I am.


Sunday. 02

白石先輩に性別がバレたとき、俺はそれなりにビビった。そしてすぐに光に電話とメールしたのに奴は後になって何食わぬ顔して───いや、顔見てないけど───平坦な声でへえと言ったのだ。
大丈夫だったけど、大丈夫やろ、と放って置かれた俺は寂しい思いをしたのです。電話した時に恨み言を申すと、うるさいと言って電話を切られた。すぐかけ直した。

このまま東京で何食わぬ顔をして、麻衣として出会った人のことは自分だけの思い出にすることもできた。大阪でお世話になった先生にはさすがに、名前を直した時に報告したけど。
───大阪の大学、行こうかなあ。
高校の進路指導室にたっぷりある、大学の案内本を借りて来た俺は、あごを分厚い紙の束を撫でた。紙の匂いがどことなく郷愁をほのめかしてくる。
東京の先生も、大阪の先生も、俺の意向を聞いたら大阪が恋しいかと目を細めた。
どちらもそれ以上聞いてくることはなくて、背中を押してくれた。
俺には身内がいなくて、性別を偽って周囲と過ごしていたわけだから、好きな場所があるならそこに腰を据えたらいいというのが大人の意見だ。もちろん、勉強したいことが一番優先だけど。
幸いなことに、勉強はどこでもできると思った。だから大阪に行くか、東京に居るか、どちらも選ぶことができる。


「なあ光は大学決めた?」
『まだや』
ほぼ日課となってる光との電話は、やっぱり進路のことが話題に出た。
俺は今普通に学校に通っているわけじゃないから、進路指導も普通のスピードとは違う。でも光もまだ決めかねている時期だったらしい。
「俺、大阪の大学にしよっかなあ」
『なんでや、東京でええバイトしとるんちゃうんか。その人らと仲良くやってる、いうてたやろ』
「……ん、でも大阪のみんなも会いたいし」
手をもじもじさせようとしたけど片手なので指で布団を引っ掻いた。
『引っ越すことになるやろ、めんどくさいし、金かかるんちゃう』
「それはそうなんだけど……もしみんなが、受け入れてくれるなら……やっぱり大阪で」
むにいっと布団を握りしめる。
「光とがっこいきたい……」
あれ、小学生みたいなこと言ってるかもしれない。
はっとして別に同じ学校まで行くわけちゃうぞ!と弁解する。これなんの弁解だ。
光は当然うっすいリアクションでへえと言うだけだ。相変わらずつれない。
『オレはまだ大阪の大学進むって決めたわけちゃうけどな』
そして意地が悪かった。
俺にこれだけ告らせておいてそんな……!
思わずベッドに倒れこみ、枕に顔を埋めて嘆いた。

それから三日が経った。光が珍しく早い時間に電話をかけて来た。
いつも部活が終わって家にいるくらいの時間にかけあうんだけど、今日は授業が終わって割とすぐの時間だと思う。部活休み?それは水曜と試合のない日曜のはずで今日は違う。まだ引退には早いし、部活前に緊急かな。
『オレ、東京の大学行くつもりやねん』
「はぇ?」
バイトの、しかも調査中の事だったので俺のすっとぼけたお返事に、みんなの視線が一瞬だけ集中した。落ち着かないので部屋を出てドアに背中を預ける。
「なんで東京?」
『元々、高校でたら家出る予定やったし』
「え、そーなの」
甥っ子も大きくなって来たし、実家にずっとおるのしんどい、というわけらしい。
たしかに実家で兄夫婦と同居だもんな。どうやらそのまま二世帯で暮らし続ける方針らしかった。
『前から東京は視野に入れとった』
うそ……おれたち、両思い……?とぷるぷるしてた俺のことは見えてないはずなのに、一蹴するような口ぶりである。夢くらいみさせろい。
『せやから大阪来てもオレはおらんけど、どないする』
「そ、……そんなん、大阪いかんわ」
『……アホ』
電話口の向こうから、ちょっと笑ったような気配がした。



光は夏休みになると東京の大学見たいからって、しばらく俺んちに泊まりに来た。最初はホテル取るつもりだったらしいけど、うち泊まった方が安く済むよと誘ったところ、あっさり甘えてくれた。
俺はお友達がお泊まり嬉し〜いとそわそわしてたけど、迎えにいった時に顔がうるさいと言われた以外は疎まれることなく、普通におもてなしできたはず。
「あ、花火だ」
スーパーで夕飯の買い物をした時に花火がお買い得になってるのを見つけた。
光、光、と服を引っ張って指さすとテンションの低い同意の声が聞こえる。
「買っていい?やろ?」
「おん、めっちゃ安なっとるな」
「わーい」
詰め合わせパックを一つとって、買い物カゴにぼすっと入れる。
「花火なんて何年ぶりだろー、一人じゃやらないしさあ」
「四天宝寺おった時やらんかったっけ」
「やらんかった。あでも、花火大会は行ったな?」
「知らんわ」
「あれ?光おらんかった?」
もう一度知らんわと言われた。
あ、女子グループで行ったんだった。でも途中で男子グループと合流してわいわいしてたけど。
あの中に光いなかったんだろうな。まあ部活忙しかったしな。
「じゃ、光とはこれが初花火だ」
「どーでもええけど、袋いるん?持って来とったっけ」
「あ、もろてもろて」
いつのまにかレジの清算が終わりかけていた。
袋をもらった光はカゴを持ってサッカー台の方へ行き、俺が持ってる財布で支払いをすませる。
その間に光は袋詰めが終わってたので合流して店を出た。

青暗い雲と、オレンジがかった雲が浮かぶ夕空は、家に帰るにしたがって夜空へ変わって行った。
なんだよもう花火できそうじゃんか。
「おおーどうしよ」
「?」
「さき花火する?めし?」
スーパーの袋をわっさわっささせて光に判断を委ねる。めし、と言いそうな光だが、意外にも花火と答えた。

花火の種類全然知らないけど、適当な順番で次々と火にかけて行く。たのしい。
二番目にとったやつが線香花火でびっくりしたんだけど、光が普通線香花火くらい見てわかるやろと笑っていた。なんも考えてなかったんです。
「そういや、謙也さんたちに東京の大学行く言うた?」
「おん。進路進路あんまうるさいから言うた」
「相変わらず仲良しだなあ」
「別に、おせっかいなだけやろ───あ、そしたら白石先輩が神妙な顔しとったで」
「なんで?」
「オレらが一緒に住むんかって」
なんで??もう一回さらに首をかしげた。
先輩さすがにそれは……なんでそうなったのかな。
が余計なこと言うたせいやろ」
「えー?」
次の花火っともう一度とったら線香花火だった。
この細っこい花火を持って何も気づかないって俺はなんなんだ。
今回はとったからには点けたろって思って火にかけた。
「"光が東京くるんで、大阪行きませーん"」
「それ俺の真似?なあ、おい」
そんな間延びしたような喋り方してたかな。
「んなこといったって一緒に住むかって。───白石先輩は俺たちのことをなんだと思っとるん」
ばちばちと散る小さな火花を眺める。
「たち、ちゃうやろ。おまえや」
「はい?……あー、線香花火儚いなあ」
ぽとっと落ちたので視界が暗くなった。光もちょうど花火をしてなかったので顔が見えなくなった。
「お前のことは諦めかけとる、って」
「どういうこっちゃ」
「諦めてください言うといた」
「言うなよ」


next

深読みするとBL。
四天宝寺夢界隈では王道の三角関係ではなかろうか(?)
Sep 2018

PAGE TOP