Salad. 08
球技大会は卓球に参加して二回戦で負けた。
午後は全くのヒマになってしまったので、負けた組は興味のある競技やクラスの勝ち残ったチームに応援に行くことになった。
「麻衣ちゃんはどこいきたい?」
「サッカーみたい、赤也でるから」
「いいね、いこいこ!」
「サッカーうちのクラスも勝ち残ってるから、くれぐれも切原のことでかい声で応援すんなよ谷山!」
「わかったー」
女の子二人に挟まれたので両手に花でクラスを出ようとしたところで、すれ違う時に話を聞いてた男のクラスメイトに注意された。
うっかり赤也の名前呼ばないようにしないとな。
校庭のところに行くと、赤也はちょうど試合の真っただ中だ。
相手がうちのクラスじゃないから、フィールドの脇の応援がいっぱいいるところに潜り込んだ。
「赤也ー!がんばれー!」
人の隙間にすぽっと入って声をあげると、両隣の人がこっちを見た。
「元気がいいのー麻衣ちゃん」
「谷山さん、こんにちは」
よく見たら俺は柳生先輩と仁王先輩の間に入り込んでたらしい。
「ありゃ、すみません割り込み。コンニチハ」
「どうぞ、切原くんの応援ですか?」
「せっかくだし、俺たちのクラス応援しんしゃい」
仁王先輩が俺の両腕をとって振らせる。
なんだ、赤也の相手は仁王先輩のクラスだったらしい。
「え、せんぱいがんばれー」
「おい麻衣!!」
ビブスを着てる知らない二年生が何人か手を振ってくれたけど、それを見た赤也が地団駄踏んでる。
というか俺は一緒に来てた友達をそっちのけで人混みにつっこんでしまったんだけど、と周囲を見ると彼女たちもそれぞれ人の隙間を見つけて入り込んでるみたいだった。
そして俺の方に気が付いて手を振るので、あとで合流すればいいだろう。
「───あぶない!!」
誰かが悲鳴みたいに声を上げる。
友達があっとこっちを見ていたのが印象的だった。俺は何事だろうと音のする方に顔を向けて、突如視界が暗転した。
バチンッと顔面に強い衝撃を受けて脳が揺れた。
「うっ」
「麻衣ちゃん!」
「谷山さん!」
思わず身体が後ろに飛ばされそうになったけど、仁王先輩や柳生先輩が俺の身体を支えてくれるので尻もちまでつくことはなかった。
「麻衣ッ、誰だよノーコンクソヤロー!!!」
赤也が文句言いながら走ってこようとするのがわかる。
どうやら俺は顔面にサッカーボールが飛んできたみたいだ。
衝撃に鼻と口がじんじん熱くて痛いけど、涙で視界が定まらない。
「へぇぎ……」
「いや全然平気じゃなかろ」
涙か鼻血か唾液か冷や汗か、顔が濡れてる気がするので、腰に挟んでたタオルで顔面を抑える。
「麻衣、血ぃ出てる」
「うえ、鼻血かなあ……。赤也は試合戻んなよ」
審判の先生も保健室いけるか、と俺に聞いてくるのでこくこくと頷く。
ひどい怪我でもないので、俺にかまわず試合続行してほしい。
「付き添うぜよ」
「谷山さん、少々失礼しますよ」
「え、───!!」
仁王先輩のあと柳生先輩が声がしたと思ったら、身体のバランスが崩されて持ち上げられる。腰と足を重点的に支えられて、上半身はあまり倒れないように抱えてくれているので普通に抱っこに近い。柳生先輩の越しに仁王先輩がケタケタ笑っているのが見えた。
「そのまま止血していてくださいね」
上は向かないで、のどに血が入ったら吐き出してくださいと細かく柳生先輩に注意される。
友達も付き添うと言ってくれたけど、隣を歩かれるのは恥の上塗りになりそうなので、大丈夫だから観戦を続けてと断った。
友人らは、俺の代わりに赤也の応援したって、と仁王先輩に使命を与えられている。いやそれは、好きにしてくれ。
「あれ、怪我?体調不良?」
保健室は外からも入れるようになっていて、窓の前で俺の靴を脱がしてくれた仁王先輩にタオル越しにお礼を言ってると、窓が開いた音がする。
聞き覚えのある声に若干身が竦む。
「おー幸村。サッカー観戦中にボールが顔面にゴールイン」
「鼻血が出てしまったようですので、あまり動かさないように運びました」
タオルと柳生先輩のおかげで、俺が誰だかはわかるまい。
先輩たちが気配を消してる俺の代わりに説明してくれているが、もちろん下りれば顔もあらわになるわけで。
「下ろしますよ、谷山さん」
「あい」
「谷山さん、だったのか」
来てしまったな、正体を明かす時が。
「こんにちは。幸村先輩って保健委員だったんですか?」
「あ、こんにちは。たまたま通りかかったら先生に留守をまかされてね。血はどう?止まってそう?」
「どうだろ。顔洗いたいです……」
流しに案内されたので、靴下のままつるつるした床を歩いてついてった。血は時間が経つと落ちなくなるから、ついでにタオルも洗う。水を絞れば顔もふけるし。
血止まったかなーと鼻を啜ってみるもよくわからない。垂れてこないあたり平気かなと、手当の準備をしてた先輩たちを振り向いた。
「鼻んとこ擦ってるのう」
「ひりひりします」
じーと俺の顔を見ながら言う仁王先輩。俺はどうりでと鼻を撫でる。
手を伸ばしてきたので、痛いとこ触ろうとすな、と避けた。
「仁王」
余計に楽しくなったのかじゃれついてこようとしていたけど、幸村先輩に名前を呼ばれてぴたっと止まる。いたずら常習犯らしく、すんっと素知らぬ顔して俺から離れた。
「幸村くん、校医の先生はどこへ?」
「体育館に呼び出されてるよ。すぐに戻るとは言ってたんだけど……」
柳生先輩と幸村先輩は、困ったような顔をして俺を一瞥した。そうか俺のこと女の子だと思ってるから、唾つけとけって見捨てられないか。
「あのー、顔冷やすもの借りられればそれでいいですよ」
顔は洗い流したし、消毒する程度でいいだろう。
打ったところはじくじくと痛むので、冷やして鎮静化させられたらいいなと自分から提案する。
「いいもん見つけたぜよ」
いつのまにか保健室をあさっていた仁王先輩が得意げに氷嚢を出してくれたので、わーいと受け取った。
「ね、これで大丈夫です。先生帰ってくるまでこうしてますので、先輩たちは戻ってください」
「寂しくなか?一人で寝られるんか?」
「仁王先輩が寝たいだけですよね??寝ませんし」
冗談をかます仁王先輩は柳生先輩に促されて、また外に出ていった。
ひらひらと手を振られたので俺も振りかえして見送る。そして保健室には幸村先輩と俺だけが残されて、ぶつかった時の経緯から雑談が始まり、少ししたら保険医の先生が戻ってきた。
顔の擦り傷はすでに消毒したし、十分冷やせたしそこまで腫れたりはしないだろうと言われて、先生の戻りを待っていた意味もなく終了した。
鼻血はちょっと出やすくなってるだろうから刺激はすんなよ、とのことだった。
「幸村はまだ試合あるんだったろ、平気か?」
「はい、全然」
男勝りな口調の先生は肩をすくめた。
勝ち残ってたのかー悪かったな……。
「なにでるんですか?後で応援行きます」
「それは嬉しいな、競技場でクリケットだよ」
「おお~」
競技としては知ってるけど全く想像つかんやつだ。広い競技場と規模を思うと、ギャラリーも多そうだな。だから応援に行っても、いい位置で観られるかはわからない。
「観戦者すごそうだけど、頑張って応援しますね」
「谷山さんの応援なら絶対聞こえるよ」
窓のところで運動靴を履いてとんとんつま先を蹴った俺は、一瞬なんでと幸村先輩を見上げたけど、すぐに自分の声がまあまあ通ると言うことを思い出した。
「あはっ、応援団で鍛えた声量、発揮してみせますよ!」
まかせて、と親指を立てて、見送りの幸村先輩とは別れた。
next.
柳生と仁王コンビにお世話されてるイッヌが書きたかった。
Mar.2022