My wiz. 40
ジーンは子供たちに会いに行くと言って目をつむった。さっきみたいに体が無防備になるので、魔法で少しだけ辺りを綺麗にして寝かせる。
外はまだ雨が降っていた。
俺すげーお腹減ったのを通り越してもう妙な感覚だし、ただただ不調な気分だけどそういえばセドリックが目を覚ましたときのために置いて来たの水だけだった。さすがにもう起きてるかな。
まああの無駄に色々入る魔法のリュックサックに何かしら非常食を入れてるだろう。俺ももうちょっと漁ればよかったかな。
……後悔してもしかたない。ふーと息を吐いてから振り向いた。
え??誰もいない。
同じ部屋にいたにもかかわらず目を離した隙にやられた。
ジーンはあの辺に寝かせたはずなんだけどなあ。床をペンペンしてみたが何もない。
互い同士を知覚できないようにされているっていうネタばらしは受けてるので比較的冷静でいられる。
「頼むよ、ジーン」
もしかしたらジーンには見えるかもしれないから呟いて、俺は教室を出た。
もし一人になったら、その場から動かないこと。それから守護霊を出すこと。
ジーンにそう言われていたけどなぜ教室を出たのかってーと、守護霊出したら霊を退けてしまう可能性があるから。説得に行ったジーンのそばでやったら邪魔になるんじゃないかと思ったのだ。
ただし身の安全を確保もしたかったので廊下で守護霊を出した。フクはくるくると俺の周りを走ってから、周囲をうろつく。
何かを感じ取ったフクがふいに歩き出す。霊に対して有効だけど、こんなふうに歩み寄っている場合は多分霊がいるんじゃないと思う。見えるのかな、俺には見えなくされた誰かが。
フクはくるりと、一周回った。そこに誰かいるんだろう。
「綾子かな、それともリンさん?」
音はないけど、鳴く仕草をした。ああリンさんだ。
それから何事もなかったように俺の方に戻ってきてぴょっこぴょっこ飛んで、得意げに鼻をぴすぴすした。
「みんなを探しに行こうか」
ちょっと屈んで撫でるとフクは俺を見上げて、手にすり寄る。まあ、さわれないんだけど。
それから学校内をうろうろした。色々なところで、フクは誰かの足元を一周回って知らせてくれる。そのあとすぐに俺のところに戻ってきて褒めてと言いたげに見上げる。
しばらく彷徨いていると、ほぼ全員の位置を特定した。
最後にフクが向かったのは火を焚いた玄関で、そこで最後二人ほど見つける。フクは答え合わせをしてくれてたので、残りはナルと安原さんだとわかった。
ようし、これで全員みっけたから大丈夫。フクの様子からして安全だろう。
ジーンのいる教室へ戻るために、フクを消すか迷う。でもナルと安原さんがいるならここに置いて行くのもありだ。安原さんは霊に対して何もできないし、ナルも退魔法はできないって言ってた。
階段を上がっている途中で、足音がした。
「!」
「あっ、おい」
駆け寄ってきたジーンの勢いに、後ろに倒れそうになる。というかガクっと崩れ落ちそうになってジーンに支えられたんだけど。お前階段の踊り場がすぐだったからいいものの!
「ごめん教室ちょっと出てた」
「見えてた」
間近にある顔は笑っていた。
「みんなを迎えに行ってやったんだろう、───帰ろう」
「ん」
どうやらフクの姿は全員に見えていたらしい。だからみんなフクについてきていて、俺が最後に置いてきた玄関で待っているみたいだ。
下に降りれば、ガヤガヤと声や物音が聞こえる。二人でドアを開けると、フクは一目散に俺に駆け寄ってきて、しゅるっと消えた。
「えらいぞ、フク」
よーしよしよし、と心の中で撫でた。
「ようお二人さん」
俺が幸せを噛み締めているのをよそに、ぼーさんはへらっと笑って俺たちを出迎えた。ジーンはどうもと短く返事をして一歩踏み出す。
リンさんは冷静にドアが開くかを確かめていた。
「さっきまでのはなんだったんだあ」
「いわゆる霊障ってやつですかね?」
「全部それじゃん」
あっさり開いたドアを見て脱力した俺の隣で安原さんが苦笑している。外に出ると幾分か涼しい。
雨上がりの匂いがした。
「そういえば、いつのまにか雨止んでたな」
「せやですね」
ダイジョウブでしたか、とジョンが心配そうに俺を見る。そういえばリンさんが消えたタイミングで俺とジーンもはぐれてたから、結構長い時間が経ってるんだ。
「俺は一人じゃなかったから平気」
「だいたい、迎えに来るのが遅いのよ」
「はあ〜?」
綾子が俺の後頭部をぺすっとこすった。撫でたのかな、ぶったのかな。わかりにくいのが綾子だ。
「まあまあ、でもあの白い犬が来てくれたときほっとしましたよ」
「さんがいてはるのんかなって思いました」
とりなす安原さんと、ふふっと笑うジョンにほっこりしたところで、ナルがゆっくり口を開いた。
「実際にはとジーンだけは不在だったがな」
「あう…最後にジーンを迎えに行っただけで、一応あの場にいたからな俺だって」
なんで別行動とったのを咎められてる空気なんだちくしょう。
一番の功労者ジーンと、案内人くんをもうちょっと尊重して。
むむっと顔を歪めたけど、俺をからかっていただけみたいでナルは小さな声でごくろうさんと言った。
荷物はほとんど広げてなかったし、機材も雨のために回収してたので撤収作業は早かった。
買って来た食料を少しだけ口に入れられたので心なし具合も良い。
宿泊してるバンガローまではものの数分で到着するので、俺たちは駐車場で解散となる。
みんなはやっぱり物言いたげだったけど、何も言わなかった。
解散といってもとったバンガローは目と鼻の先だったので、俺たちは何も言わずに少しだけ離れておのおの歩く。
「あれ」
「え?」
俺の前を歩いていた綾子が足を止めて、振り向いた。顔を上げて指差した方向を見ると俺の泊まっているバンガローがあって、バルコニーに人影がある。
「おきたのか」
「かもね」
ナルがわかったように言うので、俺は駆け寄る。
向こうも俺たちの存在に気づいて立ち上がったのが見えた。
「やあ、マイ・ディア」
久しぶりに聞いたセドリックの声は懐かしい。
呼び方に少し驚き首をかしげるも、特に気に留めないことにした。こんな風に呼ばれたのは初めてだな。
それにもう、俺のことが好きだったって記憶もないと思う。ただこうして日本に来ているということは、誰かからそのことを聞いたのかもしれない。皮肉かな?なおさら呼び方については触れたくないな。
「よう、セディ。元気だった?」
「おかげさまで」
「いつ起きたの」
「ついさっき。手紙見て、外で待ってたんだ」
「あー悪い悪い。お腹は?」
「へいき」
べらべら喋りながら階段を上がる。まだ人の気配があったので、ちらっと振り向くとまだみんながそばにいた。
疲れてるだろうに、新たな問題が浮上しちゃって悪いなあと思う。でも別にセドリックは危険な存在じゃないし。起きて俺と話してるので深刻なこともないだろう。
「紹介しとこうかな、俺がアルバイトでお世話になってる人たち」
「ああ、どうも」
セドリックはみんなに小さく笑う。もうそんなに人見知りしないと本人は言い張ってたが、まあまあな挨拶だ。決して非友好的な態度じゃないけどさ。
「こいつセドリック。前の学校の友達、多分日本語はわかんない」
俺がみんなに対して言う言葉には隣できょとんとして聞いてるので、やっぱり日本語は理解してないんだろう。
さすがにこれ以上どうやって紹介したらいいのかわからないし……バーベキューの準備はしてないので絡みようがない。
「詳しくはまたこんど。明日ここを発つよ。みんなおやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
ジョンや安原さん、ジーンはかろうじて返事をした。他のみんなの声は遠かったからと、小さかったからあまり聞こえなかった。
何度か人影がこっちを振り向いた。何かをささやき合う声が聞こえた。全部夜の中に消えて、ドアで閉ざした。
「君の名前は、……麻衣」
「は?うん、いや、うん」
確認するように呟いたセドリックに頷けずに、でも一応頷いた。
「俺は麻衣だったけど、もう違うんだ」
手紙では言いようがなく、旧友たちの誰にもいってなかった。魔法界ではダンブルドア校長先生とスネイプ先生しか知らないだろう。
新しい名前を伝えると、ぎこちなく復唱して、覚えてられるかなと言われた。なんでだ。
「ようやく、麻衣って覚えたのに。ああでも、今新しく聞いたから大丈夫かな」
「そんなに俺の名前うろ覚えだったの、おまえ」
「そうだよ。まあ君がそばにいなかったからだと思うけどね」
逃げ出したことや記憶を消したことを責められている空気ではなかったけど、なんとなくごめんと謝った。
「僕のことを助けてくれてありがとう」
「?」
「ポートキーに触れていたら、どうなっていたかわからない」
「ああ」
俺の謝罪に対してセドリックは首を振って微笑んだ。どうしてお礼を言われてるのかわかんなかったけど、後に続いた言葉で理解した。
「でも俺は色々と、セドリックの気持ちを踏みにじったんだと思うよ」
「そうかな」
「そうだよ。だってセドリックは、あの大会に出たがってた。すごくね」
心根は勇敢だが引っ込み思案な奴だった。そんな男が出たがった大会で、優勝候補にまで上りつめて、本当に勇敢であることを示そうとしたのを、俺は台無しにした。優勝杯をとってくると、あの夜真剣な目で語っていたのを、俺はまだ忘れていない。
「ふうん、でも僕はそういう気持ちも特にないな」
恋の奴隷をつくる魔法はそこまで都合よく効くのか。そう思って若干怖くなった。
記憶を消すだけではあきたらず、欲を捻じ曲げたような、あるいは信念を砕くような。口の中で謝罪をもう一度繰り返した。
今のセドリックに謝っても仕方がない。そして前のセドリックの気持ちはもう二度と戻ることはない。謝ることもできないんだろう。
「で、どーして日本にきたんだ?」
「あれ手紙に書いてなかった?」
魔法界から持って来たお土産をどっさりリュックから出しているセドリックに聞く。
「いや、魔法界は危険だからしばらく日本にセドリックを滞在させてほしいって書いてあったけど」
「そうみたいだね」
「それだけ?仕事は?決まったって聞いてたけど、そろそろ始まるだろ?」
「うん、辞退したんだ。しばらくは、そうだな、日本に留学ってことになる」
「ほー……、それはなにか、日本語学校とか専門学校に通おうとか」
「ないない、観光したいな、僕。日本って初めてきた」
「ビザ取って来たんだろうなあお前」
俺、不法入国の外国人なんて家にかくまいたくねえ。
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”Mydear”がようやくここで出てくるという。
こっちはMywizだから、僕の魔法使いちゃん(笑)という意味なんですけどね。
主人公は多分バーベキューがしたい。
May 2017