I am.


My wiz. 44

また会おうと笑って、と別れた。彼は友人と共にゲートを通って、もう一度振り向いて手を挙げた。それから歩き出し、角まできて姿が見えなくなる前にまた振り向いた。少し背伸びして、人混みの間から僕らの姿を見つけて、手を挙げた。
声が聞こえなくてもまたねと言って入るのがわかる。
「行っちまったなあ」
「そーね」
姿が見えなくなったことで、ほんの少し肩を落としたぼーさんと声のトーンを下げた松崎さん。二人はしみじみと、遠くを見ていた。
僕らより少しだけ年上の彼らはどうにも、を子供扱いしすぎるところがある。彼はさほど庇護が必要な歳ではない。むしろ幼い頃から親元を離れて暮らしていたこともあって、経験豊かだし自立精神が旺盛だ。
もしかしたら、一人でも生きていけますという態度だからこそ、手を引こうとしてるのかもしれない。そういう気持ちはわからないでもない。
はたぶん、一人が平気なわけじゃないと思う。
一人になりたいと思っているわけでもない。


───放っておいてくれ、とが言った時のことを思い出す。昨年の夏の、調査の帰り道の出来事だ。
彼は唐突に現れた旧友の世話をしなければならなかったが、僕らは深い事情説明をもとめ、何か手伝えることはないかと躍起になっていた。
突き放すような言葉を吐き出した彼に、僕らの中の誰かがえっと声を漏らす。動けないでいるうちに、背中は遠ざかってしまった。

彼の周りには何層もの空気があった。
はたから見ていると、いつも笑顔で、誰にでも近づいて行くようなタイプだけれど一歩踏み込むとやんわりと人を退ける顔を持っていた。そこは妙に息苦しい、酸素の薄いところだ。
そばに行くことを拒否されているのかと思えば、後ずさってしまう。そして永遠に、本当ののすがたには気づかずに終わるのだ。彼の浮かべている明るい笑顔すらも、信じられなくなって。
「帰ろうか」
「……ん」
の去って行った場所は、水を打ったように静かで、松崎さんと滝川さんがなんとか口を開いた。僕もナルもリンも、があんな風に人を拒絶するのを見たことがなかったので少し驚いた。安原さんとジョンは、苦笑すらできずに俯いた。原さんは少し、泣き出してしまいそうな顔だった。
「僕は残る」
「は?」
ナルが顔をしかめて僕を見た。車に乗り込もうとしていたみんなは驚いた顔で振り向く。
のことは放っておけ、本人もそう言っていただろう」
みんな、の吐き捨てるような言葉が耳に残っていたのか、嫌な顔をした。僕に賛成する人は誰もいない。
「どうしてあの一言だけで、決められるんだ」
「なに?」
は今まで、こんな風に人を拒絶したことがあった?」
「ありませんわ」
原さんがぽつりと答えた。
でもその様子は、僕の問いの意味を理解した感じではなさそうだった。
なぜわからないんだろう。今までも、の孤独で自立した一面を見てきたじゃないか。それでも僕らがそばにいられたのは彼の浮かべる笑顔に、嘘はないことを知っていたからだ。彼のそばの、酸素の薄いところでは、手を伸ばしてくれると信じていたからだ。
僕たちはのそばで呼吸をしてきたじゃないか。
「あの言葉が本心だとは思わない」
が焦っていたことは誰の目にも見て明らかだろう。みんなも言われた言葉のショックから徐々に立ち直り始めている。
ただ、あくまで僕の意見は仮説であって、もう一度に会いに行ったときに拒絶されるのは怖いのだろう。
本当は拒絶の言葉を聞いた時、驚いてショックを受けている場合じゃなかった。怒ってやればよかった。かつては僕にそのようしたのだ。勝手に身を案じ、一人ででも帰った方が良いと言った僕に呆れた顔で反論して、「仲間はずれにするなよ、寂しいじゃんか」と背中を叩いてくれたのだ。
「会えなくなるよりはましだ、僕は残る」
頑として意見を変えない僕に、みんなは顔をやわらかくして同意した。ナルは呆れていたし、リンは戸惑いがあったようだけど、二人とも付き合ってくれたのでのことを結構好きなんじゃないかなと思った。

僕たちが残った結果、はとくに嫌な顔をしなかった。
偶然舞い込んできた依頼のおかげもあるのかもしれない。仕事であるならば、滞在理由にもなる。ぼーさんたちが朝誘いに行くとあまりにもあっさり手伝うと言ってくれたらしい。
拒絶の理由は、本当にただ気を使っていただけだったのだ。
説明できないこともあるだろうけどそれ以上に、自分に付き合うことはないと言いたかっただけで、僕たちを突き放す言葉になったのは焦りから。
だからほんとうのは、今見えていると違わないのだ。



空港での見送りの後、オフィスに戻った僕たちはの話をした。ナルとリンは相変わらず付き合いがよくないのでそれぞれ別室へこもってしまったけど、ナルが文句を言わないのはこの2年で変わったところだと思う。
の話というのは、イギリスへ行く理由とか帰ってこられる時期とかではなくて、結局明らかにならなかったの守護霊のルーツや、予言に関することだ。
僕も魔法について詳しくは知らないけど、守護霊が単なる守護霊ではなく彼の魂や感情からくるもので、ESPというよりはPKに近いのではないかと、僕の知識と照らし合わせて考えていた。
そのことを話すと、ぼーさんたちは確かにと納得の姿を見せた。
「予言に関してはESPなんですかね、測定はできなかったんでしょう?」
「機械がに合わなかったというか、が測定を拒んでいたのかも」
僕らは大概PKやESPに当てはめてしまいがちなので、あまり分別するのもよくないのかもしれない。
でもそうしてのかたちをとりたいのだ。
「そもそも予言って、だいたいどれほど当たったんだっけ」
「最近のでは、吉見家の海ですかね?落ちるとは言ってなかったけど……」
「目立つものですと、美山邸の吸血鬼についてかしら」
「あれはなあ、うん。あとはなんだ、緑陵でもやけにヲリキリ様を気にかけてたくらいか?」
あいまいなものが多く、こうしてみると予言とは言い難いと気がついた。
けれど僕らもそう思っていながら、の言葉には力があると確信を持っている。
「たいしたことないじゃない」
「うん。ほとんどがたいしたことないものなんだ」
松崎さんが緩く笑ったので、僕も同意する。ときたま大当たりすることがあって、それが友人や、僕の死を予見するものだったりするから無下にはできないが、普段はなんてことない偶然にしか思えないものが多い。
「僕は予言というよりも、言霊に近い気がする」
「というと?」
とイギリスであった話はしたよね」
「ええ」
ぼーさんと松崎さんが相槌をうつ。
日本に来た理由にを持ち出してはいなくて、ただイギリスにいた頃に偶然出会った話をした。だから僕が女の子だと見間違いをしただけの認識でみんなはいたはずだ。
「あの時僕は彼に事故にあって、死ぬ……殺されることを示唆された」
全員が目を見張る。
「どういう風に?」
「すごく驚いているようだった。僕の顔を見て、まず名前……愛称を当てたんだ。ジーン?と」
真剣に聞き入るような顔をした面々を前に、当時のことを思い出す。
慌てて言葉を選んでいたけれど、急にその時理解してしまったかのようで、取り繕えずにストレートな物言いになっていた。死ぬかも、殺されるかも、場所や日付なんかはわからない、と。
でも、なんとか助かって欲しいと必死だった。
「おそらく本人も、こんなことがわかるってことに対して慣れてないんだろう」
その数年後に日本へ行き、ふと彼が言った言葉を思い出した瞬間事故にあいかけたのだ。死んでいたかもしれない、というのは回避したためわからないが、彼の言葉を思い出して振り向いた瞬間に猛スピードで車がやってくるのだから驚いた。
「でしょうね。でもそれこそ予言、予知になるんじゃない?言霊とは違うような」
「うん。ただ、その後彼は僕に、対処法を授けられない代わりに、言ったんだ」
友達がやって来て、去り際のことだった。
行かないでと引き止めた僕の手を握りしめて、瞳は真剣ないろをしていた。
「生きてまた会おう、って」
には、この言葉が鍵だったのではないかと言わなかった。本人はどこまでも無自覚に言葉にするのだから、言っても仕方ないと思うし、負荷をかけるのも忍びないと思った。そもそも、意識せず溢れてくる彼の切なる願いだから、叶うのだろう。

かつてヴラドに相見え 、死の影に覆い尽くされそうになったがこぼした、「しぬのか」という、死を肯定するようなところを見て以来ずっと怖かった。けれど僕は彼が初めてあった時に口にしたまた会おうという言葉と、イギリスへ旅立つ間際に何度も口にしたまた会おうという言葉を信じている。
彼は魔法使いだ。
だからまた会おうという言葉は、きっと呪文となり僕らとを引き合わせてくれるだろう。
なにより、がそう望んで口にしたのだから、きっと彼は帰ってくる。
僕はそう信じて、を見送ったのだ。


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主人公は明るく見えて実は人にそんなに関わろうとしないという側面があるけど、裏を返せば別に普通に見た通りというか、人並みにひとりぼっちは寂しいよっていう。
June 2017

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