったの、バンガロー」
「ああ、見ててもらって悪いね、ありがと」
ジーンに短く答えながら木の幹に寄りかからせていたセドリックの腕を肩に担いで、持ち上げようとすると安原さんとジョンが慌てて手を貸してくれる。
「ごめんごめん」
「大丈夫ですか?せめてお部屋まで」
「平気」
「まあ、そんなこといわずに」
安原さんがセドリックの反対の腕を担ぐので、俺はため息を吐いた。
あんまり手を煩わせたくないんだけどなあ。
「おぶるから乗せてくれる?部屋まで付き合ってくれると助かるな」
「はい」
にっこり笑った安原さんは、セドリックの体を支えて、俺の背中に乗せた。ジーンは手荷物を、ジョンは鍵を受け取ってくれたので、ひとまず手を借りることにした。
部屋に着いたらジョンと安原さんが布団をしいてくれて、ジーンがセドリックを寝かせるのを手伝ってくれる。
ひとまずセドリックを室内に置くことができたので安心して、再び駐車場に戻った。
ナルとリンさんと、ぼーさんと綾子と真砂子が待っている。
「これからどうするんだ?」
「起きたら一緒に帰る。みんなは帰っていいよ」
「いったい、何がどうなってんだ?説明してくれないことには、納得いかんな」
「なっとく……?」
困ったなあと苦笑すると、ぼーさんはバツが悪そうに目をそらした。
俺にだってセドリックがここにいた理由もわからないし、眠っている理由なんかは説明しようがない。
それよりももっと、違うことをぼーさんは聞いてるってことは、なんとなくわかるんだけど。
ため息を深く吐きながら言葉を探す。
「言えることは何もない、───ほっといてくれ」
誰かがえっと声を漏らしたのは聞こえた。
けど、俺はひどく耳鳴りがしていて、誰の声だったのかはわからなかった。
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出、出〜〜。
May 2017