I am.


Sunset. 04

たこ焼き屋さんで隣に座った忍足先輩が財前のブログを見せてくれた。
アホなたこ焼き女の記事についたコメントは、『本当に美味いたこ焼きに出会ってないから飽きるんや』『おまえが本当の味を教えたれ』だったので、俺自身は一切こき下ろされてなかった。変な女に乗じてボケを突っ込んで来る関西人ばっかりや……。
「ん?」
「どないした」
「いえ」
『たこ焼きの話しかせん子が当分良い言うたなら、話しかけて来なくなるんやろか』という質問みたいな心配事が寄せられており、俺は思わず首を傾げた。隣の席なので毎日おはようとまたなって言ってるけどそういうこっちゃないよな。
忍足先輩が買ってくれたジュースを啜りながら、反対隣でたこ焼き食べてる財前をちらっと見る。
「なんや」
「なんも」
ちらっと見た所でばっちり目が合ったので、じっとり見られる。
忍足先輩の携帯を両手に包んでかわいこぶったせいで、そこに視線が向けられた。
「謙也さんの携帯でなに見とんねん」
「財前のブログ」
素直に答えると、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。公開してる以上見んなとは言わせないけど、隣に居るのに読むのは失礼だったかな?もうたこ焼き女の件は読んだので忍足先輩に返した。
「ブログってどんくらいやってんの」
「覚えてへんけど、一年くらいはやっとる」
「へえ、続くなんてマメだね」
「こんなん普通や」
たこ焼きの話以外って本当にしたことないんだっけ。
そう思ったから俺は適当に話をしてみる。
そもそもね、財前は基本的にテンション低いから用がないと話しかけにくいんだよ。それに財前から話ふってくることだって珍しいんだ。
偶然した世間話がたこ焼きだっただけで、その話の続きが出来たからちょこちょこ話してたわけ。
「携帯ないんやろ」
「ん?うん」
「家に連絡せんでええのか」
ジュースはもう飲み終え、ストローを吸うとずこーっと音がするので口をはなす。
「おお、せや、うちの人に遅くなる言われへんやろ、電話するか?」
忍足先輩はさっきまで白石先輩達とわいわい話してたのに、くるっとこっちを向いた。すごいなあ、はきはきしてて。ちゃんとこっちも聞いていたのか。
「いや、暗くなる前に帰れば怒られないんで」
「どこらへん住んどるん?帰る頃には暗くなるやろ」
「あるって十五分くらいですかね、だからもう帰りますー」
ジュースごちそうさまでしたと言ってグラスを持って立ち上がる。
他の人達ももう帰るのかと声を掛けてくれたけど、急な誘いってことはわかってるので引き止められることもないし、執着することもない。
金ちゃんだけはえーっとブーイングしてたのでひらひら手を振っとく。
「ざ、!」
最後に財前また明日って言おうと振り向いたら、真後ろに立ってた。
「オレも帰るわ。先輩らお先っス」
「おー、気ィつけて帰れやー」
「ハムちゃん送ったれよ?財前」
「うるさ……」
先輩を先輩とも思わぬ態度を貫き通し、財前は俺と一緒に店を出た。
「財前ちってどっち?」
「自分はどっちや」
「心斎橋のほう」
「あっちか」
慣れた様子で財前は歩き出す。
「———あれ?なんか思ったより暗くなるの早」
「二月なんやから当たり前やろ」
信号待ちをしていた俺はぼけーっと空を見て思う。太陽がどんどん見えなくなって来た。
んって言いながら携帯を貸してくれた財前は大変優秀な男だ。電話借りて良いってことなんだろう。
すっかり覚えた家の固定電話をうちこんで、電話をかける。この時間だとまだ先生は帰ってないだろうけど、おじいちゃんか奥さんは大抵家に居るから出るはず。というか奥さんは晩ご飯の料理で忙しいかも。
そう思っていたらおじいちゃんが電話に出た。今帰ってるところで、いつもより遅くなるから心配しないでって連絡をしたのでもう大丈夫だろう。
「電話ありがと」
「……先生って誰や」
「先生は……中学んときの先生」
財前につられて、発音が変わる。
俺普通に先生帰ってるかとか奥さんに言っといてとか言ったな。うん。
「親は、」
「うちいないんだ〜」
へらっと笑って答える。実際しんみりする気持ちはもうない。
「お父さんは小さい頃、お母さんはこっちに来る前に亡くなって、先生んちに下宿さしてもらうことになったんだけど」
青信号を見て、歩き出した。
「先生のお父さん、今電話で話してたおじいちゃんが身体崩したのを機に、先生の実家に来たわけ」
「自分はそれに、ついて来たんか」
「うん、一緒にくるかーって言ってくれたから、お邪魔しまーすって」
財前はふうんと相槌をうった。
「ーーーもうすぐ卒業式だね」
「あんま関係ないやろ、自分」
「せやな、じゃあ春休み?進級?クラス替え?」
「なんでもええわ」
なんでぇ、最初にケチ付けたくせに。
「教科書忘れたら貸してな?」
「置き勉せえ」
俺達は薄暗い帰り道を、急ぐわけでもなく歩いた。
なんだかんだ、財前は送ってくれてるようで、一向にほなって言わない。
「来年からは委員会入らなきゃなあ。楽なのある?」
「知らんわ」
「財前図書委員だっけ」
図書室に用はなくて行かないけど、誰かとどっかで委員会の話をした時に図書委員は財前だって聞いたなあと思って財前を見る。
ちょっと意外そうな顔をした財前は、知っとったんかと呟いた。そりゃ、お前、あのなあ……。
「たこ焼き以外の話だってするでしょーが」
「委員会の話はせえへんやろ」
「聞かなくたって知ってることくらいあるわ」
ぱしんと背中を叩くと、わざとらしく肩にかけたテニスバッグを背負い直し、鬱陶しそうに肩をすくめる。
全国区のテニス部部長だとか、図書委員だとか、クールでドライだっていうのも他の人から聞いたし。
財前が自分から、流れとはいえ教えてくれた個人情報は甥っ子がいることと、ブログをやってることくらいじゃなかろーか。
「財前って自分の話しないね」
「そんなんぺらぺらするもんちゃうやろ」
「せやなせやな」
繰り返すなや、と呟きながら財前を横目で見る。ぱちっと視線があって、ふひっと笑うと面倒くさそうに目をそらされた。


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主人公が孤児だってことはあんまり知られてないと言うことで。同年代では財前くんだけ。
Mar 2016

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