I am.


My wiz. 38

本当は、調査の帰り道なのに途中でみんなの手を煩わせてしまったことを謝ったり、気をつけて帰ってくれと見送りもしたかった。けど突き放すような言葉を吐いてしまい、背を向けて逃げるしかなくなった。
セドリックのいるバンガローに戻っても、俺を肯定してくれる人は誰もいない。
脳裏に浮かぶ傷ついた顔たちを、ゆるく頭を振って拭い去った。

おじさんからの手紙を読み返しながら、俺は黙ってセドリックが目を覚ますのを待つ。でも夜になっても目を覚まさなくて、仕方なく布団を敷いて隣で眠ることにした。

次の日の朝もセドリックは目を覚まさない。
魔法が強すぎた、とかじゃないよな。
おでこを手ですりすりしてみたが、みじろぎすらしない。
とりあえず身支度を整えて、朝ごはんでも買いに行こうかなーと思っていたところでバンガローのドアが叩かれた。
「はえ?」
「よーっす」
「おはようございます」
ドアを開ければそこには、にっこり笑ったぼーさんと安原さん、その後ろに遠慮がちに顔をのぞかせるジョン。
「え、なんで?」
「その様子だと、まだ目は覚ましてないようだな」
「あ、うん」
「僕たち、となりのバンガローとったので、何か困ったことがあったら声かけてください」
「はあ」
俺は目を白黒させていたんだと思う。それに乗じて、安原さんは畳み掛けるように、朝ごはんは食べましたか、着替えは足りていますか、買い出しに行きませんかとか聞いてくる。
「あ、の、だいじょうぶ」
頷くのを期待していたのかもしれないが、俺は深く考えずに断った。
いや本当は買い出し行くなら車乗りたいけど。
「誰が残ってんの?」
「みんなです」
俺の答えを受けてそれは残念、と顎を撫でている安原さんを尻目に、まともに答えてくれそうなジョンに視線をやる。
「え、全員?」
「はい」
「真砂子も綾子も?」
「はい、別のバンガローに」
「……ジーンとナルとリンさんも?」
「向こうのバンガローに」
思わず絶句して、遠くを見た。あの辺とあの辺のバンガローってことか。
それにしても、みんなしてキャンプ場に残ったとは。
べ、別にセドリックが目をさましても……バーベキューなんてやらないんだからね!
「っつーか、そもそも残るって言い出したの、あいつらだぜ?」
「へえ」
あいつらっていうか、多分ジーンかな。
そうなるとナルは大分不本意だろうからおそらく機嫌が悪いはず。よおし、あっちのバンガローには顔を出さんどこ。……って思ってたらぼーさんがぽりぽりと首を掻き、気まずそうに口を開く。
「ものは相談なんだがな」
「ん?」
「昨日の夕方、ちょっとばかし依頼が入ったんだわ、そんで……おまえさんもくるかなーと」
「ああ……」
「でもまあ、その様子じゃ無理か」
なるほど、それで俺のところにきたのか。
「いいよ、手伝う」
「え、いいのか?まだ起きてねーんだろ?」
むしろ目を覚ましてたらぼーさんたちに付き合えないだろ。東京に帰るもん。
「大丈夫なんですか、彼」
「ああ寝てるだけだよ平気平気。目を覚ましたらこの部屋で待ってるように書き置きする」
安原さんも少し驚き、部屋の奥に視線をやった。
本当はご飯買ってきたら起こそうかと思っていたけど、自然に目を覚まさせる方向でいいや。
すでに身支度は整えてあったので、ぼーさんたちと一緒にバンガローを出た。
「それにしても、昨日きたばかりで依頼がくるなんてすごいね、なんかしたの?」
「うんにゃ、別に」
距離はほとんどないので、すぐに隣のバンガローへたどり着く。中には綾子と真砂子もいた。
聞けば昨日の夕方、村長と助役が訪ねてきたらしい。キャンプ場の事務所に村長の姪が勤めてて、霊能者であることがわれたとか。
みんな依頼を受ける前に自分たちから素性を言いふらすことないけど、話している内容でそういう業者だってわからなくもないか。
「よほど切迫してたのかね」
「どうだかな。一応村の観光収入が財源みたいだから、霊の目撃情報は困るんじゃねーか」
ふうん、と頷きながら依頼内容を頭の中に入れる。

この近くの廃校になった小学校で、幽霊を見かけるそうだ。
詳しいことはわからなくて、人魂を見たとか、祟りがあるという噂もある。古い建物だから取り壊したいが、祟られるに違いないと恐れる人もいて手が出せないでいる。その不安を払拭するためにも、一度霊能者に見てもらった方がいいんじゃないかと考えていたところに、それっぽい人たちが来たので村長が顔を出したということだ。

小学校の中に入る気はなかったので外から機材をおいていると、あっという間に時間がすぎた。
昼食の調達にはぼーさんと真砂子が、安原さんは町で軽く聞き込みをしてくると言って車に同乗し、残った俺たちはまた動き回る。
「学校が廃校になったのは五年前の五月、───妙な時期だ」
ジーンは何か含みをもって呟いた。
「普通、三月いっぱいだろう、学期末に合わせて」
「そうだね」
さっきまで青々しい夏の空が広がっていたのに、急に雲が多いあたりが暗くなる。
風が強くなったような気がして、俺たちは顔を上げた。
「───声?」
「え」
訝しげに眉を顰めたジーンに聞き返すが、なんでもないと言われた。
「生徒たちが急に転出したから、って言ってたんだっけ」
「うん」
俺は実際に村長の話を聞いていないので、ジーンが感じた違和感だけがたよりだ。
ナルもあまり気が進まないようだったけど、どうせここにいてもすることがないからと引き受けたらしい。どうもすみませんねえ。
「証言が曖昧なんだ、とにかく。霊をみたという噂があって困るわりに、目撃したと言っている人が誰一人いない。事件や事故なんかはなかったというし、───それにしても放っておけないと焦っている」
「変なの」
ジーンも訳がわからないようで、俺は素直に感想をこぼした。

くれぐれも校舎内には入らないように。
そう言われていた俺や綾子も、言っていたナルとジーンとおまけにリンさんも、とつぜんの雨におどろき中へ入った。といっても昇降口の中というだけなんだけど。
ドアはあいてるし、と思っていたら風にしめられてしまった。
バンと強い音でしまったので、俺たちは一斉にそっちをみる。
「なんだ、風でしまっちゃったのね」
「え、大丈夫かな」
「なにかあったら飛び出せば済むことじゃない」
綾子は不安になる俺をよそに当然みたいにいう。
ジーンは黙って、ドアの方へ歩いていくとドアノブに手をかけた。
「───あかない」
ジョンと俺も手伝ってドアを押したけど一向に開く気配はなかった。綾子が拾ってきた瓶を投げてみると、瓶だけが粉々になる。ドアにはめられた窓にはヒビすらはいらなかった。
そこで俺たちは二手に分かれて校舎内を見て回ることにした。ジーンとナルとジョンが下、リンさんと俺と綾子は二階を見回る。
二階に上がると、薄い板みたいなのが一面に貼られていて、壁になってた。行き止まりだと足を止めたリンさんに倣って俺たちも止まるが、綾子が中腰になって指をさす。
「待って、ここドアになってない?」
「ほんとだ、でもカギ……あ、こわれた」
腰よりも低い位置にある簡易的なドアは南京錠で固められていたけど、接続部分のネジや板が傷んでいたらしくあっさりと壊れてしまう。
奥に行くのはどうしようかと考えたが、ドアの部分で開けたまま待っているようにしてリンさんが一人で奥に進むことになった。
結局窓も開けられず、上に何か変わったものがあるわけでもないようで俺たちは下に戻ってみんなと合流した。
下からも出られる部分はなかったそうだ。

「完全にとじこめられたな」
「……何かがいるってことか」
ナルの冷静な結論を聞いて、ため息交じりにぼやいた。
「そのようだな、まさか本当にいるとは思わなかったが。───どうだ?」
「今までもこうして人がいなくなってるみたいだ……」
「へえ」
「どういうこと!?」
ナルはふんと笑う。綾子の反応の方が正しい気がする。
「閉じ込められたということは、そういうことだろう」
「冷静だなおい」
ジーンは原因となるものよりも、被害者の思念とか、それこそ浮かばれない魂を見たのか、切なげな横顔で話を続けた。
「ここはひどく、乾いた空気だ」
「じめっとしてるけど」
「うるさい」
俺たち今びしょぬれだぜ。って思ったが、口を開くとナルが怒るのでもう黙る。
「まあでも、そのうち買い出し部隊も帰ってくるでしょ、外からだったらなんとかなるかもしれないじゃない」
「どのくらいで戻ってくんだろ」
「戻ってくるまで持つかな」
綾子の前向きな意見にほっとしたのに、ナルは穏やかでいさせてくれない。まあ、常に案じていると思えばありがたい意見ではあるけどさ。
「相手が何をしかけてくるかわからない」
「さいですね、なんぞ手を考えへんと」
ジーンの言葉にジョンが同意した。
ナルの指示で俺とリンさんは靴箱を廊下に置いてバリケードを作る。ぴったりくっつけて人を通れなくするものではなくて、互い違いに置くので曲がれば普通に通れる。
なんでも幽霊はまっすぐしか進めないっていう俗信があるんだとか。壁をすり抜けたり、空間を歪ませられる霊もいるし、そうなればそもそも靴箱をくっつけても無駄だから、気休めみたいなもんなんだろう。
リンさんの説明を聞きながらふーんと頷いた。
バリケードをつくって昇降口のところに戻ると、夜に向けて火が焚かれていた。

俺たちが今いる一階には教室が七つあり、最後に在校していた生徒数は約二十人。
一番奥にある二つの教室はぶち抜いて職員室にしていた。その隣が保健室、教師が控え室に使っていた。四番目の家庭科室は動物を飼うのに使用、残りの三教室は理科室、図画工作室、音楽室の設備になってるけど当時は使われてない。
もともと、もう少し大きな建物だったのを一部取り壊してプールを作ったそうで外にはさびれたプールの跡地まである。
学区的には周囲の八集落から子供が集まっていたそうだけど、そのうち三集落は、一つは合併吸収され、二つはダムの底となっているため場所そのものがない。どうりで転出がまとまったわけだ、と納得する。
「───ああ。そうか、あのダムか」
「え?」
ナルから詳しい話を聞いていた俺は、思わずぽつりと呟いた。
「ダムがどうかしはったんですか?」
「ううん、どうもしてない」
隣にいたジーンがきょとんとして、反対隣のジョンが聞き返す。俺はゆっくり首を振って笑った。

俺はあのダムに、ジーンが沈められていたことを思い出した。
カップを持った両手を膝の上におろして、爪先でプラスチックをひっかく。絵柄がプリントされた部分がかすかにかりっと音を立てるけど意識していなければ火が廃材を燃やす音に消えてしまうほど僅かなものだ。

いずれここへくることになってたんだな。
そう思ったら少し心がすっきりした気がする。
「いなかの過疎化って本当にヒドイのね」
綾子の声を聞きながら、さっきの呟きを誤魔化すようにもう一口お茶を飲んだ。
無事に出してもらえるとは思えない、とジーンが言うのでどう言う目的で閉じ込めたのかが問題となる。
「あー、そういえばぼーさんたち遅いね」
「安原クンが聞き込みをしてみるって言ってたから、それでじゃないの?ひょっとしたら夕方までかかるかもよ」
「えー、俺おなかへった」
「そういえば朝ごはん食べはったんですか?」
俺はジョンたちが来てすぐにそのまま出て来たので、朝ごはんを食べてない。
首を振ると、バカじゃないのとほとんどの人からツッコミをいただいた。これに関しては安原さんが俺に考える余地を与えなかったせいだと思うんだ。昼ごはん買ってこなかったら許さん。
とにかく、一日食べなかったくらいじゃ人は死なない、とナルが一蹴したことにより俺は黙る。いや別に騒いだわけじゃないけどな。
「どうせそのうち向こうから何かしかけてくるだろう、焦ることはない。他になにかわかることはないか」
ナルはまっすぐにジーンを見た。ためらうことなく、ジーンは自分の見えたものを語る。
事故で死んでしまったらしい子供たちと、一人の教師が主犯だと。
どこまで見えるんだよ、と思ったけど想像がおいつかない。死の経緯まで知れるということは、つまりそういうことだ。
ジーンの発言により、霊がいることは確かだとみんな確信した。
「子供と教師は、飢えている」
「何に、ですか」
「ぬくもりに」
ジーンの言葉にジョンが恐る恐る問い、返答がある。
ぬくもりといったけど、あるいは人に、あるいは生に、と言葉が変えられた。つまり、この世に未練があって、寂しいってわけだ。
今まで見てきた霊のなかでもっとも典型的な気がする。いや、永遠の命を求めて生き血に浸る奴も、娘を求めて同年代の子供を集める奴も、いかにもだけど。
「単純だな」
「何がよ」
「霊って、未練に対して極端っていうかさ」
「だから霊はずっとこの世に止まってるんだろうが」
俺の感想に綾子は顔をしかめたけど、ナルは涼しい顔で受け流した。ごもっともです。
「そうだな、何かに執着してそれしか考えられなかったりするものが多い。とくにこういった未練があるものたちは」
「……生きたかったから?」
目を伏せて口を開いたジーンに問いかけると、ゆっくり頷かれた。
「そう。死んでしまった事実を受け入れることができない。けれどこの世にとどまっていたとしても、少しも満足できない。だってこの世のものではないから」
俺はもんにょりと納得した。
単純っていったけど、ある意味複雑だった。


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登場はしたけどまた出なくなるという。
May 2017

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