I am.


My wiz. 39

少し中を調べてみようってんで、全員で教室を回ることにする。ジーンいわく、別れない方がいいみたいだ。
教室の中には机や黒板、荷物なんかまでも残っていた。
日誌には明日は遠足です、という子供の文字があり、俺たちは容易に想像がつく。ジーンもさっき、事故があったって言ってたし。
多分、遠足にいった時に事故にあって全員亡くなったんだろう。
教室の隅には飼っていたと思われる動物の死骸みたいなものがある。形はなく朧すぎるけど多分そうだ。
中から骨みたいなものを見つけ出した。ご丁寧に、ダンボールの住処に横たわったまま、特に暴れたりすることなく死んだらしい。ナルがすらすらとそういうこと言うから、俺はうえええと顔をしかめた。どうやってしぬの、それ。
追い討ちとばかりに、綾子が水槽の中身もそうなんじゃないのって気付いちゃってもう、顔を覆うしかなかった。帰りたい。
「村長たちの言葉は信用できないね」
特に異臭を感じたわけじゃないけど、想像してうぷっとしたので鼻と口を手で覆いながら言う。
全員微妙な顔をして頷いた。
「でも、事故があって全員が死んじゃったとして、普通荷物全部置きっ放しにするかしら」
「せやですね、飼ってた動物かて、放置したまんまゆうのはおかしいです」
「今までもこういう……閉じ込められることがあった、ってことはさ、つまり片付けに来た人は誰一人として学校の外に出てないとか?」
「ありえるな」
まさかあ、と言ってみたがナルに肯定されて笑っていた口を閉ざした。
誰一人として、かどうかは定かじゃないけどここまで放置されてるってことは、相当なんじゃないだろーか。
「そもそも片付けに来た人が誰も帰ってこなかったら、出入り口を塞いで誰も入らないようにすればいいだけの話だ」
「わざわざ旅行中の霊能者を捕まえてまで調査させ、内密にというからには……」
お背中ぞぞぞってなりながら、ジーンが言い終わるのを待っていたところで、上の階から声が聞こえた。ジーンもナルもはっとして上を見る。
「どうしたの?」
綾子は聞こえなかったみたいだけど、ナルとジーンは、同じく天井を見ていた俺の方をちらっとみた。
「なんか音がした」
そう答えると、何かが床を踏むような音がする。靴を履いた足音とはまた違うんだけど。
リンさんが様子を見て来ますっていうのをみんな止めたけど、二階のすぐのところにあるドアの所為で皆して閉じ込められると厄介だから、結局リンさんが一人で行くことになった。俺はドアを開けた所で床に座った。
「開けたままにしておく」
「お願いします」
呻くような泣くような、子供みたいな大人みたいな声のする上の階へ、リンさんは一人で消えていった。
「大丈夫かなー」
「大丈夫よ、あんたやアタシじゃないんだから」
自分で言うんかい。と思いながらも綾子の言葉に一応納得する。
でも一人で行かせたのが妙に気がかりで、俺は手前に引くドアの前にいたのに、そっと身を乗り出す。
、あまり……───!」
「え?」
そっちに行くなといいかけたんだろう、背後にいたジーンが、急に俺を抱き込んだ。瞬間、騒音が響いて建物が大きく揺れ動く。行こうともしてないのに、揺さぶられてずるりと扉の向こうに体が滑ってしまった。反対に綾子たちは手前に倒されているのが腕の隙間から見えた。それから揺れのせいで扉が閉まる光景も。
バタン、と音がして、奥では何かが倒れるような音もした。
「綾子!?」
俺とジーンはなんとか起き上がってすぐにドアを叩いたけど、誰の声もしない。
多分靴箱が近くにあったはずだから、下敷きになってるんじゃないかと思ったけど、様子は伺えない。
、待って」
ジーンが急に俺の手を掴む。そういえば揺れる直前何かに気づいてたみたいだから、危ないのかもしれない。瞬間、目の前のドアが急に開かれて驚く。あ、あぶね、今度はあっちに倒れこむかもしれなかった。
それにしても、なんで急に開いたんだろう。───向こうには、誰もいないのに。
「あれ?綾子ー?……ジョン、ナル?」
「やられた」
ジーンが前髪をくしゃりと潰した。
「みんな、消えちゃったってこと?」
「そうなるな……」
嘆息した横顔に、苦笑する。あちゃー、それじゃあリンさんももしかして、と思って上に二人で行った見たけど誰もいない。
今の騒ぎがあったなら、リンさんもこっちに戻って来てるはずだし。

ジーンがとりあえず情報を得たいというので、一階の職員室の方へ行った。
教員が使っていたと思しき机がいくつかあるけど、殺風景な場所。なんか考え込むような、むしろぼんやりするような様子のジーンに首をかしげる。
うーん、心ここに在らずって感じだな。
窓の前で、ザアザア雨が降っている校庭を眺めて待つ。
「あ、ぼーさんたち、戻って来てたんだ」
二台の車が駐車されてるのが見えて、思わず口を開いちゃった。ジーンの方を見ると、さすがにこっちに反応した。でもうんとうなずくだけだ。
誰かがここにいたりとかして、話してるのかな。何か見えてるのかもしれないし、邪魔しないようにしないと。
口を軽くぶって戒める。

しばらくして、今度はジーンがなにか、困ったことがあったのか、残念そうにああと口を開いた。
「どうした?」
「ナルがわからなくなった」
「ん?うーん、うん」
俺も急にお前がわからなくなったよ。とは言わないけど微妙な相槌を打つ。
「僕とナルの間には、ホットラインがあるんだ」
あ、説明してくれるんだね。まあそうか。
どうやら双子同士のテレパシーがあるようだ。
眠っている間に夢が繋がるとかそういうんじゃなくて、本当に脳内でお話ができるみたいな。そういえばそんなこともあったわな。
波長を合わせるだのなんだの言ってるが、俺にはイマイチその辺のさじ加減はわからない。
とにかく、繋がらないってことはナルの意識がなくなったとか、距離がありすぎとか、もしくはなんらかの妨害がされているってことだ。
「今まではナルと情報交換してたわけ?」
「うん。何があったんだろう。特に何も合図はなかったな……」
考え込むジーンをよそに、俺はまた窓の方に目を向ける。
「とにかく、僕たちはまだ学校の中から出られた者は一人もいないらしい」
「へえ。じゃあ見えなくされてる感じ?」
ジーンは安原さんが調べて来た情報もナル経由で得た。
五年前、ある場所で山津波があった。俺もジーンもここ数年しか日本にいなかったからそのニュースは知らないが、当時日本でも報道が頻繁にあったそうだ。
俺の場合は携帯電話が水没により壊れていたし、ここに閉じ込められてからすぐに電波障害により全員の携帯は使えなくなっていたので、そういうことは調べようがない。
結局安原さんの情報だけがたよりだ。
とにかく、その山津波の事故は、この学校の生徒が全員で遠足に出た時におこった。そして、一人の教師と生徒全員が亡くなった。
沈痛な声が雨音に紛れて耳を通る。闇色の瞳は何を写しているのかはわからない。
薄暗い教室で、ジーンの白い頬をぼんやり眺めながら、痛ましい事故の様相と、のちに起こり繰り返されている悲劇を聞いた。

生徒と教師は今も、この学校で人を集めている。
飢え、満たされないままに、ずっとだ。
どんなに人を集めて、こうやって閉じ込めて、同じような存在にしても、全く意味はない。
そのことには気づけない。

ジーンがトランス状態に入ると言うので隣り合って床に座った。一瞬ずるっと崩れそうになったジーンには驚いたけど、最低限の接触だけで体を支える。起こしたら悪いし。
でも結局、すぐに起きた。
どうやら根源である霊たちは、俺たちの方よりも数が多いナルの方を分裂させようとして、意識をそちらに向けてるらしい。そのせいでナルもジーンとコンタクトをとるどころじゃないみたいだ。
「ふーん、こっちにきたらいいのにね」
「こわがりなのに、珍しい」
「ジーンがいるから」
「僕?退魔法はそこそこだけど、除霊はできないよ」
「俺は別に、倒して欲しいわけでも守って欲しいわけでもないけど」
首を傾げてゆっくり瞬きをするジーンは俺の言葉を聞きたそうにしている。うーん、なんといったらいいのか。
「霊媒なら、霊を満たしてやれるのかなって」
「え?」
「霊媒を介さないと、霊はこの世と関わることができないじゃん。あ、でもあっちにも真砂子がいるか」
「ああ……」
ジーンは俺を見て少し目を細めた。それから下を向いてしまう。他力本願すぎたかな。
手をとられて、俺は同じように視線を落とす。
「一般的に、いや研究者たちの間で霊媒とは、霊にコンタクトを取ることが出来る人のことを言う。漢字は、霊への媒介、と書くんだっけ」
「そうだよ」
英語ではミディアム、中間という意味だそうだ。
「あくまで、生きている人の立場からできた言葉だ。もちろん、僕たちは生きている人間だけど」
指の腹が手の甲を撫でる。くすぐったくて息がこぼれた。
「そっか、ステータスみたいな意味か」
「でも、間違えてない。───僕は、のが好きだな」
はにかむ顔がそっと近づいて来て、俺はぽかんとしながらジーンをながめた。
肌の上で羽ばたき擽ぐるそれは、俺のじゃない睫毛。
「なんかのおまじない?コレ」
「どうかな。僕は魔法使いじゃないから」
ジーンはそう言いながら俺から離れた。


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霊の研究をしている人たちが霊の情報を得るための手段としての霊媒ではなくて、霊が唯一現世と関わることのでき、満たされ浮かばれるための存在が霊媒だという、霊の立場で考えてみる。結論、ジーンの尊みが増す。
May 2017

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