I am.


Sunday. 03

初めて入った光の部屋は引越しのダンボールで溢れ、普段の様子など見る影も無い。
ちょっと残念、と思いつつも今日は荷造りを手伝いに来たので気を取り直す。
CDやら音楽雑誌やらがたくさんあって、しまいこむのが大変そうだ。
「一部実家置いてったら?」
「雑に扱われた末勝手に捨てられるのがオチや」
まあ古い雑誌なんかは特にそうだろうな。
作業中にパラパラめくっていたのか、ダンボールの上にあった一冊を撫で、光に渡す。

光は大事なCDを、俺は雑誌を黙々と箱詰めしていく。
途中で光の甥っ子が部屋覗きに来たり、お母さんがお茶菓子持って来てくれたので手を休めつつ、日が暮れる頃にはほとんどの荷物がしまいこまれていた。
積み上げられた箱を部屋の隅にまとめると、家具だけが取り残され、ぼんやりとかつての部屋の片鱗が伺えた。

開けっ放しのクローゼットはほとんど空っぽで、棚やおそらく家族からの預かり物の家電の箱なんかがわずかに残されているくらいだ。
「あれはもってくの?ギター?」
黒いケースも同じようにクローゼットに残されていて、輪郭が何かの楽器だと物語っている。
指をさした方を見た光はすぐに、ああと頷き持ってかないと否定した。
「あれは預かりもん、兄貴のや」
「お兄さん弾くんだ」
「いや、弾かん」
楽器を見てそわそわしてた俺は、一刀両断された期待にえっと言葉を詰まらせる。
「せやからオレの部屋に入れっぱなしなんやろ」
「あらら」
気だるげに腰をかがめ、クローゼットの奥からギターと思しきそれをずりずりと運び出す。
「ちょっと埃かぶっとる」
ベランダの方へ持って行って外でカバーをはたくと、白い煙が上がったように見えた。
中大丈夫かな。俺と同様に心配になったのか、光もカバーを開けている。
覗き込みに行くと、黒い艶やかなボディが露わになる。
「かびくさない?」
「カバーの方かな」
くん、とギターに鼻を寄せる光。俺は中身を失いぺしょっとしたカバーを軽くふるって、ベランダの柵に引っ掛けた。
ほかっとこ、と言ってギターのみ部屋の壁に立てかけると、光はそのまま一旦部屋を出ていってしまった。階段を降りて行く音まで聞こえて、俺は廊下に出て光の様子を伺う。
なにやらお兄さんに声をかけている。多分、ギターどないするんとでも言ってるんだろう。
部屋に戻ってちょびっといいかなーとギターに触ってみる。
ベッドの上に腰掛けて膝の上に乗せた。
もう長いこと触れてないけど、じゃらーんと音を鳴らせば狂いはないように聞こえる。

「なんや、弾けるんか」
部屋に戻って来た光は、ギターを弾いて遊んでいた俺に驚いたみたいだった。
「知識としては」
「オレもコードくらい覚えとるけど、何も見んとそこまで弾かれへんわ」
「あー……だいぶ前にちょっとやってた」
俺がギターを弾いていたのは、谷山家に生まれるよりも前のことだ。それも、10代の学生時代だったので、ほんとうにほんとうに、だいぶ前。
「それ兄貴要らん言うてたし、要る?」
「え、いいよ、光が貰えば」
「オレも別に要らん」
膝のギターから両手をぱっと離して掲げる。
「殺風景な部屋の飾りにでもしたらええやん」
「悪かったな殺風景で」
ギターをゆっくり寝かせた。
「本当はもっといっぱい、大事なものを持ってた気がするんだけど、ものを減らさないといけないって思っていろんなの捨てちゃった」
「ああ……」
弦を撫でただけでも、わずかに音が鳴る。
つまんで流して行くと少しだけ汚れが取れて、指が黒くなった。
「思い切って捨てるともう一度手を伸ばすのに勇気が要るというか……なんというか」
「二回金出すわけちゃうし、無駄遣いにもならんで」
「んー……そだなあ。もらっていい?練習したくなって来た」
「おん───そういや、歌も上手かったな」
「?だれが?」

ギターをしまおうと立ち上がりかけて再び座る。
光の前で歌ったことあったっけ。学校帰りにカラオケ行こうって誘ったらいややって言われた覚えはあるけど。
「ええ?どこで聞いたん」
「鼻歌」
「はあ?」
思わず顔が引きつった。俺はたまにハミングふんふんするが、それがどうして歌うまいことになるんだ。いや、昔むかーしは、バンド組んでたし歌もやってたけど、学生時代の嗜みであって。
「ボリューム下げてるくせにやけに発声がええねん」
「発声……」
「せやから耳に残って、厄介やったな。音離れんようになる」
「それは歌のチョイスでは」
「なくはない」
俺のささやかな鼻歌を思い出して上手かったと言ってくれるのは、まあ素直に嬉しい。
だんだん、本気で言ってくれてるのだとわかって照れてきた。
「まともに聞いたことあらへんから、なんか歌ってみ」
「今この状況で?嫌すぎる……カラオケ行こうぜ」
結局この場で歌う雰囲気には耐えられず、ギターをしまうことにした。


荷造りをして引越し屋さんが来るまでは時間があったんで、光と二人で駅の方へぶらつきに行くことにした。
「同級生に会ったらどうするん」
「腹括るっきゃないよね」
そういえば、と思い出した光に親指を立てていい顔をキメる。ノーリアクションだった。
大阪に遊びに来て、謙也さんなどのリアクションをすでに見ているので、まあみんなこんな感じなんかなーと想定はしている。
そのことを呟くと謙也さんを基準にすなとツッコミを入れられた。
光の中で謙也さんのリアクションは普通と違うらしい。
「一氏先輩にぃ、金色先輩にぃ……金ちゃんは反則やろ?」
「あいつは人とちゃうねん」
指を折って、大阪に遊びに来て再会した人々の反応を想像しながら名前を挙げる。
金ちゃんは当時から女の格好をしてる男だと思っていたそうだ。だから驚くこともなかったし、なんで名前変わったんや!と元気にわめいてくれたくらい心のでっかい男だ。彼は今後も俺を麻衣ちゃんと呼び続ける予感はしている。ハムちゃんじゃないだけマシ。

中学時代によく寄り道をしたドンキに入ったり、ゲームセンターで遊んだりしてたが、途中でカラオケを見つけて光に引っ張り込まれた。
かつて誘った時にすげなく断った男と、同一人物とはとても思えない。
「なんでカラオケ……」
「カラオケ行こうぜいうたやろ」
「今すぐの話ちゃうわ」
お前ちゃんと歌うんだろうなあ!?と騒ぎながら指定された個室までの階段をどすどす上がる。
俺は急に連れてこられても最近の歌など知らないし、カラオケもここ数年行ってない。最後に行ったのは東京にいた時の高校一年生終わったころかな。クラスメイトたちと一年お疲れ会やったっけ。
あの時はどっかんどっかんに盛り上がった覚えがある。
「二人か……」
「なに不満そな顔しとんねん」
「え、盛り上がんねーなって」
「ちゃんと盛り上げたる」
そんなやる気ないポーカーフェイスで、力なくマラカスを振られても全然期待できない。

一種の公開処刑かな?歌えやとタッチパネルを渡されてじいっと選曲を待たれ、歌入れて渡した途端光はさっさと自分のも送信した。早……現代っ子カラオケの歌入れるの早……。
こいつ実は相当な常連だったんだ。そりゃそうか、テニス部とかで行きそうだもんな。

結局光は一曲目を全く盛り上げてくれなかった。
「ひどい!ノーリアクションひどい!」
「───ああ、いや、普通に聞いとった」
マスカラずっと手に持ってまんじりしやがって。
俺は歌の間ちらちら光の様子を伺ったんだが、一向にリズムには乗ってくれなかった。
ヤダもう帰りたい。こんなアウェーで歌ったの初めて。
「悪かったわ、ちゃんと上手かったで」
ちゃんと上手かったて何?
言い返したいところだったが光の歌が始まっちゃったので、はぷっと口を押さえて聞き入る。
全然知らねー選曲だけど、部屋にあったCDもほとんど知らねーのでしょうがない。

その後俺は歌うのを遠慮しまくったが、光が有名どころの歌を入れて歌えと言うし、知ってる歌を吐けと真顔で問い詰めて来るしでよくわからない歌いっぱなし2時間コースだった。
光は俺を歌わせるのが気に入ったようなので、歌自体悪いものじゃなかった、ということだろう。


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さりげなく大阪のみんなとも再会させたかったので……。
あと主人公にギター弾かせたり歌わせたりさせたくて。
歌が上手いという設定があるにはある。
ボーイズラブじゃなくてボーイズビーアンビシャスな感じにしたかったし、アンビシャスジャパン歌ってほしさがあったけど断念しました。
Sep 2018

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