Sunset. 01
お母さんが亡くなってから孤児になった俺は、学校の先生の家に下宿させてもらう予定だった。だから同じ学校に通い続けられる筈だったんだけど、先生のお父さんが腰を悪くしたのを機に実家のある大阪に移り住むことになった。孤児院とか、他の下宿を探すしかないのかなと思っていたけれど、先生は一度引き受けておいてなかったことにはしないつもりだったようで転校が嫌ではないのならうちに住めと言ってくれた。
大阪の中学校はなかなか活気のある所だった。もちろん地元の中学が暗いわけじゃないけど、ここには独特のノリがある。
自己紹介のあとに持ちネタはって聞かれてきょとんとしたことを覚えてる。
あと、月に一回くらい教室中を巻き込んだネタ振りがあって、慣れるまでに時間がかかったし、笑うので忙しかった。
「……おい、大丈夫なんか」
「うん、ふへ……はは」
ギャグがつぼに入りすぎて、机の上でのたうち回ってた俺は隣の席の男子生徒に若干引き気味な顔で心配された。
中坊にして既にピアス付けてるし、髪型もシャレオツだし、やべえ不良くんかって思ってたけどテンション低いだけで特に害はなかった人物だ。
毎日おはようの挨拶はできる程度の仲で、つまり普通。
「笑いすぎやろ」
ぼそっと呟いた彼は、俺とは逆に滅多に笑わない。
常にだるそ〜にしてて、スカしてる。
「あはは、財前は何なら笑うの」
「おもろけりゃ笑うわ」
「えー、じゃあ今のつまんなかったわけ?」
俺あんなに笑ったのに!とびっくりして顔を上げる。
涙をぬぐって、じわりとわいた汗を乾かすように服をパタパタさせると、しらけた顔がこっちに向けられた。
財前がこんなに話すの珍しいなあ。暇なのかな。授業中だけどな。
「東京から来たいうから、もう少し静かなヤツかと思っとったわ」
「うるさくはしてないっつーの」
お前は失礼なヤツだな!
ごすっと肩にパンチをしたらじっとり睨まれたけどそんなの怖くありませ〜ん。
あと、俺は東京から来たなんて言ってない。地元は神奈川である。
『東京モン』みたいなくくりでいるから皆勘違いしてる。関西人と東京モン的な。関東人ていうのかな、広東と被るな。
「あ、たこやきくいてえ」
「なんやねん急に」
今日の財前は俺のひとり言もきっちり拾ってくれるらしい。ホントどうしたの。
広東からの広東風焼きそば、そしてたこ焼きという連想ゲームは彼には全く伝わってないので、胡乱な視線が俺を襲う。
「大阪来たらたこ焼き食べようって思ってたのに、まだ食べてない」
ぐうぐうとなりそうなお腹を抑えてぽそぽそ話すと、財前は「はぁ?」って顔をした。
くだらねえこと言うなってことかな。大阪イコールたこ焼きは違うって言われるパターン。
「もう三ヶ月経っとんのに」
「うん」
あ、そっちなんだ。
やっぱりイコールなのか?
「周りにたこ焼き屋なんてぎょうさんあるやろ」
「あり過ぎて逆に入り辛いんだよね。どこかおすすめある?」
「俺に聞くなや、めんどいから」
「そういう流れだったじゃん!?」
結局財前はそれ以降は視線を黒板に戻しちゃったので、あきらめて俺も授業に戻った。
その日「授業中たこ焼きの話しとるから、食べたなってきたんや」っていう理由で、近隣の席の友人たちが俺を放課後つれだしてくれた。
財前のおすすめは聞けなかったけど、俺は本場のたこ焼きをハフハフできたので大変満足だった。
「おはよー財前」
「はよ」
次の日の朝、いつもどおりぼそっと返事をして座る財前に身体を向ける。いつもなら今のやり取りで終了なんだけど、昨日のことは報告せねばと思って。
「昨日たこ焼き連れてってもらったんだ」
「へー」
全く興味なさそうに肘をつくけどめげない。
えっとね、えっとね、どこどこにあったんだよって必死に説明したけど「知っとるわ」で終わらせられた。めげた。
ていうか昼に学食行ってみたら普通にたこ焼き売ってた。お好み焼きと焼きそばとたこ焼きがそれぞれ透明のパックに入って鎮座してる。先生の奥さんが毎日お弁当持たせてくれてたから滅多に学食来たこと無かったし、今まで気づかなかった。
はう!?と衝撃を受けてたじろぐ俺の背中は誰かにあたる。
「あ、すみませ、あ、財前!」
ぶつかった人の隣の人物、財前に反応して、謝罪が途切れた。すんません。
「ええでええで。財前の友達か」
「はあまあ」
すみません、ああ、財前、ああ、すみませんってわたわたしてると、ぶつかった人がにかっと笑う。
この人金髪頭だ……不良くんか?でも財前あれでいて不良じゃなかったから。二人して軽音部って言われたらまあ納得する。
ていうか財前、なんてやる気の無い返事なんだ……。
「ねえねえ、学食にもたこ焼きあんだね!?」
「あるやろ普通に」
大変面倒くさそうに頭を掻いてる財前。
「うん?普通なの?んまいのかな。買おうかな」
「うまいで、ここのたこ焼き」
金髪の人がぐっと親指を立てた。まじか、食わなきゃ。
俺はさっそく買って来て、あったかいたこ焼きを両手にもちほくほくしている。
流れで席までご一緒させてもらえたので、金髪の人もとい忍足先輩に期待の眼差しを向けられながらたこ焼きをぱくっと食べた。
「ん、ま!」
「せやろ?」
財前とは比べ物にならないくらい熱いリアクションを返してくれる忍足先輩。
どうやら、俺がビックリしている顔が見たかったらしい。満足げにうんうん頷いてた。
「どうせ何でも大阪のたこ焼きやって喜ぶやろ」
「……たしかに」
はあとため息を吐きながら言った財前に俺は神妙な顔つきで頷いた。
多分俺何食べても、美味しかったら「さすが大阪のたこ焼き本場はちげえ」って言う気がする。
「地元のたこ焼きもおいしーしなあ」
「地元て?」
「神奈川です」
二個目を飲み込み終えた俺は忍足先輩の問いに答えた。
「神奈川やったんか」
「東京じゃないんだよなあ、面倒だから言わなかったけど」
「詐欺や」
「嘘は言ってないわ」
三個目をもぐもぐしながら財前とやり取りをする。
忍足先輩は若干驚いていて、それから拳を握って俺の方をきっと見る。
「たこ焼きは、大阪のが一番やで!んでうちで作るんが宇宙一美味い!食ったらきっと違いが分かる!」
いや、多分俺わかんねえ。
そこまで情熱なければ、味の機微を感じられる舌をしてない。経験不足ってやつ。
財前はそこまで言わない人みたいだし、指摘したわりにどうでもよさそうだったけど、忍足先輩はどうやらたこ焼きに並々ならぬ情熱を抱いてるらしい。そしてそれがほぼ無自覚というか、当然のことみたいな。
「謙也、なに大声で女子を家に連れ込む算段たてとるんや」
「たこ焼きが穢れるんでやめてほしいっスわ」
丁度忍足先輩の後ろを歩いていた人が、苦笑しながら彼の隣に座る。そして財前は冷ややかな目で忍足先輩を見た。
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もしも中学が四天宝寺だったら、というお話です。テニプリ再熱しました。
主人公は関西に対する偏見というか思い込みなどありますが、私のリアル意見というより主人公がそういうキャラなのだと思っていただけたら嬉しいです。(言い逃れ)
Mar 2016