Salad. 02
通学中の電車内から、ホームにいる幸村先輩と目が合っていた。
いつもならぼんやり外を見ていたり、人の足元とか見がちなんだけど、この日はたまたま顔を上げて、目の焦点が近くにあった。
ドアが開いて乗り込んできた幸村先輩に、はにかみながら挨拶された。
ネクタイがほぼ結べていないので寝坊したんかな。
一方本人はネクタイよりも後頭部が気になるもよう。
「ねぐせ?」
「あはは、恥ずかしいな……ちょっと寝坊して」
そろっと身をよじると、慌てて頭を押さえた。俺に顔を向けて、けして寝ぐせを見せてくれようとしない。
そんなにひどくないよーって言ってあげようかと思ってたけど、俺に慰められてもなんの足しにもならないだろう。
あんまり見ないであげようね、と深追いするのをやめるつもりが、どんっと背中を押されて幸村先輩の方へ踏み込んでしまった。先輩のシャツに、俺の前髪がかすった。
「わ」
「大丈夫?」
後ろを人が通ったみたいだが、わざわざ振り返って見るほどでもない。
それよりも至近距離に入り込んでしまったので小声で謝り、もぞもぞと態勢を整える。
混み合った車内ではいつのまにかスペースが変わっているので、下がるに下がれなくなった。
わかってくれるだろう、とそのままの距離に居させてもらうことにする。
幸村先輩は目のやり場に困るのか、俺の顔ではなく肩とか、違うところを見てるみたい。
がたっと揺れて、また軽く幸村先輩との距離が近くなると、今度は鞄を抱えてる手にネクタイが垂れてきた。
何も考えずにネクタイにじゃれついていたら、幸村先輩が居心地悪そうに俺を見てたのに気が付いて、エヘヘと笑って誤魔化した。
混雑する電車から降りて、人の流れに乗った。
幸村先輩はさりげなく前を歩いてくれるので、後を追うだけで人を避ける必要もなくスムーズに改札まで行けた。
寝ぐせはばっちり見てしまった。ぴょこんと跳ねていて可愛いモンだと思うけど、指摘はしない。
「今日は朝練ないんですねえ」
「あ、うん」
何となく隣を歩きながら学校へ向かうことになる。
どちらかが知り合いを見つければ離れたのかもしれないけど、あいにく俺は周囲に見当たらなかったし、幸村先輩もそうみたい。
「この時間、たまに幸村先輩見かけてました」
「俺もだよ」
俺たちは明確に接点がなかったけど、今までも互いに認識はしていたらしい。
「一回、鞄の中身落としてたの覚えてる?」
「あ!あの時ペンケース拾ってもらいました!!」
そういえば入学してすぐくらいのとき、定期を取り出すのに慣れてなくて、鞄から引っ張り出した拍子にいろんなものを零すハプニングに見舞われたことがある。
それで、落とした荷物を改札の前で慌てて拾ってるときにペンケースを拾ってくれて、ノートの上にぽんって乗せてくれた人がいたはずだ。同じ制服の男子生徒だったことしか覚えてなかったけど、この人だったのか。
幸村先輩はそんなときから俺を認識してたのか……さぞ、俺は憐れだったのだろう。
「あの時寝坊してて、お礼もそこそこだったかも。改めてありがとうございます」
「いえいえ。すごい勢いで走っていったから、急いでたんだろうね。何か用事あった?」
幸村先輩がさほど急いでないのに、俺だけ急いでたと言うことは遅刻ではないんだろう。ただ何か予定があってそれについての寝坊だった。
「委員会で朝みんなで集まって草むしりがあった日だ思います」
「じゃあ、もしかして園芸委員?」
「はい」
「水やり当番とかもあるんじゃない?」
「あります。え、詳しいですね」
「去年は園芸委員だったんだ」
俺は、ほおと感嘆の声を上げる。
「残念、今年なら一緒だったのに」
幸村先輩と親しくしている、とまで言うほどではないが、俺はすっかり懐いた気でいた。自然と考えて口から出たことなので社交辞令とかリップサービスとかではない。
「うん、残念」
どう捉えられたかは、わからずじまいだ。
道中、幸村先輩の趣味がガーデニングであることを聞く。
そりゃ家のお庭の手入れをして、学校でお庭の手入れまでするとなるといくら趣味でもやりすぎかもしれないな。いや、嫌いになったとかじゃないんだろうけど。
「谷山さんはどうして園芸委員に?」
「人気がなかった委員会のなかでも、これならできるかなって思って」
流れで、植物を育てるのが好きなのかと問われる。
「谷山家では、豆苗を3回生やしますね」
ぐっと親指を立てて、えらそげに言ってみる。
幸村先輩の優雅な趣味とは違う感じするけど、家庭菜園もオシャレだし丁寧な暮らしといっても過言ではない。ないだろ。
「豆苗……育ちが良くて、見ていて楽しいよね」
「3回目はやっぱりちょっと、元気がなくて。栄養あげた方がいいのかしら」
親切に話を合わせてくれたので、園芸トークということで、相談までしたらさすがにギャグだと思われたみたいで笑われた。
「幸村君はよー……っす」
昇降口のところで、幸村先輩の知り合いっぽい人が隣に来た。
挨拶をしている途中で、横にいる俺が目についたらしく驚いていた。
俺も一応、ぺこっと会釈してみる。
「赤也のアネキじゃん」
幸村先輩と俺の、へっという素っ頓狂な声が重なり足を止めたところで、バタバタと駆け寄ってきた赤也が俺の肩を掴む。
「麻衣、お前先行くなんてずりーじゃん!!って、先輩たち、はざーっす」
「……オトウトよ」
「は?なに?弟って」
にかっと笑って先輩たちに挨拶してるおりこうさんな赤也は、いつの間にか俺の弟だったらしい。そりゃ、小学校どころか保育園からの付き合いだけれども。
キョウダイのように育った……いや、普通の幼馴染だな?
「てかなに?なんで先行っちゃだめなの?」
「起こしにきただろ」
「昨日頼まれたから仕方なくな」
「なら待ってろよ、俺が起きるまで」
「起きてこなかったのだあれ」
「もうちょっとちゃんと起こしてくれたらいいじゃん」
しばしば先輩らの前で身内トークを繰り広げてしまい、おいてけぼりにした。なるほど、こういうところがアネキに見えたのかもしれない。
「もー、お姉ちゃんにわがままばっかり言わないで!」
「はあ??」
先輩二人は俺たちのやり取りに、とうとう笑いだした。
よし、ウケたね。
丸井先輩とやらは、俺が以前体育着を忘れたときに赤也からはぎ取った「切原」と書かれたものを着ていたのを見たのと、赤也に姉がいると言う情報を知っていたことで、俺を双子の姉だと思っていたらしい。
「今のやり取り見てても普通にアネキじゃん」
丸井先輩はもはや俺を赤也のアネキのまま認識を改めないようだ。
「いや姉なんて思ったことねーっすけど」
「オヨメサンだと思ってたもんね」
「はあ!?!?」
「───じゃ、愚弟をよろしくお願いします先輩方」
本人は否定せずにぐうっと言葉に詰まってるところを見ると、覚えてるらしい。小さいころのオヨメサンの概念は、毎日遊ぶお友達と同じようなものなので恥ずかしがるこたあないぞ。
まあ先輩たちに今後、イジられることにはなるだろうが。
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柳蓮二が同じ小学校なら赤也もそうなんですわ……。そしたらもうOSANANAJIMIにする以外、選択肢はない。方程式によるとイコールでオヨメサンです。
立海の運動着わからん。黄色いアレは部活ジャージですよね?
Feb.2022