I am.


Salad. 07


勉強会については、なぜかジャッカル先輩にえらく感謝された。
曰く、普段は赤也や丸井先輩に絡まれて勉強どころではないんだそう。
「全く、テスト前に慌てて詰め込むなど、たるんどる」
真田先輩も一緒にいたので様子を報告すると、主に赤也の様子に呆れられた。
「でも真田先輩とも一緒に勉強会したかったです」
「なに?」
「文系の……特に日本史ニガテなんですよね……。先輩歴史得意って聞きました」
「確かに歴史は得意だが。わからないところは休み時間に聞きに来ると良い、教えよう」
「わーありがとうございます!そうさせてもらいますね!」
ふんっと言いながらも満足げに、真田先輩は去っていった。
でも勉強会は来ないんかい。
といってもまたやろうという話にはなってないんだが。
「谷山は懐っこいな」
去っていく真田先輩の背中に手をフリフリしてたら、ジャッカル先輩に見られてた。
あ、きっとしっぽ振ってる犬みたいって思われてるぞ。
「よく言われます犬みたいって」
「はは、かわいいじゃん」
頭を撫で繰り回された。
ジャッカル先輩は多分俺を女だと思ってないところあるよな。
男だと思ってるんじゃなくて、それこそ犬だと思ってるかも。
「ジャッカル先輩犬と猫どっち好き?」
「え?どっちも好きだぜ。動物ってかわいいよな」
「なるほどー」
ワシャシャシャシャと頭を高速で手が動いたのですべて理解!

朝から二年生のフロアにいた俺は自分の教室に戻ろうとして、廊下で幸村先輩に出会った。まじまじと俺のことを見て、どうしたのソレと聞いてきた。
それ、とは。首を傾げていると手が伸びてきて、俺の頭に触れようとして、ひっこめられた。
ああなるほど、頭がぼさぼさだったんだろう。
「さっき真田先輩とジャッカル先輩に話にいってて」
「誰にやられたの?」
「ん?ジャッカル先輩ー」
「気を付けるように言っておく」
「別にいいですよう……」
幸村先輩は俺の返答に納得してくれない。
まあ、普通女の子をあんなにワシャワシャしちゃ駄目だろうな。
「あー、次は自分で言います」
「そうだね、そうして」
せっせと前髪を整え直す。
朝のHRに遅れないように別れようとして、一度足を止める。先輩、と声をかければ振り向いた。
「最近、昼休みって外出たりしますか?」
俺は最近花の水やり当番ではないので、外で幸村先輩を見かけることがなくて直接聞く。
なぜなら俺も一度は日向ぼっこをしてみようかと思ったからだ。
今まではそりゃあ春の陽気も、初夏の木漏れ日も、夏の日差しも浴びてきたけど、それは仕事中だったわけで、リラックスできるかどうかは二の次だった。
秋も深まる今日この頃、もしかしたらもう寒いかもしれないけど、完全に冬になる前に試しておきたかった。
「たまにね。何か用事だった?」
「いえ、まだ寒くないです?」
「うーん、そろそろ寒くなってきたからやめるか、ブランケットを持ってきた方がいいかなって考えてる。谷山さんもやりたいの?」
「はい、以前きもちいと言ってたので」
「やるなら早い方が良いよ、すぐ寒くなるから」
ですよね、と頷き先輩とは改めて別れた。

思いついたら即実行、というではないか。
そもそも俺は今日の朝来た時点で決めてたし、幸村先輩の言葉が背中を押した。
昼休みにすぐごはんを食べて授業の準備を済ませ、持ち物をもって中庭に行く。

「あれ、谷山さん今日実行するんだ」
「エヘヘ、あ、お構いなく」
原っぱの上に寝転んでいた幸村先輩を見かけてそっと近づいていく。
幸村先輩は鼻歌なんぞ歌っていないから、草を踏みしめる音は聞きとられ、太陽に手をかざして目を守りながら俺を見る。
起きあがろうとする幸村先輩に手で待ったをかけて、俺も隣で横向きに、幸村先輩を見ながら寝た。仰向けだった幸村先輩は顔だけ俺の動きを追って、こっちを見ている。
頬にのる、癖のある髪の毛が少しだけ跳ねて、風にわずかに揺れていた。
「お、中々にオツです。でも寝るなら枕ほしいかな」
「───慣れないと違和感あるかもね」
もぞもぞ寝心地を整えている俺を見ていた幸村先輩は、少しの沈黙を破って笑う。
「ちなみに、幸村先輩の真似がしてみたくて、こちらも持参しました」
「あ、それ」
俺は胸に抱いていた文庫本をずずいと目の前に見せる。
それは『夜間飛行』───いつぞや濡らした代物で、もともとは幸村先輩の持っていたものだった。
「読んでみた?」
「読んでいいんですか?」
おかしな返事をした気がしなくもない。
なんとなく、幸村先輩の本というイメージが強くていまだに読めないでいた。かといって、返すのもどうかと思って。
「読むために持ってきたんじゃなかった?」
「お許しをもらえたら読もうかなって」
「許しなんて……ぜひ、読んでみて。いや、読みづらかったら俺の───谷山さんがくれた方を貸すよ」
「あ、こっち読めますから大丈夫」
俺は慌てて断る。
また汚したらと思うとこわいもん。完全にトラウマになっていた。

髪の毛結ったゴムをほどきながら仰向けになり、文庫本の表紙を開く。
この本については、ずっと気がかりだったことがあって、タイトルや前書きから視線を外して、幸村先輩を横目に見る。
「……この本、思い入れとかありませんでしたか」
「え?」
「あの時ちゃんと聞けなかったけど、貰い物だったりしませんでした?」
「ああ、普通に本屋で購入したものだった気がする───そのくらい曖昧だよ」
俺の不安を払拭するように笑い、だから、とそのまま言葉を続ける。
「要らなくなったら捨てちゃっても大丈夫」
「捨てませんよ、それこそ、幸村先輩にもらった本だから」
ドジの象徴でもあるので戒めに、という意味もあるけど、そこまではいわない。
「俺も思い入れができたよ、谷山さんがくれたから。家で、大切にしてるんだ」
そこまでされるほどでは……と思わないでもないが、本を置き忘れた後に起こりうるハプニングを忘れるなという戒めかもしれない。
「一緒ですね」
「うん」
えへへと笑いあって、もう一度本に視線をもどした。
その横顔を、幸村先輩が眺めているような気がしてもどかしい。
撫ぜるような秋風が、視線に感じられた。
本で顔を半分覆いながらちらりと見れば、案の定目があった。
「───、」
風が止んだみたいに息が止まる。
俺たちいつの間にか、こんな近くで話していたんだな。
「慣れないと、集中して読めませんね」
誤魔化すように笑った。
読書に関しては、自分の読みやすい環境や体勢があるし、今は昼休みの残り時間しかなかったので、本を読むのは諦めて閉じる。
ゆっくり読むことにすると言えば、幸村先輩はそれがいいよと勧めてくれた。
「谷山さんは普段、どんな本を読む?」
「一概にはいえませんが……日本人の作家が多いと思います」
「そうなんだ。よかったら、おすすめとか教えて」
「なんだろう───なぜか心に残ってるのは『さくら』かな……」
話を聞きたそうにしていた幸村先輩だけど、昼休みの残り時間はとても少なくて、やっぱりもう寒かった。
上体を起こして後頭部や背中についた塵を落とすように叩くと、予鈴が鳴る。
立ち上がった時に幸村先輩の手が伸びてきて、また躊躇われる。前髪があらぬ方向へ飛んでる自覚はあった。
「い、」
「駄目だからね」
そんなに遠慮することないのにな、と思って口を開こうとしたら、俺の回答を察していたみたいに言葉を遮られた。
「気安く触れても良いなんて、誰にも言わないで」
ちょっと雰囲気に圧倒されて、はい、と返事をすることしかできなかった。いや、声が出てたかどうかも定かではない。



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子犬系後輩じゃなくて、後輩系イッヌ。
幸村先輩にわっは~^^と添い寝しちゃう。
『さくら』はね、ワンチャンの名前。
Mar.2022

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