I am.


Salad. 10


幸村先輩が倒れたと赤也から聞いたのは10月で、その後幸村先輩は何度か学校で見かけることがあったけど2学期を最後に休学した。
風のうわさでは入院しているとのことで、蓮二くんからもそんな話を聞いた。
そこでどういう理由なのかを聞ける雰囲気ではなかった。差し支えない事だったら、蓮二くんは教えてくれるからだ。
言ってこないということは、まだわかっていないのか、俺に言うことではないのか。

3学期が始まれば次第に、噂を聞くようになった。テニス部は有名だったし、その部長ともなればそれだけで話題性は抜群だ。
幸村先輩は、病名不明だけれど、難病によってテニスができないかもしれないとのことだ。
それを、俺はテニス部の誰にも直接確認できないでいる。
噂を聞いて関係者に確かめるのは不躾かもだし、もし本当だとしたら尚更口にはしたくない話題のはずだ。


幸村先輩がいないこと以外は、普通に通り過ぎていく。
そんなある日、俺の教室に丸井先輩とジャッカル先輩、それから仁王先輩がやってきた。
突然の上級生にクラスメイト達はどよめく。
放課後とはいえ、結構な人が残っていた。
「麻衣ちゃん!」
まさか俺に用事?いや、ないよな。と思っていた俺はカバンをまとめる手をびくっと止めた。
丸井先輩が教室のドアのところで覗き込んでたんだけど俺を見つけて入ってくる。
きゃ、とか、わあ、とかヒソヒソされてるんだが、丸井先輩って目立つし気さくだし、モテそうだな。
「こんちは。どうしたんですか?」
「悪いな谷山、突然」
「赤也は来てなか?」
「赤也なら来てないですけど、何か用事でしたか」
なんだ赤也に用事かー。教室いなかったんかな。
「いんや、赤也に用があるんじゃなくて、お前さんにな」
「やりぃ!明日のさ、調理実習あったろい。俺にもできた奴くれよ」
と、思ったら俺に用事だった。
「アシタノ、チョウリジッシュウ、オレニクレ?」
「大丈夫か……?」
ジャッカル先輩に心配された。
今の日本語だったか……?と数秒考えこんだのち、ようやくたどり着く結論。
「バレンタインのおねだりですか?」
「ドストレートに言うぜよ」
もうすぐバレンタインだなーと思ってたので。
確かに明日の調理実習はチョコレートを使ったお菓子を作るし、そのあとみんなで交換するのが恒例なのだとか。というのを、部活の先輩から聞いてるので知ってた。
「麻衣ちゃんの奴は競争率高そうだし、予約しとこうと思ってさ」
「清々しい……たしかに交換の約束とかしてますけど、正直何個作れるか分かってないので……」
「余ったら!余ったらでいいから!」
丸井先輩の場合、純粋にお菓子集めしてそうだなと言うほどの熱意だった。
お買い求めになった方が宜しいかと、とも思ったがそれは言わないでおく。
「谷山、マジで気にしなくていいからな」
「俺にくれてもいいぜよ」
「シクヨロ」
「はあい」
先輩達が去った後の教室はすごかった。
クラスメイト女子たちからはいつの間に親しくなってたのか聞かれたし、誰にあげるのか注目されるし、トッピング買いに行くのに連れまわされたし。

きたる実習日、俺に、鬼のような量と種類の材料が集まった。
これが先輩に渡したいけど恥ずかしくて渡せないという乙女心か。
俺が愛の伝道師となってやるしかないのか。
余すことなく材料を使ったら、丸井先輩用のブラウニーがイカレた仕上がりになった。
「これは食べたくない」
片手で持って掲げると、こぞってみんなが写真を撮った。
絶妙なバランスを保ち聳えるそれは、いたるところからクッキーやチョコチップが飛び出してる。まさに、尖ったセンス。
数多の乙女の愛を背負ったそれは、丁重にビニールに入れられ、一応かわゆい色のリボンで結んでみたけどそれではカバーできない貫禄があった。

実習室を出ると、結構なギャラリーがいた。
例年この後お菓子配りされてるらしいので、ソワソワした男子生徒の代表なんだろう。後は多分約束してた人とかだ。
「た、谷山さん!」
誰かに呼ばれて立ち止まると、何人かの生徒が俺の前に立ちはだかり、ばっと頭を下げて手を出した。え~こんなイベントまであるとは聞いてない。
おろおろしてると、人だかりの隙間から丸井先輩の派手な赤髪が見えた。
「お、麻衣ちゃんやべーな、すげえ」
「思ってた通りじゃの」
「麻衣!!!俺の分は!?」
丸井先輩の横には仁王先輩がいて、おまけに人をかき分けて赤也までやってくる。
お前にあげるとは言っておらん。
彼らは、俺に頭を下げて手を差し出すイベント隊をまじまじ見つめて、若干顔をひきつらせた。
こうなるならもっと早く俺に教えておいてほしいし、もっと早く取りに来てほしかったです。
俺はこのいたたまれない状況と、集まったトッピングの山、全てひっくるめて丸井先輩の所為にした。
「責任取ってくださいね!」
差し出された手から逃れるように、丸井先輩の手を掴んで、反対の手で紙袋を渡す。
きょとんとした顔で固まる丸井先輩は、徐々に狼狽えていく。わあ、顔真っ赤。
「へ、え、あ、俺……!?ほんとに俺にバレンタインくれんの!?」
「いらないんですか」
「いる!ほしいっ!……───っしゃぁあ!!!!!」
丸井先輩は勝利者よろしく、俺の手を掴んで掲げた。チャンピオンです。
反対に泣き崩れたイベント隊は、すごすごと去っていき、ギャラリーは丸井先輩の勝利を讃えた。
赤也と仁王先輩はしぶとくブーイングをしていたけど、お前らにこれが食えるのか、と丸井先輩にあげたスイーツ爆弾を見せると、スンッとした顔で要らないと断られて万事解決した。
丸井先輩は堂々強請ってくるほど甘いもの好きの猛者だったようで、その爆弾を見ても喜んでいたからいっそ気分がよかった。

翌日、蓮二くんに朝から家に来られて、割と真剣な顔して、丸井先輩と付き合い始めたのかと聞かれた。
朝からげんなりする確認してこられて迷惑。ていうかもう噂になってたのか。
「……昨日のあれはどう見てもその場のノリでしょ」
「そうは思ってない連中が大勢いたんでな」
「えー、知らないよう」
丸井先輩本人はわかってるし、じゃあ周囲の誤解はどうでもいいかな……。丸井先輩には悪いと思ってないので。
「あ、バレンタインといえば」
蓮二くんを見上げると、歩いていたのをぴたりと止めるので、俺まで立ち止まった。
「幸村先輩に会う機会ある?これ、渡しておいてほしい、です」
手に持っていた袋を差し出す。その中にはお店で買ったチョコレートが入っているのだ。
「麻衣が……精市に、バレンタインを……???」
目を瞑ったままぐるぐるしているところを見ると、珍しく予想外の出来事だったらしい。
処理落ちからの復旧を目指し、肘のあたりをどすどすパンチしてみる。
「なんか色々大変そうだし、会えないなりに励ましというか、差し入れにはこれがちょうどいいかなと思って」
はっと目を見開いた蓮二くんは、やがて俺の手からチョコレートの袋を受け取り、またそっと目を閉じる。
「わかった。……気を遣わせてすまない」
「いいえ、こちらこそ。差し入れに制限があったり、幸村先輩が甘いもの好きじゃなかったらテニス部で食べちゃって」
「なんだ、俺宛にはないのか」
「え、ほしかった?」
「ほしかった」
こういう冗談言うんだよな、柳蓮二と言う男は。
来年ねーと適当に返しておくに限る。


next.

バレンタイン間に合わなかったね……。
常々匂わせてたと思うのですけど、主人公は立海生徒から1年生のかわいこちゃん()として有名だといいなって。
入学後「可愛い子入ってきた」→体育祭「トゥンク……」→学園祭「ハート鷲掴みやった」という流れでファンを増やしているといいなって。
丸井先輩はノリの良いチョコレートモンスターだけど、1年生のかわいこちゃん()にチョコもらったら普通にドキッとしてしまうことある説、提言します。
軽率にハート揺さぶられるケンヤ=サン枠です。
Mar.2022

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