Sunset. 09
白石先輩と忍足先輩と一緒に、図書委員の当番を終えて昇降口から外へ出る。「麻衣ちゃんもすっかり関西人らしゅうなったな」
白石先輩がにこっと笑った。
多分、イントネーションとかが似て来たことを言ってるんだと思う。
同学年だと毎日会っていて、徐々に変わって行くからそんなに気にならないけど、久々に会うと違いを感じるんだろう。初めて指摘された。
「おかしくないです?」
「おん、ええかんじやで」
「あとはもうノリツッコミを心得て持ちネタ作れば立派な関西人や」
免許皆伝!みたいな顔して言う忍足先輩は白石先輩につっこまれていた。ほう、これが出来るようになれば関西人か。いやいや俺はちょっと口癖みたいなのがついてそれが偶然関西弁なだけだし、大阪に居るのも今年が最後だし……。
これは今だけ———……って思ったら少し寂しくなる。
「麻衣ちゃんは部活入っとらんのやろ?」
「ん?はい。二年の半ばから入ってもなーって思て」
「せやな、ほんならもう受験勉強とかしとるんか?」
忍足先輩が珍しく先輩っぽい話を振って来た。いや、それは失礼かな。
こういう真面目な話って白石先輩の方がしてきそうなのに。
「しとりますよ、塾とかはめんどいんで行ってないんですけど」
「えらいなあ、志望校とか決めたんか?」
「ああ、ハイ、東京なんですけど」
「え!?」
言ってもわかんないだろうから東京と前置くと、二人して驚きながらこっちを見る。
あれ?やっぱり意外なのかな?でも、元々俺が関東の子だって知ってるわけだし。やっぱり大阪捨ててくんや、みたいに感じられるのかもしれない。これはいかん。でも大阪より東京で暮らしたいって思ったのは確かなわけで……。
「それ、財前は知っとるん?」
「へ?言うてない、です」
そういえばいってねーや、と思いながら神妙な顔した忍足先輩に答える。それを聞いた白石先輩はこりゃアカンって顔するし。
うん、確かに財前には友達として教えておくべきな気もするけど、言ったところでふーんって感じになるのは目に見えてるっつーか。薄々感じてはいるんじゃないかなあ。俺が独り立ちしたいと思ってるのは分かってるだろうし。
「遠距離やなー」
「あー……あんま会えなくはなりますねえ」
白石先輩はふうとため息をつきながら言う。おお、なんだ、惜しんでくれてるのか?
そもそも携帯持ってないからなのかもしれないけど、連絡とり合ってないから、今も遠距離みたいなもんじゃね……とは思う。
高校行ったらさすがに携帯は持つつもりだけどさ。
残念がってくれてるっぽいことに、ちょっとだけ嬉しいような寂しいような思いを感じつつ二人に挟まれて歩く。
そういえば、何で一緒に歩いてるんだっけ?
ぴたっと足を止めて首を傾げていたら、隣の二人も「どないしたん」と足を止めた。
「これから、どこいくんですか?」
「あ、せや」
「どこいく?テニスコート戻ろか?普通に麻衣ちゃんについて来てもうたわ」
二人とも深く考えてなかったらしい。
俺たちは門に向かって少し歩いていたし、テニスコートは昇降口でたらすぐに曲がって行かなければいけないので、行くとしたら戻らなきゃ行けない。
「おいこらハム」
「んあ?」
久々にハム呼ばわりされたので思い切り眉をしかめる。
いつのまにか俺達に追いついていたらしい、部活上がりのテニス部の面々を引き連れた部長ぜんざいクンが居た。
「財前、まだ麻衣ちゃんのことそんな呼び方しとるんか?失礼やろ」
「金ちゃんもそろそろ名前覚えーや」
財前を追い抜いてびゅっと走って来た金ちゃんは「ハムちゃんなんで先帰ってまうんや!」って言うので忍足先輩に窘められている。
白石先輩、もっと強く財前に言って!!!
「なーハムちゃんもたこ焼きや行こうやー」
「うぅん、言われた矢先にこれかー」
金ちゃんに腕を握られてぶんぶんされる俺は、声を揺らしながらこぼす。
もう出会ったときから期待はしてないんですけどね?
なー行こうやー行こうやー攻撃を片腕で受け続けてる俺を助けてくれたのは意外にも財前で。でもその助け方がぞんざいなもんで、ひどいのなんの。普通は金ちゃんの腕とか掴まれてる俺の腕を掴んでほしい所だけど、反対側の腕を掴んで引寄せるとか、身体ががっくんなるわ。
「うわ!」
「俺達、用あんねん」
「えー!」
動物並の勘を発揮した金ちゃんは俺が引っ張られたのを察し、手をぱっと放してくれたから身体がつっぱることはなかったけど、財前の方にはよろけたので肩や腕に背中をごすりとぶつける。この男……俺を巻き込んで逃げる腹積もりか。俺だって先輩達とたこ焼き行きたいのに。
「金ちゃん無理いうたらアカン」
「えー!」
白石先輩が金ちゃんをおさえ、忍足先輩は俺達に手を振ってしっしっと追い払った。
財前嫌われてるよ?大丈夫?
「ほんじゃさいなら」
「待てや」
ぴょっと手をあげて、いつも帰る道に入って行こうとした俺の腕を財前はもう一回掴んだ。
「一人でおんの見つかったら面倒やろ」
「素直に付き合ってくださいって言えや」
「……行くで」
いわねーのかよと思ったけど、よく考えたら意味深な響きなので俺は自分で言ったこともなしにした。うん、言わなくて良い。
本当に寄り道したかったようで、俺は財前にタワレコやらドンキやらに連れて行かれる。
「ほあー、こういうとこ、あんま入ったことないわ」
「お前どうやって生きとんねん」
「そりゃもう、細々と」
若干事情が分かっちゃう財前はふすんと息を吐いて黙る。なんかごめんね!地雷じゃないんだよ?
「見てるだけで楽しいな、こういうとこ」
「おん」
ヘッドホンを吟味してる財前の傍で、きょろきょろする。
「うわぁ、8000円もすんの」
「普通やろ」
「えええ……1500円のイヤホンで全然良い」
「相容れんわお前とは、あっちいっとれ」
追い払われたので帰ってやろうかとも思ったけど、俺は商品棚を順繰りに見ていく。財前の付き添いで来てるので、メンズコーナーをふらふらしやすいっていうのは助かるかも。ヘアワックスとかアクセサリーとかは、普段はあんまり使わないけれどいつかは欲しいし。
暇つぶしに香水の匂いを嗅いでるところに、財前はのそのそやってきた。
「決めた?」
「決めたけど、来月買う」
お財布と相談した結果かなと思いながら瓶をもとの棚に戻した。
「香水つけるんか、色気付きよって」
「いちいち口悪いなぁ」
娘にそわそわするお父さんかよ。
「いつも、何付けとるん」
「は?」
今はなにも香水なんて付けてないので一瞬首を傾げた。
もしや俺から匂いがして、それについて聞いてる?それともただ香水を見てたから聞いてる?
迷いつつも、丁度昔よく使ってた好きな匂いがあったので瓶にとってみた。
「前はコレ使てたけど、普段はなんも」
「ふうん」
ぱたぱた仰いで匂いをかいでみる財前だけど、この辺りは匂いが強いからわからないのか、それとも好みじゃないのか、首を傾げる。
「いつもなんか匂いする?」
「べつに」
すんすんと襟を引っ張って中を嗅いでみると、汗拭きシートのすっとした香りはちょっとするかも。
結局財前は香水に関しての話をしてたみたいで、俺は周りに何か匂いをまきちらしているわけではなかったようだ。
よかった、と思いながら財前に持たせていた香水をもとの所に戻す。
「買わんのか」
「まだ色気付かんよ」
「高校デビューとか寒……」
「ほんっと口悪いなぁ」
next.
財前くんと初めて寄り道をしました。今は細々と暮らしているけど本当は色々やってたはず。
Mar 2016