Salad. 04
園芸委員会の花の水やり当番が回ってきた。
いつもより朝は早めに登校して水をやる。たまに昼休みにもやるけど、この季節は涼しいうちにやった方が良いのだとか。
裏門近くの、壁に面したところに大きめの花壇があって、近くの水道に長いホースを取り付けたのをずりずりと地面に引きずって持っていく。
花壇の脇に、人が座っているのがみえて足を止める。体調不良かもと駆け寄ってみると、うっすらと目を開いた。
「いま、歌ってたのお前さんか?」
「うた……」
「鼻歌」
……してたか?
全く無意識だが、ハミングしてたなら多分俺だ。
「かも?しれません……?」
その人顔を上げて頭を壁にもたれる。
朝練をサボってるのか、体調不良のため休憩してるのかわからないけど、おそらく先輩であろうその人にどうやって退いてもらうか考える。
「あのう……花壇に水をやりたいんですけど」
「ん?ああ」
素直に説明をすれば、わりとあっさり立ってくれた。この人テニス部員だな、ジャージ姿でわかる。
「外周中でな、ちょっとサボリ」
「なるほど」
先輩は俺の足もとにしゃがんだ。いやそこ水が……かからないようにはするけども。
「あまり日陰にはなれませんが……」
「気になさんな、いざって時に隠してくれればいいぜよ」
いや俺の足だけで隠れられるわけねーだろ。
しゃべり方がこの辺じゃ聞かないイントネーションだけど、この学校いろんなところから生徒が来てるしな、と深く考えないことにした。
それにしても、サボりの片棒を担いでいるようでちょっと居心地が悪い。
ビミョウな気持ちになっていたら、じいっと猫みたいに見てくる目があった。
「さっきの歌、なんて歌?」
「え……わかんないです……何を歌ってたのか」
「……プリッ」
先輩は謎の言葉で締めくくってそれきり静かになった。
え、もう部活戻ってくれませんかねえ。
花の水やりを短縮するわけには行かなくてヘンな時間を過ごす。
そしてようやく終わったーと思って、先輩に挨拶をすると、のっそりと立ち上がった。
お?と思いつつホースをぐるぐると巻き取りながら、水道まで歩き出すと、なんと静かに後ろをついてきたのだ。猫にでも懐かれたんか……?
しかしホースを蛇口から外して倉庫に戻しに行く前に、猫は去っていった。
ニャんだったんだ?いや、やっと解放されたので教室戻って涼も。
数日後の昼休み、水やり当番ではなかったけど花壇の雑草取りの仕事があったのを思い出してやりにきていた。本当は朝やりたかったんだけど寝坊したのである。
「その歌、仁王も歌ってた」
丁度木陰になってるあたりの花壇で、ぷちぷちと雑草を取り除いているといつの間にか手元を覗き込まれていた。
周囲に人が居ないと思って歌ってたけど、その歌によって人が近づいてきた音も聞こえてなかった。
ぎょっとして見上げると、幸村先輩が俺を見下ろしていた。
何はともあれこんにちはと挨拶して、ちょうどいいので立ち上がって身体を伸ばした。
それにしても仁王って何?文脈からして、人だろう───逡巡してから思い出す。
「あの時のニャー、仁王さんっていうんですね」
「にゃあ?」
幸村先輩にヤバイものを復唱をさせてしまった衝撃を、そっと心の中にしまう。
俺の語彙力が能天気だったばかりに。
「いやじっとこっちを見てきて、ついてきて、いつの間にか消えてたんですよ」
怖い話をするようにして当時の仁王さんの行動を伝える。
「ああ……気まぐれなところあるから」
ぐいーっと上半身を逸らしてから、またしゃがむ。
手を止めてもいいんだけど、一応ノルマというか、時間内にある程度の整備をしないといけないので。
「いやでも、そんなに歌ってないはずなのに、よく聞き取れたなー」
「仁王に何歌ってたか忘れたって言ったんだって?」
ア、ハイと頷く。脳と口が直結してない時があるものですから。
「そのあと静かに様子を窺ってたらまた歌いだしてたらしいよ。声かけたらまた忘れそうだったから黙って聞いてたとか」
「こわい、何が怖いって自分がこわいんですよ」
幸村先輩はおそらく、仁王先輩からその話を聞いて真偽を確かめに来たのだろう。そして、本当だったことを知り、くすくす笑っていた。
知らない人が横に居るときに歌いだすなんて、アホが極まってるのでは?
それほど仁王先輩は存在感を消してたのかもしれないが、俺、多分終始なんだこの人はとか思ってたはず。
まあ鼻歌を歌う心理には色々あって、緊張を隠そうとしてるときというのがあるから。
もちろん普段は無意識とか、作業するときに集中しようとしてノリで歌うんだけど。
だからつまり俺は一瞬にして仁王先輩に気を許していたわけではないのである。
「───そういえば、どうして仁王先輩と鼻歌の話になったんです?」
「いや仁王がこの歌知ってるかって部員に聞いてたから」
「不名誉なエピソードがまん延している……?」
歌ってた鼻歌をド忘れする、そのあとまた無意識に歌うが気づかない、などなど。
「さすがに、谷山さんだろうなって気づいたのは知り合いくらいじゃないかな」
……知り合いにはもれなく俺がアホだということがバレてるので、ま、いいだろう。
「そんなに歌知りたかったんですかね」
「耳に残るっていってたし、俺たちも聞かされてから残ってたな」
「それはどうも、なんだか、すみません……?」
俺の所為ではないよな?と思いつつ謝っておく。
「それで、これなんて歌?」
「なんだっけ、タイトルタイトル、……Thank you for everything───」
歌いだしながらタイトルまで捻出したら、幸村先輩はキラキラとこっちを見てる。
え、聞きたそう。
「まいおりーたきせきー……え、続きいります?」
「ぜひ。雑草抜くの手伝うから」
「あ、どもです」
俺は歌いながら、幸村先輩はもくもくと雑草を抜くというおかしな空間ができてしまったんだが、記憶にある限りの一曲を歌い切るしかなかった。
「すごい、ありがとう、歌上手だね」
拍手してくれる幸村先輩は、それはもう嬉しそうにしてくれて可愛いとすら思えるんだが、俺は何をやってるんだろうな。
今の歌録音したいくらい、もっと聴きたい、と言ってくれる賛辞に、顔を覆いかけて汚れた手に気づき動きを止める。
「いやもう、やらなぃ……です」
「どうして?……気に障ったかな?」
「あ、先輩は別に悪くないんです。ただ、一人のために面と向かって歌うってなんか」
手の甲で、鼻の頭を押しつぶす。
俺の顔、今けっこう赤い気がする。
「告白しちゃった……みたいで」
幸村先輩は、少し目を見開いて俺の顔を凝視するので、余計羞恥心が掻き立てられた。
現に俺は歌詞の中の愛の言葉を幸村先輩を見てノリノリで一回言い放ったのだ。そしてだんだん自覚していく恥ずかしい空間。
これが本当の告ってないのにフラられるやつだ。セルフ失恋にずきんっと傷つく。
「俺───」
この時丁度良くチャイムがなったので、イカナキャ!と立ち上がり、手提げのごみ袋に雑草をかき集めて入れて、先輩を急かした。
先輩はきっと慰めるか誤魔化そうかしてくれたんだろう。もう、とにかく忘れてくれ……。
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ハピサマを聴いた時、衝撃でした。幸村君の「大好き」でハート打ち抜かれました。
それを主人公に歌わすというね。
仁王先輩はニャー(強めの主張)
Feb.2022