Sunset. 03
ある天気が良い日、芝生の所でひなたぼっこしながらご飯食べようしたら、後ろの木から裸足の男の子が飛び降りて来た。え、大阪に野生の猿?って思ったら都会に突如として現れたターザンだった。一応人間。
「ワイおなかへった〜」って言うからサンドイッチを一枚ちらつかせたら、初対面なのに手から食べた。
精がつくようにと、ハム入りだぜ。よく噛んで食えよな。
そういう感じで一度餌をあげたから覚えてたのか、俺を見かけるとハムの姉ちゃんと言われるようになった。待って、それ悪口にしか聞こえない。
何度もハムの姉ちゃんはやめようねって言い聞かせたらハムちゃんになったんだけど、ハムをやめろっていってるのは通じないらしい。
ハム体型でもないし、お歳暮にハム持って来る人でもないんだけどな俺は。
ハムちゃんならハムスターっぽくて良いかと、彼の性格とテンションを見てて一週間で諦めた。
ちなみにあの野生児、テニス部の一年だった。
「自分がハムさんか?いつも金ちゃんがお世話になっとる」
「え、いえ、お世話なんてとんでもない」
さりげなくハムさんと呼びながら挨拶をしにきたのは野生児金ちゃんの先輩で、石田銀と名乗った。
「二人揃うと縁起のいい名前デスネ」
俺の腰にひっついてる金ちゃんを探しにきたらしいけど、この人三年生だからもう引退してるんじゃないのかな。
「なあなあ、ワイお腹減ったんや〜ハムちゃん何か持ってへん!?」
遠慮無しに俺の背中によじよじ登って来る金ちゃんを負んぶして、テニスコートの方に行く。金ちゃんの所為かその風格の所為か、石田先輩は石田先輩っていうよりもう、銀さんだな。
金さんと銀さんつれて歩くなんて今日はきっと良いことあるぞう、とこじつけて重たいお猿さんを背負い直す。放課後で家に帰るだけなので良いこともなんもないだろうけど。
「なんも持ってないよー、あのときも自分のお弁当わけてあげだだけだし」
「でもワイおなかへったんや〜!」
「知るかいな」
足をばたつかせる金ちゃんに俺はため息を吐く。
「すまんな、ハムさん。金ちゃん、あんまり我儘いうたらアカン、部活終わったらワシらとたこ焼き行く約束やろ」
「はよう行きたいわー!」
首には筋肉質な腕が回ってきて、ぎうっとしめられる。降りろや……。
「金さん……おもたいです……」
前のめりになって抱えなおす。
「ああ、無理せんと落としてもええで」
銀さんはそういうけど、腕を放しても金ちゃんは上手にしがみついてるので落ちなかった。
テニスコートにまで連れてったら他の先輩もいるみたいだから、どうにかしてくれると思うんだけど。銀さん助けてくれないわけね、苦行を背負えってことなのね、わかった俺頑張る。
「ざーいぜーん!」
気分はロボット操縦?金ちゃんは俺の背中に乗ったまま、テニスコートが見えるなり人影に向かって呼びかけた。うるせって思ったけどその名前には聞き覚えがあって、俺も目を凝らして人影を見る。
「なにやっとんのや」
近づいて行くと財前と忍足先輩と白石先輩、ほかにも先輩っぽい人が集まってた。
財前が呆れつつ言ったのは、俺になのか、金ちゃんになのか。
「金ちゃん、ハムちゃんにハム貰いに行く言うとらんかったか」
「その残念なあだ名の谷山ですこんにちは」
俺はぐったりしながら、苦笑してる白石先輩に会釈した。
「あー、このお猿さんひっぺがしてくれません?」
「な、お、おい!ちょ、それ!」
くるっと背中を向けると、忍足先輩が慌てた声を上げる。他の人もざわっとしてるのが聞こえる。
「いややわ、パンツ見えてはるやないの〜」
えええ、ほんまかいな。
ふぁさっとあったかい布が俺のお尻を包む。スカートを巻き込んで金ちゃんは俺にしがみついてたようで、露出しながら歩いて来たのだ。
金さん銀さんのご利益全くねえな。
黒のボクサーパンツなので、後ろから見たらスパッツに見えるだろう多分。あ〜ピンクのじゃなくてヨカッタ!
坊主に眼鏡におネェ口調な先輩が軽い感じでカバーしてくれたし、あんまり恥ずかしさは無い。
「横歩いとったから気づかんかった、すまんなハムさん」
「あはは……」
手を合わせてちょっと頭を下げる銀さんは、謝罪っていうよりもお祈りのようで変な気分だ。
さすがにパンツ見えてたってことは分かったみたいで、金ちゃんもぴょこっと俺から降りた。スカートの裾を直してると困った顔でごめんなあって言われるからちょっとだけほっぺをつねるだけで許した。
「ハムちゃん、放課後たこ焼き食べに行くんやけど、一緒にいかへん?お詫びに奢るわ、謙也が」
金色先輩というらしいおネェさんが笑う。
「オレかいな!」
「謙也が一番ガン見しとったからやろ」
一氏先輩という金色先輩の自称恋人がケッとしながら言う。
「し、しとらんで?オレ」
「良いんですよ、自分で見せてたようなもんだし」
へらっと笑って誤摩化す。
逆にこっちが申し訳ない気持ちでいっぱいだ。実際は同性のパンツなのに女の子のパンツを見てしまったと認識させちゃった。
ほんとごめんな、中学生。
「なー、ハムちゃんも一緒にたこ焼き行こうや〜」
「んんん、ハムちゃん先週三回もタコパしたから当分ええねん」
こてっこての関西弁を操る金ちゃんに合わせて、同じテンションで断る。
「ワイは十回続いても平気や!」
「そっかぁ」
やだこの子話が通じない。知ってたけども。
結局たこ焼きじゃなくてジュースでもおごったるってことで白石先輩が助け舟を出した。
そこは普通に金ちゃんを諌めればいいのかもしれないけど、寄り道自体が嫌だったわけじゃないのでどっちでも良いや。おごりだし。
「財前も行くの?」
「オレが行ったら悪いんか」
部活が終わってから、学ランでどやどややってきた群れに財前も居たからちょっと驚いて尋ねる。
「いやあ、意外だったから。でもそっか、たこ焼き嫌いなわけじゃないか」
「嫌いなんは自分やろ」
「嫌ってはいないですぅ、いまちょっと距離置いてるだけですぅ」
俺と財前の会話を聞いてた白石先輩が隣で吹き出した。そんなに面白い会話してたかなと見守ってるとくすくす笑いを堪えながらこっちを楽しそうに見た。
「いや、ほんま自分ら、たこ焼きの話ばっかりやな」
「先輩の前では確かにこんな話しかしてないかもしれないですね」
「教室でもこんな話しばっかりや」
そもそも白石先輩に会ったのは前に一度だけだったので、そのときは忍足先輩と財前と一緒にたこ焼きの話をしてたと思う。
俺はもしかしたら、白石先輩の中でたこ焼き女になってるのかもしれない。
「あ、自分財前が言うてたたこ焼き女か」
一氏先輩が合点が行ったように俺を見た。え、たこ焼き女の話題既に出てたの?
後から聞いたんだけど、財前はブログで誰とは言わないけど『こいつ、たこ焼きの話しかしたことあらへん』って言ったらしい。あと『最終的にたこ焼き食べ過ぎて当分良いって宣言するし、アホちゃうか』というツッコミがあった。
白石先輩はその記事と俺達の会話で俺のことだと分かって吹き出したらしく、一氏先輩に続いて忍足先輩達もああ〜キミが噂のたこ焼き女って顔でこっちを見ていた。
足デカ女とか、たこ焼き女とか、ハムちゃんとか、誰も俺の名前呼びやしねえ。
next.
別におやつキャラじゃないのに、たった一回お弁当をあげただけでくれる人と認識された可哀相なハムの人。相手が学習能力のあまりない(失礼)野生動物(偏見)だから仕様がないのかもしれませんね、ということにしましょう。
金さん銀さんって呼びたかったんです。
Mar 2016