Sunrise. 01
東京に来て、俺は麻衣として生きる事をますます実感することになった。それは谷山麻衣ちゃんという、小説の主人公である少女と同じ立ち位置に存在していることに気づいたからだ。ここは俺にとっては現実だからわからないが、俺の知るとおりに現実が進むのか見てみたいと思った。
早くも、知っている通りにアルバイトが決まり、携帯電話の購入は済ませられた。一番に登録したのは財前ではなく、上司の電話番号なのでちょっと勿体ない気分ではあったけど、ナルの電話番号って貴重じゃね?と思って許すことにした。
財前のメールアドレスをちまちま打ち込んだ時点で、他の人のメールアドレスを打ち込むのが面倒になってきた。
とりあえず財前には連絡を入れて返事が来たのでわっほーと携帯電話のありがたみを感じておく。
もちろんちゃんと友人たちにも連絡を入れたけど、やっぱり面倒なので実際に送ったのは数人だけで、他の人にこのアドレスを教えておいてもらえるように頼んどいた。
それから二ヶ月、旧友から連絡がきては登録する日々を過ごした。
高校のクラスメイトともそこそこ交換をしているので、今や現代っ子と遜色無いくらいにはアドレス帳が埋まりつつあった。
財前のブログも見られるようになったので、高校生活を眺めてほっこりしている。主に先輩の愚痴ばっかりなのでほっこりできる内容じゃないんだけど、この性格の悪さとか生意気加減は見ていて面白いんだな。
ちなみに、俺の関西訛りは一瞬にして消し飛んだ。
ジョンと喋る時にはつられて関西弁を喋る時があるけど、単なるまねっこだと思われてる。いや、いつだってまねっこだけど。
あまりにも標準語に戻るのが早かったことと、ジョンにつられることを財前に笑って話すと、「お前は周りに合わせて生きとるからや」と微妙にお説教を頂きました。どうもすみません。
ジョンのちょっとおかしな方言と、財前との電話以外で、久々に関西弁を聞いたのは一年生の終わりの頃。
とある私立高校に調査へ行った時の事だった。
カメラを設置しにいく為に三脚と鞄を持ってテニスコートの脇を歩いていた。ああなんか懐かしいなあなんて思いながらぽやぽや歩いていたら、足元に転がっていたテニスボールに足を取られて転びかけた。その時俺を支えてくれたお兄さんが、関西弁を喋ったのだ。
「おっと、大丈夫かいな」
「あぅあぁあっぶねー!!!」
ドッキドッキと胸が弾む中、「でっかいリアクションやな」とお兄さんの声が降って来る。
支えてもらいながら危機一髪だったことを実感していたので、俺はぱっと身体を離して頭を下げる。
「どうもありがとうございます!」
「ええよ、それより自分どこの人?生徒ちゃうやろ」
「調査に来てる外部のものなんですが……エエト、はい、これ」
私立の結構お金持ちな学校だったので、きちんと来校証バッチを貰っていてそれを腰に付けていた。服の裾をぴっと引っ張って見せたら、お兄さんは眼鏡の奥の瞳をそっと和らげた。
「そうなん。三脚持っとるから偵察かと思ったわ」
「ああ!紛らわしくてすみません〜」
「いや、こっちが勘違いしとっただけやしな」
さすがに仕事で学校に来てるなか、初対面の人の言葉を真似しちゃうほどアホじゃないので標準語で話す。
……ジョンは「もうかりまっか」が悪い。
ちゃんとした大阪弁は懐かしく、耳障りの良い低い声も合間って、ずっと聞いてたいわーとか勝手に思う。
調査ってなんの、怪奇現象に関することです、そんなんもあったなあ、みたいな世間話をした末、この人はあんまり調査に関係すること知らなさそうだなーと思ったので話を切り上げようとした。
というか、もともと俺の記憶にない事件だったからスカなのかもしれない。
「———なあ、俺と会った事あらへん?」
「は?」
じゃあこれで、と口を開きかけた俺を制止するように、お兄さんは言う。
へえ〜こんなナンパの常套句みたいなの初めて聞い……あ、真砂子がナルに言ったな。そしてこんなセリフをガチで言うのはナンパじゃない。本当に記憶にあるってことで……もしかして大阪に居た時に会ったかな?と首を傾げる。
「会いましたっけ?」
「ナンパちゃうけど、ホンマに記憶にあんねん」
「えーと、大阪の人ですよね?」
「いや、俺は中学からずっと東京おったで」
「あれ?———ここ一年は東京に居ましたけど、その前は大阪に居たんですが……どこで会ったんだろ」
「へえ、大阪におったん?」
共通点はちらっとあるんだけどなあ、と二人で頭を捻る。
別にお互い覚えてないってことは、忘れてても問題ないくらいの接触しかしてないんだろうけど。
「———おーい麻衣、どうしたー?」
「ぼーさん」
「麻衣?麻衣ちゃん言うんか?」
「え、あ、ハイ、谷山麻衣ちゃんです」
さっきは谷山ですとしか名乗らなかったから、お兄さんは俺の名前を聞いてピンときたような顔をした。
「思い出したわ、謙也が写メ送って来たんや。タコパかなんかの。東京で見かけたらよろしくな言うとった」
「忍足先輩の!」
俺はああっと思い出して手を叩いた。たしか送別会の時にいっぱい写メ撮ったし、忍足先輩も「東京にイトコおんねん、困ったら頼りぃ!」とか言ってたな。結局詳細聞いてないので冗談みたいなもんとして受け取ってた。
「イトコ居るって言ってたけど、まさか本当に写真送ってるとは」
「見かけるわけないし、どうしろっちゅうねんって話やろ?忘れとったけど、まさか会うことになるとはなあ」
忍足先輩のイトコのお兄さんは笑った。どうやら彼も忍足先輩らしい。学校の先輩じゃないから、忍足さんってところか。
ぼーさんとジョンがちょっと離れた所でこっちを窺うようにしていたけど、俺が一向に忍足さんと別れないので不思議に思ったのかやってくる。あ、時間がない。いやべつに、一緒に居る所見られたくないわけじゃないんだけど。
「おもろいから謙也に写メ送ってええ?」
「いいですよ〜」
「ほないくで————おん、オッケーや。お仕事がんばりや」
「あはは、ありがとうございまーす」
忍足さんはぼーさんとジョンが俺の後ろに来るのとほぼ同時に別れを切り出し、ちょっと視線をやってから会釈して去って行った。
「麻衣、なんだ今の少年は……ナンパか?」
「写真撮ってはりましたけど」
ぼーさんもジョンも、二人して過保護なお兄ちゃんみたいな顔してる。
「知り合い知り合い!」
笑いながらぶんぶん手を振って否定した。
知り合ったのは今さっきのことだけど、知り合いのイトコだからそう言っても良いだろう。
ぼーさんとジョンは知り合いと聞いて納得はしていたので、俺達は調査に戻った。結局その日は特に現象や被害に見舞われることもなく終了した。
「麻衣、帰って良いぞ」
「うーい」
ナルに言われて俺はばさりとコートを羽織る。
ぼーさんは鍵を回しながら送ろうか聞くので俺は素直に甘えようと口を開きかけた。
けれど、ベースにしてる会議室がノックされたので会話は途切れる。
「あ、おったおった、麻衣ちゃん」
「忍足さん」
ドアから顔をのぞかせる忍足さんに、俺はきょとんとしてしまう。何か用でもあったんだろーか。
「俺の連絡先教えとらんかったやろ、これ」
「あ、ありがとうございます」
「ええねん。何かあったら頼りや、話聞くくらいしかできんけど」
忍足先輩から事情聞いたのかな。くにゃっとした笑みを浮かべてしまい、それを見た忍足さんも気遣うようにこっちを見た。
渡されたメモに書かれていたのは忍足さんのと思しきメールアドレスだ。忍足先輩を経由しないあたり、きちっとした印象を受ける。もちろん経由したらだらしないってわけじゃないんだけどさ。
ただ、皆の前で連絡先を渡されたのはちょっと反響が大きくて、彼が部屋を出て行った後に綾子と真砂子に詰め寄られた。
「なんで麻衣がモテてんのよ」
「だれですの?あの方」
「ああ、中学時代の先輩のイトコ。ここの生徒だって知らなかったんだけど、さっき偶然会ってさ」
忍足さんはまた皆に会釈をしてから去って行く。すると女性陣を始めとするほぼ全員がじっとりとこっちを見てきた。
「じゃあ初対面か?」
「うん、会うのは初めて。あっちは写メで見た事あったらしくで、どこかで会ったっけ?って言われてね」
「ナンパじゃねーのそれ」
「実際どっかで見た事あったんだからナンパじゃないでしょ」
共通の知り合い居るのは本当だから、騙されてるわけでもないしなあ。
色々弁解をしているうちに、最初はこっちを見ていたナルも全く興味がなくなったようで、少ししてから「早く帰れ」と話を切り上げさせた。
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予告しておきながら大分放置してましたね、ごめんなさい。
英文は前から引き続きですが、犬が西向きゃ尾は東、……あたりまえのこと、です。
タイトルは西から登ったお日様が東へ沈む()
Sep 2016