I am.


Sunday. 01

渋谷の横断信号。向こうから来る人にぶつからないようにする以外、気にとめる要素はない。なにせいつでも人にあふれている。
もちろんあらゆる事柄が重なれば注意してみるだろう。
以前は同級生とすれ違った。俺はたまたま一人で、ぼんやりと向こうを見ていたから知人の顔に気がついた。向こうは複数の友人と話していたから、ぶつからないように動く以外の注目を持ってなかった。

今度は俺の番だった。

「まい、ちゃ……?」
すれ違うギリギリのところで、俺に気がついたような声。そして慌てて捕まえるようにして肩を握る手。
見るからに青年となった俺を、麻衣ちゃんと認識していた彼が、人混みの中で見つける。
それはどのくらいの奇跡だったんだろう。

「白石先輩」
思わず答えた俺の声は低かった。
中学時代や、つい半年ほど前まではまだ、無色の音だったはずだけど、今は違うわかりやすい色を持っていた。
「やっぱり、麻衣ちゃんなんか?」
「う、うん……なんで」
肩に置かれた手は腕を滑っていき、俺の体から離れることはない。
なぜここに。そして、なぜ俺だと気付いた。
いろんな意味で驚いた俺と白石先輩は、横断歩道の真ん中で見合ってしまう。
そのうち白石先輩の向こうに見える信号が点滅し始めて、俺は慌てて手を掴んで歩道へ戻った。

いやあ、見つかっちゃったなあ。
同級生には見つかんなかったのになあ……。
「今日、なんか予定ある?」
「ん、あ、これからバイト。17時くらいには終わりますけど」
「なら18時頃にまた会うてくれるか」
「はい」
お互いぎこちなさはあったし、用事があって急いではいたが、きちんと約束をして別れた。俺はもう一度信号を待たなければならなかったけど。
改めて今の状況を思い出して、ドキドキしてきた。まさか東京で会うとは思わなかった。東京にいる知り合いならまだわかるけど……なぜ大阪にいるはずの先輩が。
思わず携帯電話を取り出して光に着信入れる。時間的に部活中みたいで、出ることはなかった。
東京で白石先輩に会ってもーた、とメールだけは入れておこう。
メールしたところで、災難やったな、で終わりそうな気もする。

バイト中そわそわしてた俺はナルにお茶を入れるのにちょっと火傷したり、積み重ねてた本を倒すという迂闊なミスをした。そいでもってオフィスから帰る時、ドアを開ける前に振り向いて時間を確認し、そのままドアを開けようとしてドア板に頭をぶつける、という間抜けなことをしたので、リンさんにまじまじと見られた。
「あう、だ、だいじょぶ」
大丈夫ですかとも聞かれてないし、お先ですとも言えずにドアを開けて逃げるようにしてオフィスを出て行った。
外に出た途端、ちょうど携帯電話が震えて着信を告げる。
「光ぅ〜」
『え?』
「あ……」
光が電話かけて来たのかと思って何も見ずに出たら、違う声がする。
そろりと電話から耳を離して画面を確認すると、白石先輩の文字が表示されていた。
今まで全然通話しなかったからうっかりしていた。
「……らら〜、白石先輩?どうしました?」
『───今、平気か?』
「ああバイト終わって出て来たところです」
『なら良かったわ、こっちも思ってたより用事早う終わってな』
バイト先が渋谷なことは知ってるので、おそらく待ち合わせた時間よりも早く会えるってことを連絡したかったんだろう。
今いる場所を確認しあって、俺の方が白石先輩のところへ行くようにした。
「ナンパされないようにしといてくださいよ」
先輩は笑う声のあと、気をつけるわといって電話を切った。


俺を待っていた白石先輩は幸運なことにナンパされてなかった。
「よしよし」
「あのなあ、そんないつもされとる訳ちゃうねん」
「以前、オレ……ナンパされやすいねん、って困ったように言ってたので」
「う、オレそんな感じやったかな?」
俺の反応が気に入らなかったのか、呆れたように言う白石先輩だけど俺は数年前にダシにされた後のやり取りを忘れていない。自慢げじゃなかったのは良いけど、心底困ったように言っていたのだ。つまりいつもナンパされてるんだと思ってた。俺は付き合ってらんねーよって思ってた。
「こういう人で賑わってるとこって特に、あんま人の事みとらんな」
「そうですね。……なのに、よく俺に気づきましたね。見た目もそこそこ変わってると思うんですけど」
「んーでも、本人やろ?見たら気づくわ」
「あすこ結構な人混みですよ?見ないでしょ普通」
「オレもまじまじ見とったわけちゃうけど……たまたま見た人が麻衣ちゃんやったから咄嗟にな」
ほえーすげー。
俺は白石先輩に肩掴まれるまで気付いてなかったから本当にびっくりだ。
まあ当然面影はあるし、ふとした拍子に見たからこそ俺に気がついたのかもしれない。
よおく見ると場合と、一瞬だけ目にとめる場合、どちらも俺に見える……というよりも、視界にかする程度にしとかないと、俺が俺だとわかるってことだ。

「……あんま驚かないですね」
「え?」
二人でファミレスにはいればすぐに席に案内された。そして俺はテーブルに肘をついて白石先輩の様子をじっと見る。
「ほら、俺のこと女の子だと思ってたでしょ?」
「やっぱり男なんやな?」
「うん。麻衣という名前でもないし」
「あ、そっか」
性別がどうというより、名前が違うということに目を丸めた。
こうして会ってからもずっと麻衣ちゃんって呼んでたからには、麻衣という名前を信じてたんだろう。まあ麻衣でも俺は俺だけど。
新しい名前を教えるとさすがにちゃん付けでもないし、くん付けでもなく、呼び捨てになった。後輩男子だしな。
「正直驚いとる」
「あ、そう……」
そうは見えないけど。
眺めてたメニューを置いた白石先輩は俺に大丈夫かと目で確認して、呼び鈴を鳴らす。
すぐに店員が来てしまったので食べたいものを注文し、去ってからまた互いに顔を見合わせた。
「財前は知っとったんやな」
「はい。もう中学んときから」
「そんな早くからなん?てっきり、東京来てからやと」
「まあたまたま。でもなんで、知ってるって思ったんです?」
「電話出た時、開口一番に光いうたやろ」
ああーと口を開けたまま固まった。
「前は財前って呼んどったはずやし、の性別あかしたから、そうなったんかなって」
俺と光がしょっちゅう電話してることも、先輩は知ってた。
そういうわけで、俺が東京来てから性別ばれたと思ったんだろう。

白石先輩はちょっとした用事で東京に来ていたらしく、今日のうちに夜行バスで大阪に帰るそうだ。出発は23時だというので、それまではよかったらうちでゆっくりしたらどうだろうとアパートに招き入れる。
一人暮らしの部屋が珍しいのか、そわそわしつつあちこち目線をやっている。
「一人暮らしの友達とかいないんですか?初めて入る?」
「いや、それなりにおるけど……の部屋は初めて入ったからな」
「なんもおもんないでしょ」
「想像してたより、もの少ないなあ」
なんもおもんない部屋、というのは光が以前こぼした感想である。これでも大阪にいた頃よりはものが増えてるけど。
「───なあ、大学は決めとるんか」
「進学は考えてますけど」
中学の卒業アルバム見つけた白石先輩が見たいと言うので見せていたところ、目線ではめくるページを見ながら、口では俺に問いかけてきた。
「……少なくとも一緒にテニスした奴らはみんな、が戻って来たら嬉しいで」
「へ?」
大阪に戻って来たらどうだ、ということだろう。
正直魅力的な誘いではある。光もいるし、白石先輩にもこうして受け入れてもらえた。他のみんなも、白石先輩がそう言うなら……。
「ほんとうに俺、大丈夫かなあ」
「らしくないなあ。オレからしたら、あんま変わっとらんで」
アルバムを閉じて顔をあげた先輩。どういうことだろうと首をかしげる。
は麻衣ちゃんのまんまやし、ええやん」
励ましてくれてるんだなあ、とわかって顔が緩んだ。
そういえば光がまえ、あの人たちはアホみたいに大雑把だから大丈夫だって、妙な励ましをしてくれてたっけな。
「オレな、好きやねん、の関西弁」
白石先輩は全然大雑把じゃないし、優しく手を差し伸べるみたいだ。


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白石先輩ルートの導入部っぽく書いたけど、次から財前くんです。笑
Sep 2018

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