My wiz. 43
急ですが一身上の都合により、来月からしばらくイギリスに行くことになりました。渋谷サイキックリサーチのバイトは今月いっぱいです。
ナルが怒るので遊びに来るのはダメだゾ。
この携帯電話も今月いっぱいで解約することになります。イギリスに滞在する期間は未定なので、帰って来る時期は答えられません。
無理にとは言わないけど、連絡先は変えないでいてほしいなーなんて。
帰って来たら連絡します。
今月中、会える人がいたら会いましょー。
というようなことを、一斉送信でバイト関係者たちに送った。
案の定ガンガン連絡がきた。聞かれたら理由は答えるつもりだ。
恩師の不幸があったことと、世話になった人のおうちを手伝うことになると。でもみんなは聞いてこない。助かる助かる。
遊びに来たらダメだゾって言ったのに、いつもオフィスに顔を出すメンバーがオフィスに遊びに来た。いや、うん、挨拶する手間が省けたかな。
「あんたイギリスではどこに住むのよ」
「セドリックのおうち」
「家庭の事情で荒れてるんじゃなかったのか?」
「ひと段落ついたっぽいね」
綾子とぼーさんは寝泊まりするところに困らないかが心配だったようだ。パパとママは相変わらずやさしい。
「お手紙送ってもよろしおすか」
「おお、いいよ〜。えっとね、いま住所わかんないから携帯使えるうちに調べて送るね」
ジョンはこくこく頷いた。
「出発はいつですの?お見送りしますわ」
「ああ、25日16時の便〜来てくれるの?悪いねえ」
「23日はおひまですか?ご飯行きましょうよ。よかったらセドリックさんも呼んで」
「行く行く〜、声かけとく」
ちゃんと帰って来るって行ったし、キャンプ場であったときみたいな変な空気にはならずにみんなに挨拶ができた。
あと三週間、二週間、と時間がすぎていく。期末テストの結果が帰って来ると夏休みはすぐそこだ。みんなは浮き足立ち、俺も心なしそわそわする。
しばらく大変な時期を過ごすんだろうなあ。
21日の金曜日は終業式だった。半日で学校が終わり、いつもつるんでる友達がカラオケ行こうぜと言うので一緒に行った。土曜日はタカと笠井さんと遊びに行って、日曜日は最後のバイトで、夜はみんなで集合してご飯。
セドリックはちょっぴり日本語を覚えたといっても会話なんてできないので、オフィスで再会したみんなにははにかみと会釈で挨拶をした。
みんなの英会話聞いてみてえと思ったけどダメだ、日本語にしか聞こえない。遺憾の意。
ジョンが…訛ってない…とびっくりしたけどみんなにその感動は伝えられない。そもそもみんなはジョンの英会話が聞こえるんだろう。話を聞こうとしてなければなんとなく英語喋ってるの聞こえるけど、全然頭に入ってこないんだよなあ。頭に入ったら日本語に聞こえちゃうんだけど。ふ、ふくざつ〜。
「もう荷造りは終わってるの?」
「うん、あっちにある程度送った。部屋は明日引き払う」
「出発まではどうするんです?」
「空港の近くのホテルで一泊」
「へえ」
ジーンが隣に座って聞いて来たので答えてると向かいにいた安原さんも会話に入って来た。
反対隣のセドリックは喋りやすいだろうからとジョンをおいたので、今もちょこちょこお話をしてみている。
「おいおいおいおい、何の話してんだよ」
二人と話しながらへら〜っと笑ってたんだけど、セドリックとジョンの会話が耳に入り襟を掴んで軽く引っ張った。
そりゃ共通の知人が俺なんだからイギリスにいた頃の俺の話が出るのはわかるけども。
「何って、がバレンタインにチョコレート配り歩いてた話」
「よりによってそれ!」
何年生だったか、一度髪の毛を切ったあとくらいだった……寂しい男友達たちが可愛かった俺を偲び、お別れ会兼バレンタインパーティーを企画したのだ。参加費とチョコレート代を徴収してほんのり儲けたが、マクゴナガル先生に問い詰められて三点減点をくらった。愛は安売りするものではないとかなんとか。
衣装は親切な女子生徒が貸してくれた制服で、魔法薬で髪の毛を伸ばし、ハーマイオニーがリボンのヘアバンドをくれたのでそれをつけた。ついでにチョコレートももらった。あの年は女の子の格好をして練り歩いてやったので女の子が寄ってこず、もらったチョコレートが少なかったのは余談である。
「写真もあるよ」
「なんでだよ」
俺はおじさんの協力のもとセドリックの持ち物から俺との写真を消したはずなんだけど。
「スティーブンが大事にしてたの複写したんだ」
「大事に?……きも……」
「でも、チョコレートあげたんだろ?」
「たのまれたもん。あーそういえばあいつ俺の手ぇ触ってきたな」
大多数の男たちはせめて俺でいいから女の子にチョコレートもらいたい、あと微妙に可愛いのが笑えるっていうノリで参加してたけど、ほんの一部が俺にぽやぽやしてたと思う。早く現実の女の子みてって感じ。
英語で喋ってたので、ジョンとジーンがえっと声をあげて固まるけど、綾子たちはきょとんとしている。安原さんは苦笑なので、あんまりききとれなかったか、かろうじてききとって理解しての反応かわからない。
「あ、さんの学生時代の写真があるみたいですよって」
ジョンが慌てて、何の話〜と首をかしげるぼーさんに通訳した。詳細はほぼ通じてないが。
「今持ってますの?」
「いくつの時のよ、見せて見せて」
「あー15歳くらいじゃん?」
ジョンが見たいってと通訳してる間に後頭部をもりもりかく。
「なんだそれじゃ今とあんまり変わんねーんじゃ…」
一応四年くらい前になるから今よりもうちょっと小さくて顔もまるっこいかもしれないけど。
セドリックがにこにこしながら写真をぼーさんに差し出し、飲み物をのみながら受け取って固まる。
綾子がなになに、と覗き込み同じように固まった。あ、女の格好してるって言ってないもんね。
「これ、さん?」
「バレンタイン限定チョコレートエンジェル麻衣ちゃん」
真砂子が小さく驚きながら写真と俺を交互に見た。
白いレースリボンのヘアバンドにセミロングの髪の毛、うっすらお化粧はされたけど普通に幼い俺が、たいして喋ったこともない男にチョコレートをあげた後おねだりされて、へろりと力なくピースして笑ってるかわいそ〜〜なお写真だ。キュートだろ。
ちなみに、ちゃんと動きは止まっている。
「おまえ……おっきくなったんだなあ…もったいねえ」
「もったいないっていうな」
向かい側の席から戻って来た写真を受け取ると、今度はジーンが見せてって手を出すので渡した。
お前はあったことあるでしょうが。
「にそっくりだよ、みて」
「そもそも本人だろう」
多分記憶の中の麻衣はやっぱり俺にそっくりだったって言いたいんだろうけど、ナルが呆れた顔して写真を見下ろした。
「持ってるのはまあいいとして、なんでここまで持って来たんだよ」
「の友達ならみたいかなって思って」
案の定そうなったのでぐうの音も出ない。
セドリックは俺がここ数日友達とのお別れ会に参加しまくってたので、気を使いつつもちょっとだけ意地悪をしてるのかもしれない。俺はセドリックの面白い写真は持ってないし、ここで見せびらかしたとしても何の仕返しにもならないんだけど。
「いやあしかし、これじゃあジーンが女だって勘違いするのもわかるな」
「そうよね、会ったのはもう少し前でしょ?」
「うん」
「カップケーキ、ぴったりですね」
ジョンがふふっと笑った。俺たちがイギリスで出会ったことを知っているから、多分その時のことも聞いたんだろうな。死を示唆したことはどうだか知らんが。
それにしてもなんで?と首を傾げているとナルがにやりと笑う。
「まどかも言っていたな、カップケーキちゃん」
「あ?」
奥にいたリンさんもくすっとした。なんだなんだ。
俺がカップケーキ奢るよって言ったのは変だったのか?それともお金足りなかったからなのか?
「可愛い女の子、ゆう意味でおます」
意味を知らなかった俺と、ぼーさんや綾子はジョンが教えてくれた内容に大笑いした。
出発日、空港にお見送りに来てくれたみんなにちょっと嬉しくなってはぐはぐした。
真砂子はきゃっと軽く悲鳴をあげたのですんませんとは思ってる。ひっぱたかれないうちに離れた。
綾子もあたしまで!?とびっくりしてたけど、しょうがないわねって顔して背中をぽんぽんしてくれた。
だってだってえ、なんかうれしくなっちゃってえ。
はわわってするイメージだったジョンは、よく考えたら日本人より寛大だったので、耳に頬をすりよせてくれた。
ぼーさんはぐりぐりしつつも、力強く抱きしめ返してくれた。安原さんは安心の笑顔と優しいハグだ。
「みんな元気でね」
あんたもね、と綾子が優しく笑う。
俺とセドリックは何度か振り向き手を振りながら、ゲートをくぐった。
「ほんとうに、よかったの?」
「何でだよ」
すっかりみんなが見えないところまできたので、前を向いたままセドリックの問いに笑う。
守護霊が出せない原因が俺かもしれないなら、おおいに協力するってば。
「僕のことは、ほうっておけばどうにかなったかもしれないよ」
「ほうっておくもんか、友達だろ」
「ありがとう、マイフレンド」
「……フレッドとジョージにも会いに行こうな」
「そうだね、行こう。彼ら、会いたがっていたよ君に」
エイモスおじさんにしか帰ることを伝えていないので二人で急に行ってびっくりさせようかと企んだ。
ああ、クラッカー買ってくればよかったなあ。
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カップケーキって言い方はアメリカ風と聞きましたが……まあ英語圏の人は知ってるんじゃないかなと。
パンプキンもあるそうでね。ホグワーツでは先輩にパンプキンちゃんって呼ばれててもいいかな。パンプキンパイたべてたらウィーズリーお兄ちゃんたちにぷっと笑われて。
June 2017