My wiz. 41
三日後、普通にオフィスに顔を出したら安原さんがいた。あ、そうだ、安原さん正式にバイトになるんだ。
「もしかして、俺はクビ……」
「違いますよ!?違いますってば」
顔を出して早々すすすっと帰ろうとした俺を安原さんは焦りつつも引き止める。カランコロン鳴りっぱなしのドアベルに反応して奥の部屋からジーンが出て来た。
「おせわになりまちた」
「もしもーし」
「?どうしたんだ」
「あ、はい、荷物はすぐに持って帰りまする」
ジーンに微笑み、俺はそっとオフィスの中に入って自分の机の方へ向かう。
安原さんが慌てて追いかけて来た。
「何を騒いでいるんだ。ああ、か。お茶」
ジーンはよくわかってない様子というか、俺と安原さんがじゃれてるだけと思ってたみたいだ。いや半ばふざけていたけども。
ナルが顔をしかめて出て来たことで俺たちの寸劇は終了し、素直に給湯室へむかった。
というか安原さんがバイトになったなら、お茶だって入れてもらってればいいのに。先に来てたんだしさ。まあいいけどさ。
ぷすんと鼻息を立てながらお茶の準備をしていると、安原さんがやってくる。
「東京にはいつ戻ってたの?」
「谷山さんたちが出た日に、同じように帰りましたよ」
まあそうだろうな。俺たちを気にして泊まったんだもんな。先に帰ったのは悪いかなあ思ってるけど、あんまり悪びれないことにした。
「綾子、怒ってなかったあ?」
「アハハ」
否定はされない。次会った時にほっぺをつねられる覚悟はしとこう。もにもにマッサージした。
「まあなんか、話してくれることは期待してましたけど」
「話すことねえ、うーん、とくにないんだけどな」
俺は頭をガリガリかいた。あれ、安原さんなんか微妙な顔をしてる。これは、携帯電話持ってないっていった時の顔だあ!
「あの、いや、話したくないわけじゃなくてな?特にこれといっておかしなことはないというか、俺にとって何の問題もなくて、何を話せっていうんだっていう感じ?」
「……そうなんですか?」
あれは本当にただの事故というか手違いのようなもんだ。ちくしょう記憶消すべきだったかな。いやでも無理だ、セドリック動かしたりしないといけなかった。あ、隠す呪文使えばよかった?あの時の俺のバカ。
「谷山さんと渋谷さんって、イギリスにいた時に会ったんですよね」
「ああ、うん」
ナルにお茶を出すついでに今日は自分のも用意した。
セドリックのことはイギリス人って紹介はしたけど、安原さんの口ぶりから察するにジーンとナルの正体がバレてるみたいだ。
この時期だったなあとぼんやり考えながら、カップをテーブルにおいた。
「谷山さんは前に通っていた学校がイギリス?」
「そうだよ。ナルたちから聞いたの?」
「大体は。でも前に、今の学校に来るのに手続きが手こずったって言ってたでしょ、日本の学校じゃなかったとしたらそれもわかるなって」
あとは、俺が英会話してるところを見たことがあったからうっすらわかってたみたい。
ナルとジーンの正体に見当がつき始めたときに更に合致したんだと思う。
「ふむふむ。これでなんとなく、みんなの秘密がわかった気がします」
「え〜何秘密って」
秘密というよりも、まだ見えない何かってだけだ。
「セドリックさん?は今どうしてるんですか?」
「あーうちにいる」
「夏休みだから観光?」
ジーンが会話に加わり、俺はぶんぶん手を振った。そんな呑気な理由じゃない。いや、当の本人わりと呑気だったな。観光したい言ってたわ。
「いまあっち揉めてんだって」
「え」
「家庭のじじょーってやつ?だから避難してんの」
「どういうお宅なんです、それ」
「俺もよくしらない。でも俺が家庭のじじょー、ほら、お母さん死んじゃった時とか、あいつんちにお世話になったから、今回しばらく預かってっていわれてる。お互い様ってやつ」
「そうなんだ」
長期休暇中に日本に帰る理由がなくなった俺は、セドリックの家に滞在させてもらってたから、これは本当。
ただ家庭の事情ではなく魔法界の世情というのが理由でもある。ま、言わないでいいだろう。というか言い様がないともいう。
急に一人世話することになるなんて大変に聞こえがちだけど、別段俺に不都合はない。おじさんは充分な生活費を持たせていたし、セドリックはテントを持って来たので部屋は狭くなっていない。むしろテント広すぎて俺の分まで部屋がある。旅行にもってけるね、やったあ。
「ところで、携帯電話が不通のままなんだけど」
「おえ?あ〜携帯電話…ずっと、まっくろ」
ジーンがちょっと咎めるように言う。そりゃ不通だ。電源が入らないんだもの。
「海に落ちたんだからそうなるでしょう、ショップに持って行ってみました?」
「ううんまだ、そのうち持ってくよ」
安原さんが優しく、現状を聞いてるんじゃないんだよって言いたげに解決策を教えてくれる。わかってらい。
なんか携帯ショップすごい待つし、面倒だし、なんか苦手なんだよなー俺。別に怖くて行けないとか人見知りしてるとかじゃないけど、億劫というかさ。
へらっと笑ってVサインしたら、仕方ないなあという顔で笑われた。
ナルは仕事のことで連絡がつかないと不便だから早く直せ、と文句をつけていたけど聞こえてないふりをした。いやあ全くもってその通りなんだけどね。
あとからぼーさんや綾子たちも来て、恒例の慰労会が開かれた。
先に帰ったことで案の定綾子にほっぺをつねられたけど、ジョンがあわあわと止めてくれてお咎めはそれで終了だった。減刑感謝いたす。
「明日も来る?」
「うん」
慰労会のあとジーンに頼まれて一緒に資料室の整理をしていた俺は、確認を取られて深く考えずに頷く。ジーンもなんてことないように納得して、俺にファイルを渡してきた。
「なんかあんの?これの続き?」
もともと整頓された資料棚だった。探している資料がいくつかあるから、整理しながら確認してるんだけどほとんどが見つかり残すは後一つ。ちょっとあたりを散らかしてしまったから、後片付けを明日やろうってことかな。
「イギリスに帰るのかと思った」
「帰るも何も……俺んちこっちだから」
「そうだったね」
もっとスケールでっかいことを聞かれていたみたいだ。
「そもそも、魔法界は今大変らしい。イギリスには近寄りたく無いな。まあ日本が安全かはわからないけど」
「そんなに?」
「おとぎ話みたいだけどね、悪い魔法使いがいるんだよ」
ははっと笑いながらスチール棚に詰め込まれたファイルの隙間をあけて、持っていたものを差し込んだ。
悪い魔法使い、と小さくつぶやき口ごもるジーンは新しくファイルを持って資料の内容を確認している。
「まあ勇敢な魔法使いが多数いるから、倒されるとは思うんだけどー」
「…も戦うの?」
顔を上げたジーンは資料を覗き込んでいた俺を見た。
「俺はこうなると知ってて、逃げてきたんだ」
近くにあった顔から逃げるようにしゃがんだ。なんとなく視線を感じてたけど、結局何も言われることもなく作業は続いた。
十分もしないうちに最後の探し物はみつかり、俺たちは手早く棚に荷物をおしこむ。整頓は明日でいいそうだ。
「彼はを連れ戻しにきたわけじゃないんだよね」
「ああ、うん。俺を連れ戻したって大した戦力じゃない」
資料室から出ようとした時に、話がぶり返された。もうやることがないので手持ち無沙汰に、シャツの裾を直しながら答える。
「でもいざというときは、行くんだろう?」
ジーンから指摘された言葉に再び息をのみ、笑ってしまう。うん、と頷くと傷ついたような顔をされた。
どうしてそんな顔するんだ。
「の恋人?彼って」
「はあ?」
言いにくそうな顔で問われて、あまりにもでかい声が出た。顔が歪んでいる自覚もある。
「それか、前に付き合ってたとか」
「友達だよ。一番仲が良かった」
俺のことをマイディアと呼んだからかな。笑ってみせたけどちょっと困った顔になった気がする。
「……告白されたけど」
目を見開いたジーンは声に出さずに相槌をうった。
「俺はこたえなかった」
「どうして」
「それどころじゃなかったし、考えらんなかった」
ドアによりかかってうなだれると、こめかみをかるくぶつける。
あの時向き合わなかった自分をジーンに見せることで、慰めてもらいたかったのかもしれない。それとも、俺を探して日本までやってきたジーンを牽制しているのかもしれない。俺はあんまり良いやつじゃ無いんだよって。
「セドリックに死が迫ってた。それだけをどうにかしたくて、魔法をかけたんだ」
自分でもなぜこんなことを話しているのかわからなかった。
「どんな魔法?」
「人の心を操る魔法」
小さな声でふりしぼる。
「ある特定の行動をさせたら死ぬとわかってたからそれをさせないようにした」
「ふうん」
俺が罪悪感たっぷりに語るので、ジーンは首をかしげた。これだけ聞いたら、そんなにいけないことかって気になるかもしれない。
「そもそも服従の呪文っていうのがあって、法律上使っちゃいけないんだけど。それの代用でもあるかも。ただし条件は相手が俺に片思いをしていること」
使えるのは一度きり、使った後は恋の記憶は失われる。そこまでいうとジーンは目を見開く。
俺との出会いの記憶を消してやろうかと言った時、ジーンが即答で嫌だといったのは印象的だった。性別を勘違いしていたし、今の俺がこんなだから、できれば忘れたいんじゃないかなあと思ってたんだけどさ。
「こんな話してごめん、……謝れる相手がいなくて、くすぶってたのかも」
黙り込んでいたジーンに仕切り直しとばかりににぱっと笑って見せる。
ゆっくり首を振ったジーンに安心してしまった。
「僕と初めて会った日、魔法を使った?」
「ん?いいや、ある程度の年齢にならないと学校の外で魔法は使っちゃいけないから」
「そう」
「二度目に会えた時、すごく嬉しかったんだよ」
ジーンははにかみ、ありがとうという。いやこれ、生還おめでとうというだけの話じゃ無いんだぞ。
「ジーンは俺の言葉だけで、信じてくれたんだろ」
「でもそれは、の言葉がそもそも魔法だったんだと思う」
「あはは、なんだそりゃ、え、そうなのかな?」
俺の言うことは当たる、みたいな節が最近出てきているからそんな気もしてきた。
へらへら笑って、今度こそドアノブに手をかけた。
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主人公はどんな事情であれどんな記憶も、人に消されていいものではないのだと実感しています。
恋をしてたかもしれないけど、良い思い出となっているわけでジーンはあれを消して欲しいとは思わない。
June 2017