I am.


Salad. 05


テニス部が全国大会で優勝していたらしい。
俺は柳のおばさまに一緒に観戦行くかと聞かれたけれど、会場が遠かったので辞退した。うちは母子家庭なんでな。
ちなみに優勝した次の日、赤也が俺の家に勝ったぞと報告に来てそのまま仲の良い部員とのカラオケに引き連れていった。
そこで目にするたくさんの顔見知りの姿───、ほうこれが、俺の無意識鼻歌ド忘れ事件を知っている面々……か。
「麻衣ちゃんじゃなか?」
「あ、ニャー先輩だ」
「……にゃあ?ニオウ、な」
俺は仁王先輩のにゃあも引き出したぞ。達成感。
「なんで名前知ってるんですか?もしかしてみんなに聞いた……?」
「いやわかるだろい、応援団の時、麻衣ちゃん結構目立ってたし」
「ん?」
俺が鼻歌ド忘れした奴だということを、みんなが教えてしまったんだろうかと思ってたら、どうやら仁王先輩はもともと俺の存在自体は知ってたようだ。丸井先輩の指摘に俺は首をぎゅるりとひねる。
「応援、はみ出してましたか……?」
応援団が一緒だった真田先輩とジャッカル先輩がいたので、恐る恐る聞く。
この人たちただの同級生ではなくてテニス部だったのか……という驚きもよそ。
「いや、目立ってたのは良い意味でだな」
「ああ谷山はきちんとやれていた」
ジャッカル先輩はニュアンスで、真田先輩はお父さんのように俺を褒めてくれた。
多分応援団ってだけである程度目立つのと、女子生徒がやるのは少ないからだろう。
しかし、なるほどどうりで、体育祭の後くらいから上級生や他クラスから覚えめでたいわけだ。
「ところで、これに連れてこられましたけど、参加しちゃっていいんですか」
俺は赤也をこれと指さす。
こいつ一年が自分しかいないことを気にしたのだろうか。可愛いとこあんじゃん。
お姉ちゃんも一緒にパシリやってやるよ。
「赤也が麻衣を連れてくる確率は99%だったから予約人数には入れてある」
そういう問題か?
蓮二くんの回答に若干不安を覚えたが、ここまで顔見知りばかりだし帰る方が逆に失礼な気がしてきた。ていうかそれなら、前もって約束してくんねえかな。


カラオケが始まると、ノリよさげな丸井先輩からマイクをとり、仁王先輩やジャッカル先輩、真田先輩までもが歌い始める。赤也も次は俺!とパネルを操作してるし、普通に和気あいあいだ。
俺は電話の下の席にしたので端っこを確保して、飲み物のお代わり補充要員になろうと考えてたのだが。
「谷山さんもよろしければ、何か歌われませんか?」
先ほど唯一顔見知りではないメガネの柳生先輩に自己紹介をされて、隣に座っていた。
パネルをさっと渡されて、えーと戸惑う。
赤也と一緒にパシリとタンバリン、合いの手係をやるものだと思ってたけど、今の体育会系ってそうでもないのね。
「麻衣、遠慮するな、お前を呼んだのも場を盛り上げる為だ」
「なんすかそれ」
「こいつ歌うめーんすよ」
長い付き合いの奴らがハードルを上げやがる。
だいたい、切磋琢磨して全国大会優勝したメンバーで来たカラオケに、盛り上げ役なんて必要ないだろ。現に普通に盛り上がっている。
「麻衣ちゃんアレ歌えんか、アレ」
仁王先輩にはかつてド忘れした鼻歌を所望されている気がしてならない。
「え??わかんないですう」
幸村先輩がみんなに教えていなさそうなところを見て、俺もまだ分かってないままということにする。仁王先輩たちはもう自分では歌えなくなってるようなので、俺にヒントも出せないはずだ。

こうしてしらばっくれてる俺をよそに、静かにしていた幸村先輩がタンッとペンで画面を叩く音がやけに大きく聞こえた。
ま、まさか───。
モニタを振り返ると、あのタイトルが送信されていた。
「う、うらぎりものー!!!!」
「ごめん、また聞きたくて」
はいっとマイクを手渡ししてくるので、俺はその手首をつかんだ。
「じゃあ、一緒に歌ってください」
「え」
「始まるぜよ、こっちきんしゃい」
予約リストに上がって間もなく、歌が始まろうとする。
俺は幸村先輩を放す気はなかったので、仁王先輩に誘われるがまま前に行く。
彼は巻き込むのは賛成らしくて、俺にもマイクをくれた。

戸惑う幸村先輩だったが、俺が歌いだしの一説を歌ったあとはマイクをにぎって歌詞を見てくれた。
そして歌が本格的に始まると、仁王先輩がぱっと目を見開き歓声をあげる。
他のみんなも、聞き覚えがあるやつだと気づいたみたいだった。
幸村先輩も勝手に曲を入れるだけあって、多少は聴いててくれたのだろう。それで満足してほしかったがな。
まあ、俺も好きで歌ってた歌だから、歌いたくないわけじゃないんだけど。

今なら別に妙な雰囲気でもないし、こういうのは大勢人が居る場合の方がやりやすい。
でも俺は「行くよ」でタメを作った後に続く「大好き!」を言う幸村先輩に自分のマイクも近づけた。
愛の告白をしながら目が合ってしまった先輩は、すぐに顔を背けて口をおさえる。
えへ、仕返し。
カバーするように続く歌詞は俺が一人で歌うことになった。
そして、以降の「大好き」の部分は皆にマイクを向けて言わせる。
ちょっと長いイントロになるとみんながヒューヒューと言って盛り上がってくれているので、俺はちゃんと仕事をできたようだ。

一曲歌い終わって、かいてはいない汗を拭う。
幸村先輩は若干疲れた顔をしてるけども、手を上げるとタッチしてくれた。

その後、蓮二くんが般若心経を入れたことにより場を盛り下げ、もう一回俺に何か歌わせようとしたところで柳生先輩がレディにそんな苦行を強いるものではありませんとフォローしてくれた。
そんな柳生先輩のビブラートがきいた歌唱力によって空気は浄化され、赤也や仁王先輩、丸井先輩という俺が勝手に決めたカラオケ三銃士によって再び和気あいあいとした雰囲気になる。
なお、すっかり鼻歌ソングとして皆に浸透した例の歌は、仁王先輩と丸井先輩によって何度か歌われることになった。
大好きコールはやっぱり、みんなでやらないとな。


next.

幸村君にももちろん大好きを言ってもらいたい……。
におの苦手科目音楽らしいけどきっと歌は歌えるでしょ、キャラソンあるもん()
ビブラート紳士と謎のデュエットさせたかったんですけど我慢しました。
真田は多分テニス部の仲間なんだかんだちゅきだから、カラオケもマクドナルドも「ふん、くだらん」「たるんどる」って言いながら一緒にくるんやろ。
赤也この時はまだレギュラーじゃないんだろうけど、先輩とつるむ後輩ムーブおこして一緒に遊びに行ってる気がする。
Feb.2022

PAGE TOP