I am.


Sunset. 06

三年生になったばかりのころから、もう『受験』の言葉は頻繁に耳に入って来る。義務教育が終わったら一応バイトもできるので、俺は先生の家を出るつもりだった。お爺ちゃんも先生も奥さんもせめて高校を卒業するまではうちに居て生活費を溜めたら良いんじゃないかって言ってくれていたけど、俺は人に世話をかけることが苦手で、厄介になってる現状がいささか苦しい。共同生活とか他人とのコミュニケーションには苦痛を感じないんだけどなあ。
なんというか、金が絡むと、ね。
気になるなら家賃や食費を入れさせてもらえばいいんだけど、調べてみたら寮のある学校や援助のある学校があった。
———決まって東京に多かった。
先生にはそういう話をもうしてある。自立精神があることは悪いことじゃないし、両親のお墓や生まれ育った町が近い方が心が安らぐという点では、おおいに賛成してくれた。

「おい、ハム」
「あ?」
金ちゃんにハムちゃーんって元気な声で呼ばれる以外は、不機嫌そうに振り向く事にしてるんだけど、今や大抵そう呼んでくるのは財前だけだ。
しかも呼び止める時だけとか、言い残して行くだけとかなので、わざと呼んでる。
「呼ぶなっつってんだろ」って言っても「せやったな」で済ませてくるからもう直す気ないだろ。
またお前かと思いつつ、引きつった顔で返事をする。
「……なあに、財前クン」
「今日俺と当番な」
「え、うそやん」
教室移動中の廊下での出来事だったので、さほど時間はない。教科書とノートとペンケースを小脇に抱えて説明を求めた。
俺と財前はクラスが別れたけど、週に一度当番がまわって来る以外は割と暇って聞いた図書委員会に入ったので、二年の時に味をしめて三年でも同じ委員になった財前とは微妙な接点が残った。といっても、担当日のペアじゃないので月に一度の委員会以外は接点はないはずだけど。
「うそいうか」
「ペアの子は」
「欠席やてクラスメイトがいいに来た」
本当だったら財前とペアでもいいかなーって思ってたんだけど、三年生が同学年とペアになったら受験で忙しいときに穴埋めするのが大変だからって下級生と組む事になってるので財前も俺もペアは一年生の子だった。
「言いに来たクラスメイトに頼めばよかったんちゃう」
「アホ、知らんヤツと組めるか」
「はいはい、んじゃ昼な」
「おん」
互いに背を向けて歩いて、少し行った所で待ってた友達の所に戻る。
「なんやって?財前」
「今日、図書委員の当番せえって」
「いややわ〜面倒くさ、曜日ちゃうのにな」
「一人でやれっちゅう話やな」
二人の女子はうわ〜と顔を歪めた。
「まあ、……今度埋め合わせしてもらうから」
「財前が何してくれんねん」
「いや、普通に当番代わってもらうか……たこ焼きでも奢らすかな」
「またたこ焼き女言われるで!」
二年から同じクラスで、財前のブログを知ってる子なので俺がたこ焼き女と言われていたこともわかってる。
よく考えたら財前に埋め合わせしてもらうんじゃなくて復帰した下級生に代わってもらえばいいのか?うん、じゃあいいや。
「っちゅーか埋め合わせってかご褒美やんか」
「えーなんでなんで?」
「うちも麻衣ちゃんとたこ焼きデートしたい」
ユニバデートでもええでって肩をぽんぽんしておいた。

昼休みの当番に顔を出すと、担当の先生はちょっとビックリした顔をしてる。
「どないしたん?今日当番じゃないよね?」
「財前のペアのかわりで〜」
「風邪で欠席やて言うとりました」
先生は、俺が当番の日以外図書室に顔を出した事がないのを知ってるから驚いたんだろう。
どうせ本なんか読みませんよう。いや、ずっと前は読んでたんだけど、最近は全然読んでない。
なんか読もうかなあ。いや、今は受験生だから来年以降でいいな。
「ありがとう、谷山さん。放課後はええからね」
「ほんなら俺もええですか」
「んなワケあるかい」
昼は先生も食事とるし休憩もするから当番は二人いるのが好ましいけど、放課後はそんなに忙しくもないから一人でも平気だ。新刊の入荷は来週だし、俺もやったーと思いながら頷いとく。
「部活大変なんスわ」
「誰もが大変や」
「いや、このアホは帰宅部や」
先生と財前のやり取りを、漫才かなって思いながら見てた俺は急に話をふられる。
えええ、なんで急に俺をアホ呼ばわりなの。
「まったく口の減らない子やわ」
「代わってほしいならクレープ奢れや」
絶対面倒くさがるだろうなって思ったら「ええで」っていいよった。
俺は思わずえって声を上げて空耳かな?と首を傾げた。
「ほな今日の放課後の当番頼むわ」
「ホンマの話?」
「俺は滅多に冗談言わへんわ」
「せやな」
引きつってた顔がすんっと真顔に戻る。
「……今回だけな」
「わかっとる」
あんまり良いことでもないので約束させた。
先生も甘やかしたらアカンって言いたげだったけど、財前の居るテニス部が強豪で、前年もその前も良いところまで行ってるらしいから一回は見逃してくれるらしい。

まあどうせ、放課後もたいした仕事があるわけでもないし、テスト勉強早めに始めるいい機会かもなーって思ってカウンターの中でガリガリ勉強していた。
先生もええことやって顔でこっちを見てたし、むしろほぼ先生が仕事をやってくれてたのでラッキー。
戸締まりまで先生が引き受けるから帰ってええでって言われて甘やかしてもらったので、俺はただ学校に居残って勉強してただけになった。大変ルンルンです。
「あり、財前だ。だれ待っとん」
「自分やアホ」
校門の所に立ってた人影をついスルーしそうになりつつ二度見して足を止める。
「え、クレープって今日?」
「別の日でもええけど」
「ん?いや、今日食べてこ」
どうせ財前はほぼ毎日部活でこの時間だし、俺は図書委員の当番がある日以外はさっさと帰ってる。
休みの日に改めて会うほどでもないしな。
「好きな店あるんか」
「うんにゃ、とくにない」
駅前の、店が多い通りを二人で歩きながら周りを見る。
正直どこでも良いなーって思ってたら早速見つけたので、「あったあった」と声をかけながらメニューの看板のところへ行くと財前もちゃんとついてきた。
財前はついでに自分の分も注文していたのでちょっと驚く。
「財前も甘いの食べるんや」
「普通に食うわ」
「えー、好きな食べ物は?」
「白玉ぜんざい」
笑いそうになったのは内緒だ。
「知りたくなかった」
「なんでや」
クレープが出来上がる行程を見てるのが好きなんだけど、思わず財前の方を見る。
「今後、『財前』を間違いなく呼べる自信なくなった」
「お前がぜんざい呼ぶたんびに、ハムって呼んだるからな」
「もう呼んどるやん……」
受け取ったほのかに温かいクレープをそっと両手で握った。
「いただきまーす」
ふわりと甘い香りがして、生クリームやいちごの入った柔らかさを感じる。黄色い生地の部分だけ最初にかじり、しっとりとした食感と小麦粉のシンプルな味を楽しんだ。
「ありがたく食えや、俺の貴重な小遣いやぞ」
「ばかやろう、こっちの貴重な時間をお前にくれてやったわ」
「大した仕事しとらんやろ」
俺は図星だったのでクレープにかぶりついて誤摩化した。


next.

クラスが違うと当たり前の様に疎遠になりそうだったけど委員会は一緒になったので、縁は切れませんでした。
しれっと関西弁を喋ります。嫌な人は逃げて逃げて。
Mar 2016

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