I am.


Salad. 06


朝から雨が降っていた。長い傘を手に電車に乗ると車内が少し濡れていた。
外に出ると、首筋を通り抜ける風が少しだけ寒かった。もう夏のじめじめとした雨ではないな、と思いながら長袖シャツの腕をさすった。

「あ、おはようございます」
「おはよう谷山さん」
改札を出たところで幸村先輩に会ったので挨拶をした。しばしば通学時に出会うのでもう見慣れた顔だ。
隣に立ち軒下で傘を開いて歩き出した。
互いに知人を見かけないと、こうして一緒に学校に行くことが稀にある。
「いいオテンキですね」
「雨、好き?」
「花が喜ぶと思って」
「ロマンチックなこと言うんだね」
いつもよりも少し遠い気がするのは、傘のせいだろう。二人の間を雫が隔てる。
雨音に消えないように少し大きな声で話した。
「本音を言うと、水やり当番行かなくてラッキー」
「ああ、───残念だな」
「ん?残念、っていいました?」
俺は幸村先輩の小さな声を拾った。
雨音に紛れたので聞き返すと、先輩はしまったなと目線を逸らして、片手で口元を押さえてから苦笑を浮かべる。
「いや、天気がいい日は外で本を読むから」
「そういえば、最近外で過ごしやすくなってきたし、お昼に見かけます」
「これじゃあ、谷山さんの鼻歌も聞けない」
「それは聞かなくて良いんじゃないかな……」
今度は俺が雨音に紛れるくらい小さい声で呟いた。
聞こえてるかどうかは定かではないけど、幸村先輩は俺を見て笑っている。
「そういえば部長になられたんですよね、おめでとうございます」
「ああうん、ありがとう」
全国大会前くらいからほぼ決定だったらしいけど、9月から新体制になって正式に部長となったはずだ。
今まで遠巻きに挨拶したり、すれ違ったりはしていたけど、今日みたいにゆっくり話したのはそういえば久しぶりかも。
花に水をあげてるときも、挨拶はするけど静かにしてることが多かった。俺も本を読んだりゆったり休憩している先輩の邪魔をしようとは思えなかったから。
「赤也がレギュラーになるって息巻いてますのでよろしくどうぞ、あ、贔屓のお願いではなく」
「もちろんわかってる」
俺が一応オトウトのご挨拶をすると、幸村先輩は笑った。
「レギュラーになれても赤点とったら大会出られないかもしれないんですけどね」
「ああ、もうすぐ中間だね。1学期は谷山さんが見てくれたとか」
「あと柳先輩もです」
「苦労かけるよ……」
「こちらこそ、おバカですみません」
責任の所在を探すが、もちろん赤也の自己責任である。
家だと漫画読んだり寝たりしちゃうので、準備期間中は自習室を借りるか図書館でみっちり仕込む予定。蓮二くんとともに。
「谷山さんは赤也の面倒見ていて自分の勉強できそう?」
「まあ柳先輩のノートもあるのでなんとか」
「そっか、俺にできることがあったら言って」
「じゃあ一緒に赤也の勉強見てください!」
俺が光の速度でお言葉に甘えると、一瞬驚いた顔をした幸村先輩は、やがて綻ぶように笑っていいよと言った。



テスト前準備期間はどんな部活動であれ、原則禁止となる。
職員室への出入りは禁じられ、自習室と図書室の利用率が上がった。
じゃあどこで勉強会をやるかと考えた結果、蓮二くんのクラスの一角を使うことになった。
最初は赤也のクラスで最強の布陣で囲もうと考えたけど、一年の教室に上級生を呼びつけて勉強を見てもらうのは気が引けた。それに教室に残っていたクラスメイトが居辛いだろうし。
ということで、蓮二ノートをお借りすると言う名目で赤也のネクタイをリードに見立てて引きずっていく。
一緒に学校で勉強しようと約束はしてたので渋々とだがついてきた。

蓮二くんの教室へ行くと、すでに幸村先輩が蓮二くんといくつかの机を繋いで準備をしているところだった。
「げえ!幸村部長!?」
「素直すぎんだろ」
俺は頭をパーンと叩いた。
幸村先輩の話はしてなかったけど、案の定嫌がっている。
やっぱり、こわいんだね運動部の部長って。
「騙したな、麻衣」
「こっちは、いつも赤也の大丈夫の言葉を信じて騙されてる」
「~~~~~」
ぐうと黙る赤也。
今まで俺に縋ってきたこいつは、幾度となくその結果にごめんなさいしてきた記憶があるはずだ。
「相変わらずアネキに弱いよなあ、赤也って」
いつからか会話を聞いていたらしく、軽やかな笑い声とともに丸井先輩がやってくる。あとは柳生先輩と仁王先輩か。
どうりで寄せ集められた机の数が多いはずだ。
「ジャッカルと弦一郎は?」
「用事だと」
テニス部で赤也包囲網を作ってくれたのかと思いきや、丸井先輩と仁王先輩はどうやら、蓮二くんのノートを写しつつ赤也に野次を飛ばしに来たようだ。
柳生先輩は力になりますと言ってくれたのでなむなむ拝んだ。
どうやら蓮二くんばりの成績優秀者らしいのだ。ありがたいな。
「谷山さんもわからないことがあったら私に聞いてくださいね」
「俺でもいいぞ」
「もちろん俺も」
柳生先輩に続いて蓮二くん、幸村先輩が笑った。
今まで赤也の勉強見る方にまわっていて、自分が先輩に頼るという境遇がなかったので少し嬉しい。
感極まってそっと目頭を押さえると、仁王先輩が面白半分に顔を覗き込んでくる。
「今までは、蓮二くんと二人三脚、育児に手一杯で頼れる人がいなかったので」
泣いてないのでこぼれてない涙を、指でわざとらしく拭った。
「……寂しい思いをさせてすまない、赤也は任せてたまには二人でゆっくりしようか」
「ノらなくていい」
俺のふざけた発言に乗って、蓮二くんが肩をそっと抱きよせてくるので身体を押し返した。
「何言ってるんだ、柳は責任もって赤也の面倒を見るんだよ」
「谷山さんはゆっくりお休みになってくださいね」
幸村先輩は冷たく言い放ち蓮二くんを回収し、柳生先輩はさりげなく赤也と蓮二くんから俺を遠ざけ、仁王先輩と丸井先輩の方に預けた。
「麻衣ちゃん、俺だって一年の勉強くらいわかるぜ?」
「ピヨッ」
頼りになる感じはあんまりないが、お兄ちゃん優しいなという気持ちで残された先輩二人によろしくと頭を下げた。
とはいえ彼らも勉強しに来た身だから、おとなしく黙々とテスト範囲のまとめに尽力した。

わかねえよー、うー、と唸ってる赤也の所為でまあまあ気が散るんだけど、誰かが面倒を見てくれているだけでありがたい。
当人はお誕生日席で、前は柳先輩と柳生先輩が固めてる。そこに幸村先輩が続いて俺。赤也とは離れた端っこに座っているのでマシな方だろう。
ちなみに仁王先輩と丸井先輩は向かいの席で早速勉強から気がそれて、ノートに落書きをし合っている。
男子中学生の集中力なんてこんなもんだ。
俺はふと思い立ち、付箋にペンを走らせメッセージを書いて、隣の幸村先輩のノートにペタッと貼る。
すぐに、返事が書かれた付箋が返ってきた。
勉強を聞く前に得意な教科があるのかなと気になってのことだ。逆に俺の得意不得意も聞かれたので、返事を書いて再び先輩のノートに貼ろうとしたら、指先がつままれて、付箋が先輩の手の中に納まる。
「あ!そこ手紙やり取りしてんじゃないすか!!!麻衣、遊ぶなよ!」
赤也が俺たちの接触に気づいてガタッと立ち上がる。ここぞとばかりにペンを離すな。
急にでかい声を出すから反射的に幸村先輩の手を掴んでしまったが、言い返すにあたってぱっと手を離す。
「遊んでないですう、質問があって文字でやり取りしてただけですう!」
「その通りだよ、そもそも赤也は人のこと見てる暇ないだろ」
雑談と言えば雑談だが、何も隠すことはないので胸を張って言い返すと、幸村先輩も堂々と援護してくれて赤也には誰も味方はいなくて、しおしおとペンを拾う。
「んもー、赤也にも後で手紙書いたげるから」
「そういう問題か?」
「拗ねてンの」
仁王先輩が噴き出したので、俺も赤也を指さして笑った。


next.

主人公、普段は「柳先輩」と呼ぶけど内心はずっと「蓮二くん」だし、ノリで言ったときも「蓮二くん」と呼んでしまうのでピッピ感つよめで好きです。そんな柳蓮二の夫アピにみんな大ブーイングだし、幸村先輩はしれっと一人勝ちしている。
丸井と仁王をお兄ちゃんって表現したんですけど、主人公にとっての兄っていうより赤ちゃん()のお兄ちゃんなので幼児のニュアンス。
Mar.2022

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