Sunset. 05
卒業式が終わった。財前の先輩たちは結構目立つ上に漫才も披露してたりして、遠くからでも騒がしいのが目に入った。一足先に自由になって校舎の外に出ている先輩達を、下級生は窓から見下ろす。知り合いの名を呼んでは、今かろ降りると叫んだり、あいさつをしたりする生徒が大勢居た。
友達に急かされて一緒になって窓にかじりついたはいいけど、俺の知ってる先輩といえばごく少数で、なおかつそんなに喋ったこともない……ない?うん、普通に顔見知りな先輩だ。
ふいに校舎を見上げた白石先輩と、目が合ったような気がする。
白石先輩は隣に居た忍足先輩に声をかけて、もう一度こっちを見た。そして二人して、おーいって声を上げて手を振るから、俺の後ろに財前でもいたっけと思って振り向いてみたけど、財前はいない。さすがに、挨拶には行ったのか。
二人の方をもう一度見るとまだこっちを見て手を振ってて、口は「はーむー」と動いてる。俺か。
正直ハムちゃんって呼んで良いの金ちゃんだけだからな……諦めてるだけだからな……。許してないんだからな。
遠慮がちに手を振りながら、二人の方へ近寄って来る人影に気がついた。あ、財前だ。周りにはテニス部と思しき男子生徒が何人も居て、花束とかを持ってる。ちゃんと縦繋がりあるんだなあ。
肘をついてじいっとその光景を見守ってると、花束を持った白石先輩が、今度は財前に上を示す。財前はこっちを見たので、俺はへらっと笑って手を振った。
ぷいっとされるのはいつもの事だった。
俺達は一週間程多く学校に通い二学年を終えた。
春休みは準備期間ってことで特に課題なんかは出なくて、家でちょっとごろごろして、家事を手伝って、時々電話がかかってきてお誘いがあるので出掛ける日々が続いた。
今日は特に予定もなかったから、奥さんに買い物があれば行くと手伝いを申し出て、お仕事をもぎ取って来た。
天気が良くて程よく暖かいので、歩いて商店街へ行くだけでもなんだか楽しくて、駅前の人混みの中もさほど辛くは思わなかった。
ふいに、人混みのなかで知ってる人の姿を見かける。遠目に見たら女の人と話しているようだったけど、近づくに連れて困った顔が見える。
うわあ、白石先輩逆ナンされとる〜。
「白石せんぱーい」
まあ、もし相手が知り合いだったとしても見かけたから挨拶した体で行こうと思って、手をあげながら声を掛けてみた。
「あ、」
ハムちゃん、と口が動いた。……放っといて帰ろうかなーと思ったけど心底嬉しそうな顔するのでもんにょり口を歪めてから駆け寄る。
「待っとったで」
「ほんまですか、ごめんなさ〜い」
助けてって意味だろうなって思って話を合わせる。待った?って聞かなくてごめんね。そしたら待ってないって言えるのにね。
手をすっと出すと、ごつめの手が一瞬だけ戸惑ってから握った。あれれ、合わせるつもりで出したけど、やりすぎたかな。
「おねーさんら迷子?あすこにおまわりさんおるんで、そっちで相談してくださいね」
指をさして交番を示すと、お姉さん達はちょっと顔を引きつらせて「お、おおきに」といって去って行った。
俺も彼女達とは反対側に、白石先輩の手をひいて歩く。
「ありがとおな、ハムちゃん」
「はい、ハムちゃんって呼ばれた途端引き返そうかと思ったんで、もっと感謝してください」
「え!気に入っとらんかったん?」
「誰が気に入んねん」
反射的に突っ込みながら手を離してポケットに入れた。
「ハムちゃんの由来ってハムのサンドイッチですよ?普通喜ばないでしょ」
「あ、せやな。ハムちゃんって響き可愛いから」
え、俺ハムスター感ゼロなんだけどな……。女子にしてみたら背は高いし、ふっくらしてないし、前歯も大きいどころかむしろちっこいし。つぶらな目はしてないし。むしろ無表情だと怒ってる?とか言われるんだけど。
「———それにしても、このへんってナンパ多いんですか?一人で居ないほうが良いんじゃ」
送ってった方がいいのだろうこの人、と心配したんだけど。
「いや、そんなことあらへんのやけど……俺、結構逆ナンされやすいねん」
「あ、自慢でしたか。一生やってろ。おつかれさまでした〜」
「ちょ、待って待って!」
くるっと踵を返そうとした俺の肩をがしっと掴んで引寄せる。
「いや無理っす、四六時中は付き添ってやれないっす」
「それはええねんて」
一人にしないでってことかと思ったけど、そうじゃなかった。
「これからどっか行くん?」
「買い出しに。ナンパですか?」
うぐっと白石先輩は言葉に詰まる。
どうやらこれから忍足先輩宅でタコパらしく、一緒にどうって誘われた。
え〜それは気になるけど、気になるけど〜。
「昼ご飯の買い出しなん?」
「いや、普通にトイレットペーパーとサランラップです」
「傷むもんでもないな。謙也んち置いといたらええ。なんだったら荷物持つで、お礼に」
「忍足先輩が良いっていうなら」
「決まりやな!————あ、もしもし謙也?」
どうせ謙也は断らんから、と言って白石先輩は電話をかけ始めた。一応断りは入れとくらしい。
「麻衣ちゃんとそこで会ってん。連れてくから」
さりげなく麻衣ちゃんって呼ばれてるけど、谷山さん→ハムちゃん→麻衣ちゃんになったわけな。
トイレットペーパーとサランラップと、おまけに大特価の柔軟剤を買ってお店を出る。白石先輩はトイレットペーパー、俺は袋に入った柔軟剤とサランラップを手にさげた。
「思ったんですけど、歩いてて逆ナンされたんですか?」
「ん?いや待ち合わ———は!!財前!」
なんかもう、色々察した。
財前と待ち合わせして忍足先輩んちに向かうつもりが逆ナンをされ、俺が先に現れ、俺とともに買い物に行ってしまったと。可哀相な財前……。
スーパーは待ち合わせ場所から少し行ったところなので、白石先輩は俺の手を掴んで駆け出す。運動部について行けるわけもなく、俺はぐいぐい引っ張られてひええってなった。
「スマン、財前!」
「遅いっスわ————、」
白石先輩の手をぎゅっと握って掴まりながら、はふはふ息を整える。
「なんで、こいつおるんスか」
「おぉ、さっきそこで見かけたんや」
ひいひい、人のこと考えてねえぞこいつ!って思いながら顔を上げると、待たされた所為か、もともとか、とにかく怠そうな顔をした財前がこっちを見てた。俺全く悪くないのになんかごめんなさいってなったぞ。
「人の事ほっといてナンパとか、ええご身分スね」
「スマンって!」
俺は額に滲んだ汗を拭う。
サランラップと柔軟剤の入った袋ががさりと音を立てた。
そういえば俺はまだ手を繋いだままだったんだけど、白石先輩は慌ててるのか謝りながら手に力を込めた。そこは普通ぱっと手を離して身振り手振りで言い訳をするのでは。
「あのー先輩?手ぇ離してください?」
手を繋いで日用品もって立ってるなんて、夫婦っぽくてなんか嫌だ。
顔を覗き込むとまたしても白石先輩ははっとしてから手を離して謝る。
忍足先輩んちに行ったら行ったで、俺がくるとは思ってなかったらしく「麻衣ちゃんって誰や!?」ってそわそわしちゃった忍足先輩は白石先輩を叱りつけていたので、またも白石先輩は謝っていた。
謝り倒してんなあ、先輩。
next.
お決まりなパターンだけど、白石先輩は逆ナンされるっていう設定があるから、もう、やるよね。
Mar 2016