I am.


My wiz. 42

夏休みが終わっても、冬が来ても、セドリックはもちろんうちにいた。
魔法界で俺が未来を変えたのは多分セドリックだけなはずで、なおかつ俺だけが未来を知っているから、こうして二人で日本にいることは正しいんじゃないかなあと思う。安全を保障することはできないけど、関わりは薄い。
そもそも俺が日本に戻ったのは、セドリックにかけた魔法の罪悪感やこれから起きる戦争に対する恐怖心だけじゃない。俺はいない方が正解だと思ったし、校長先生やスネイプ先生との相談のものとそうした方が良いという結論に至ったからだ。
あとは、ジーンに出会っていたからっていうのもある。

どちらの世界が俺にとって正しいのかはよくわからない。いや、どっちも正しいだろう、実在するんだから。
選べないんじゃない、手放せない。
きっと全部終わったら選ぶときがくる。
いや、選ぶも何もないかもしれない。俺は日本で暮らしたいし、魔法界で就職しようとかはあまり考えてないから。魔法使いのままではいるけど、マグルの世界にいるつもりだ。
それでもってゴーストハントはバイトだから、そう長くはやらないだろう。
「あれ、そういえば2年じゃなかったっけ?」
「なにが?」
思わず口を出た言葉に、綾子がこてんと首をかしげる。
今日も事務員としてアルバイトに来ていたが、仕事してるんだかしてないんだかわからない大人たちが遊びにきてた。うん、仕事してないな。ぼーさんと綾子がご所望なのでインスタントコーヒーを安原さんがいれてきてくれて、暇ではあるが真面目にお仕事をしていた俺とジーンも一緒になって休憩することにした。
「ぅあっづ!」
「熱いですよ〜」
「大丈夫?ぼうっとしてるから」
「なにが2年なんだ?」
ずずっとコーヒーを飲もうとして火傷した。うちの事務員と調査員は心配してくれたが、ぼーさんはけらけら笑ってから話を進める。別に良いけどさ、大げさにしなくても。
「いやあ、たしか2年でイギリス帰るって言ってなかった?」
舌先がじくじく痛むので他の部分を噛んで気を紛らわした。
火傷しちゃったからぬるくなるまで放っておこう。マグカップを置きながら、ジーンの方を見るとああと思い出したような顔をする。それで良いのか。
綾子もぼーさんも安原さんもそのことは知らなかったらしく、えっと声をあげて体をこっちに乗り出してくる。
「帰るとは言ってない、とりあえず2年間分室をおくことにしていだけで」
「あれ、でも2年経ってますよね?」
「うん。日本の心霊現象に興味が湧いたから、半年くらい前に維持の申請を出していたんだ。この前許可がおりて存続が決定した。改まって言うこともないかと思って」
「へえ〜」
なんだ、終わるのかと思ったのに。
そう思いつつも別れがこないことに少しだけほっとした。
ゴーストハントに関しては終わりがあまり明確じゃない。どの事件が最後だったのかは俺も曖昧だったし、多分もう知ってる事件はないはずだ。ただ、俺が読んでいた頃よりも後に物語があったのならわからない。
このオフィスが閉鎖されたら終わりだろうなと思ってたので、現実はそうあっさり引くものじゃないんだなあ、とか思ったわけだ。
「だから、これからもよろしく」
「よろしくお願いします」
にっこり笑うジーンに、俺たちはみんなぺこりと頭を下げた。

ジーンたちとの別れが想像できなくなった。このオフィスでバイトをしなくなったらきっと、綾子やぼーさん、ジョンや真砂子とも会うことはなくなるのかもって思ってたんだけど、そういう可能性はどんどん消えていく。
だって俺は日本にいるし、渋谷だってよくくるし、オフィスの下のカフェでお茶すれば良いんだ。連絡先は知ってるし、ジョンはたまに教会のお手伝いをしてみないかって声かけてくるし、安原さんはバイトの後に渋谷や原宿をぶらぶらしたりもする。真砂子と綾子は一緒にショッピングすることもあるみたいで、お茶する時に俺を呼び出してきたこともあったっけ。
ぼーさんづてにタカと笠井さんと連絡先を交換したから、ぼーさんのライブに行ったこともある。
───知っているけど空想だった世界が、ようやくひとつ、身に沁みた。
未来がわからない状況になってはじめてそうなるんじゃないかと思う。もちろん、現実感は最初からある。でも未来を知っているからこそ負担や些細な違和感があった。

あとひとつ、と思っていた矢先のことだった。
、ダンブルドア校長先生が亡くなった」
雨の日、学校から帰って来た俺は傘を外に立てかけて家のドアを開けた途端、同居人に訃報をしらされた。開いたままのドアの向こうで、雨足が強くなった。
「ああ……そう、なの?え?」
一歩家の中に入って、腕をぶらんと投げ落とした。支えを無くしたドアが背後で閉まる。
校長先生から最後の手紙がきたのは一年前だ。もともと頻繁にやりとりをしていたわけじゃなかったし、あの手紙が最後の手紙になるとわかってた。返事を送ったけどそれに対する返事もなかった。いや、返事が必要な内容ではなかったと思うけど。
分霊箱の存在を聞いていたし、それによって校長先生の体が蝕まれていくことも知っていた。
特別な杖の所有権を手放すべく、死ぬ手はずだということも。
「……ほんとうに?」
「うん、父から聞いた」
「そっか」
よたよたと廊下を歩く俺にセドリックは手を伸ばす。
「冥福をいのろう、
「ああ」
あたたかい手が肩に置かれて、目を瞑った。
背の高いセドリックは俺を抱き寄せる。ひたいに頬があたって、息遣いが伝わって来た。
なんだか昔に戻ったみたいで、より一層かなしかった。

「僕が最後に校長先生に会ったのは、日本に来る少し前のことだった」
「それって卒業した後?」
「うん、知りたいことがあったから」
おもむろに離れ、セドリックは話し出す。
ちゃんと話す時が来たのかなと腹を括ることにした。
「俺のこと?」
セドリックは苦笑して頷く。俺はうつむいてしまった。だめだ、顔をあげられない。
でもシークレットクラッシュ、と呟かれてはっとしてセドリックを見る。俺の耳には日本語に訳されず、そのままの言葉が入って来た。
校長先生はヒントといいつつほぼ示唆する言い回しをしたようだ。訃報を知って落ち込んだばかりだというのに内心あの野郎とちょっと思わなくもないが、全部俺が悪い。わかってる。
「やっぱり、片思いだったんだ、僕の」
「ごめん」
「謝らないで」
「あ、ごめ、いや、違う」
「責めるために来たんじゃないんだ」
俺は泣き出しそうな顔でもしてるのか、セドリックは両肩を掴んで、諭すように瞳を覗き込む。
お前はどこまでも優しいやつだな。
「でも多分、これを聞いたら君はまた自分を責めるかもしれない。先に謝るよ、ごめん」
「なに?……言って」
「僕は守護霊が出せない」
「どうして」
「君が僕の幸福の先にいるんだ、マイディア」
顔を覆った。どんな顔をしても、セドリックに悪いと思った。
ちょっと泣きそう、いや俺が泣いてどうするんだ。
「先に?」
「僕の幸せな記憶は……小さい頃に家族で行ったピクニック、楽しかった」
「うん」
「草木がとても綺麗で、空気が心地良いんだ。そこに僕は今度、誰かを誘いたかった」
相槌は打てなかった。涙も言葉ものみこんだ。
「学校に入ってうんと楽しい思いもしたね。でもすぐ隣にいる人の顔が思い出せない」
顔を覆う手から力が抜けた。
俺が言うことは許されないだろうけど、新しく好きな人ができたら、その幸福の先にあるものが確立されるだろう。俺じゃない誰かの存在で、明確に。そしてきっと、その愛から白銀の動物が生まれ出る。
くにゃりと曲がった指を眺めながら考えた。
「気持ちの作り方が違うのかもしれない、自分の思い描く幸福が少しずれているのかもしれない、そっちの可能性の方が高い。でも、君に会えば何か変わるのかもしれないと思った」
「会っても、出せなかったんだろ?」
もうすぐセドリックが日本に来て一年になるが、今その話を謝ってからするのはそういうことだ。
「うん。……僕は君に会いたいと思っていたけど、それ以上に力が欲しかった」
「そうか」
ようやく会いに来た理由に合点が行った気がする。
ハリーがダンブルドア軍団なるものを作って守護霊を出す訓練をしていた時、セドリックもそこにいたんだろう。もどかしかったに違いない。
「悲観しないでほしい、僕はちゃんと幸福を見つけたいと思っているし、に命を救われたことに感謝してるんだ」
「わかった、かなしまない」
なんとか笑って答えた。うそだ、かなしい。
「命があって、幸せがある、僕はそのことをちゃんとわかってるよ」
ハグされて、心からの感謝を言われて、なんとか堪える。
俺はこの時、何かに失望した。明るい未来に、過去に、自分に、そして世界に。
それでも諦めることはできなかった。俺は自分のためにも、魔法界のためにも姿を消してここにいたけど、そうではいられない。
セドリックからこれ以上何かを奪うことはできない。セドリックのために何かできることをしたい、そう思った。
「───帰ろう、魔法界へ」

学校の休学届は滞りなく受理された。もともと長いことイギリスに留学していたこともあって、当時世話になった人が亡くなったことや、その周囲の人が手伝いを要していることを説明すると反対されなかった。俺はそれなりに優等生だったし、この学校は生徒の自主性に対して心が広い。
セドリック自身はそう急いでないというので、一学期は学校に通うことにした。先にイギリスに戻ればとは言ったけど、一緒に行くというので今も俺の家でのびのび待っている。いや、好きにしてくれていいんだけどさ。
そういえばあいつは飛行機で帰るのか、魔法で帰るのか。チケットを取る前に確認しよう。

バイト先では案の定顔色を変えられた。リンさんまで驚いてくれたのはちょっと面白かったんだけど、ジーンに至っては青白い顔をさらに白くさせやがって、大丈夫か、血ぃ足りてるか。次の差し入れはカップケーキではなくレバーにしよう、そうしよう。
「深刻な事態になってるのか?」
「あ。いやそうでもな……いのかな、その辺は知らないんだけどさ」
反応の薄いナルはちょっと眉をしかめた程度で理由を問う。
多分ジーンに魔法界が荒れてるってことを聞いたんだろう。あとは、いざとなったら戦うとかいう話をしたことも。
「今の所参戦して欲しいとか言う声かけはないんだけど、事情が事情なので」
「話す気は?」
「ふくざつ〜」
「もどかしいな」
複雑な気持ちではなく、内容が複雑なだけである。
ジーンは落ち着いたようだけど、納得いかない様子だ。
「そう心配することないよ、戦うよりは探し物をしに行くようなもんだ」
「探し物?」
「うーん、記憶?」
積極的に呪いを解こうというんじゃない。そもそもあの呪いは実行してしまったので直しようがないと思う。専門家じゃないのでわかんないけど。
たとえばそういう専門家がいるんだとしたら、その人を探すつもりだ。
無理なら、新しく幸福な記憶を。守護霊を探しに行くとも言うし、愛を見つけに行くとも言えるかも。まあ目的が漠然としてるので説明がしづらい。
「どのくらい行くんだ?」
「わかんない。でもすぐには帰ってこらんない」
ナルは顎に指を滑らせて少し考えた。それからすぐにわかったと答え、ジーンはナルの方をちらりと見る。
一応所長はナルなんだもんね。
「こんな俺を雇ってくれてありがとう、まだ一ヶ月くらいはこっちにいるから、今まで通りに顔出すね」
安原さんに仕事のひきつぎしないと。あでも、そんなに大変な仕事は受け持ってないや。


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イギリスには行かないわけがなかった。
主人公が幸福そのもの、というわけでもないけど、ひっかかりを覚えているという点では弊害になったのではと。そしてやっぱり人の記憶を消してしまったことを後悔するんです。
June 2017

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