Sunset. 11
肌寒くなってきたころ、俺は毎日のように図書室か自習室で勉強をしてから帰ることにした。家は寒いし、学校に居た方が色々集中出来ると思ったから。財前は部活を引退して暇なのか、よく一緒に勉強するようになった。全国に出る程のテニス部で部長をしていたので内申点はかなり良いだろうし、元々馬鹿じゃないので志望校は余裕だろうけど。
目の前に座って音楽を聞きながら、おそらくブログを更新してるであろう財前をちらっと見てから聞く。
「家に帰らんの」
「家やとうるさいんや」
部活ないなら勉強しろってうるさいのか、もともと賑やかなのか。
俺からも一応言わせてもらうけど、勉強しろ?受験生。
「飽きひんな」
「は?」
急に言われて、俺はシャープペンの動きを止める。
見上げれば、財前は片方だけイヤホンを外してこっちを見ていた。
「毎日飽きずにガリガリ勉強、よぉできるな」
「そおかな……でも、他にやることないねん」
「なんもせんでええやろ」
働き者体質というか、常に何かをしていたいタイプなことは自分でよおく分かってる。だから財前の言う事も分かる。
ただ俺はガリガリ勉強してる割には必死こいてやってるわけでもないし、上位をとるわけじゃない。まあ普通にやってたころよりはグンと成績は上がってるけど。
「なんかしてたいの〜」
書いた所を消しゴムで消しながらちょっと笑う。
財前は頬杖をついて、俺のノートをじっとみた。
「ひま?」
「おん」
じゃあ帰れば、とは言わない。なんとなく、それはそれで寂しいから。
「財前とこは課題出てないんか」
「……ない」
これ、あるんじゃね?やれよ。家でやりたいタイプかな。なおかつ家にあんまり帰りたくなくてダラダラしてるんだな。うん、察した。
「あーちかれた。息抜きしよ」
「音ヤバ……」
のび〜っと腕を上げると、バキバキッと音がしたので財前が引いた顔をする。
ぐいぐい腕を組み替えてほぐし、ノートとペンケースを纏めてしまう。
「終わるんか」
「おん。今日はもう勉強しない」
財前は携帯をポケットにしまい込んで、イヤホンを外してプレイヤーにぐるぐるまいてる。
「てきとーにぶらぶらして帰ろ」
一緒に帰るのは既にお決まりだし、互いに寄るところがあればしょっちゅう一緒しているので当然のように誘った。
特に用もないけど、ドンキにはつい入ってしまう。かといって何かを買ってしまう程お財布の紐は緩くはない。本当に中をぐるっとまわってぐだぐだ喋って来るだけだ。
そして財前はピアスをしょっちゅう見るので、俺も隣でそれを眺める。
「ピアスかー」
俺はぽつりと呟き、財前の耳元を見る。初めて会った時から5つしてたけど、中学に入学したばかりのころはまだ少なかったらしい。そんな頃から開いてること自体に驚きだけど。
「俺も開けよかな」
もう一度呟くと、財前が横目にちらっとこっちをみた。
「開けたいんなら開けたらええ」
「痛いやろ」
「穴開けるんやから当たり前や」
髪を耳にかけて、耳たぶをもちもち揉んでみる。
「ニードル売っとらんね」
「ニードル派なん」
「ピアッサーだと穴が定着し辛いし、下手したらしこりできるって言うから」
「無駄に知識だけはあるんやな」
「へえへえ」
開けてたことはないけど、それなりに大人だったので色々な話はきいてる。
まあ友達の持論とかもあるので、確かな事ではないけど。
「ニードルうちにあんで」
「それはつまり財前が開けてくれるってこと?」
「なに奢ってくれるん」
「500円のコンビニスイーツかな」
「ケチくさ」
「80円のプリンがええならそう言ってよ〜も〜」
きゃぴっと笑ったらキモいと言われたのでほっぺを膨らました。
「コンビニ行くで」
「ういっす」
さらっとコンビニを提示するあたりがめついような、優しいような。
財前の好きなアレは300円もしないけど、やっぱりがめつかった財前はついでに飲物も買わせて498円におさめてきた。こいつ、やりやがる。
まあ500円でピアス開けてくれるなら充分なんだけど。おまけにいらんピアスをくれるらしく、ファーストピアスも必要がないって言うので財前様には当分足を向けて寝れないわけだ。
ピアスホールは、次の日の放課後に開けた。
財前が道具を持参してくれたので、教室でぷっつんと。同級生たちが何人か見学に来たり動画とったりしていた。
一ヶ月はこのピアスのままなので、当分俺のお耳は財前から貰ったピアスがぶらさがることになる。
放課後一緒に残ってたり、ピアス開けてもらったり、わっかのピアスをしてお揃い風にしてると、ますますそういう風に見られる事が多いんだけど、それが少しだけ嬉しかった。というのも、俺が財前を好きだからとか、周りの勘違いが滑稽だとかじゃなくて。
財前と俺だけが真実を知ってる友達っていうのが、ちょっと特別な感じで。
「へへへ、ちょっと痛かった」
「痛くない方がおかしいやろ」
じんじんと熱を持つ耳に、財前と似たピアスをぶら下げてへらっと笑った。
「赤なっとるわ」
「うん、熱い。まあ外出たら冷えるやろ」
「今日は残らんのか」
「帰りに買い物頼まれててな」
今朝から奥さんに頼まれてたので、俺は寄り道をする気も居残りをする気もなかった。ピアスはそう時間もかからないだろうって思ってやってもらったのだ。17時からのタイムセールには充分間に合う。
一緒に帰る所まではいつもどおりだけど、財前は当然主婦でごった返すタイムセール時のスーパーにはついて来てくれず、隣のコンビニへ逃げて行った。まあ動き辛いし気にかける手間も無くなって良いんですけど、時々思い出したように薄情になるやっちゃなあ。
買い物が終わってコンビニを覗くと財前はまだ雑誌を立ち読みしていて、俺は一応声を掛けに行ってみる。手をあげて別れたから、さよならってことかなと察してたんだけど、俺に気づいた財前は雑誌をもとの棚に戻して鞄を背負い直す。え、待っててくれたの?きゅんとはしないけど、ほっこりする。
「終わったん————、」
財前はそっと顔をそらして、口元を覆った。あれ、笑ってる?珍し。
「ネギ出とる」
「さすがにリュックん中入りきらんかった」
コンビニから出たら、財前に携帯を向けられてきょとんとしてる間に俺は写真を撮られた。あ、笑い損ねた。
ネギ背負った鴨ならぬ俺を写真に収めた財前は特に感想も無く携帯をしまう。
おい、何か言えよ。
「あ、いたいた、麻衣ちゃん」
「ん?」
まあいいや帰ろう、と思っていた俺を後ろから呼んだのは家に居る筈の奥さんだった。
「あれ、なんで」
「うちの人半日で帰って来たから、車使えたんよ」
「えー、先生帰っとるん」
「早う言っといてくれてたら麻衣ちゃんに頼まんで良かったのにね」
「いやいやそんな」
ごめんねえ、と謝られて俺は手を振って否定する。
それから奥さんは、隣に居た財前を見て目を丸めて「あら」とだけ言った。互いに軽く挨拶をかわしてから、奥さんが「今日はうちに来たら」と言うので驚く。主に俺が。だって奥さん大阪の人じゃないのに。あ、これ偏見か。
前に俺が友達んちですきやき食べて来たことは知ってるから、その子だと思ったんだろう。まあ正解なんだけど。
「車で来てるんよ、乗って乗って」
「はあ、ほなお邪魔しますわ」
意外にもあっさりと奥さんに背中をおされた財前は、後部座席に乗り込んだので俺も後を追う。
晩ご飯の支度中は洗濯物を取り込んだり、お風呂を洗ったりするはずだったんだけど、早く帰って来た先生が奥さんに急かされてやったので、俺は財前とこたつでみかんを食べながらご飯を待っていた。
先生とおじいちゃんも居るので四人で顔を突き合わせ、学校とか進路とかの話からとりとめない話までした。財前は生意気な中学生っていう印象が強かったけど、さすがに初対面の大人に毒を吐くこともなかった。……というか部長とかやってそれなりに頼もしくなったのかな……。同級生として一緒に居るとあんまりわからないから、先生達と財前の会話を聞きながら、俺は大人目線で財前の成長を感じてしみじみした。
next.
財前くんは無意識にブログでよく主人公の話をしてて、はたから見ててまじカップルなのが面白いと思います。
アホがネギしょってきた光景もきっと話してるはず。
昨今ニードルが普通にお店に売ってないんですよね。しかも人に刺すのは本当は駄目なんやで……。
Mar 2016