Sunset. 14
食後のテニスをやるとか言われて俺は戦慄した。えええお腹痛くなるやん。女子って認識もあって無理には誘われなかったけど、財前は一氏先輩に引っ張られてコートに入れられていた。運動するからって学ラン脱いで行ったので俺は勝手にそれを膝にかけて暖をとる。でも上も寒い……コート着てくればよかったかなあ。外に長居すると思ってなかったし。
誰かのコートを借りようと思ってきょろきょろしていると、ラケットを持って休憩にやって来た白石先輩が目に付いた。
「どないしたん」
「ああ、誰かの上着借りようと」
「運動しとらんから寒いやろ、俺の羽織ってええで」
紺のコートをベンチから拾い上げた先輩は、俺を見下ろしふわっと肩にかけた。いい匂い再び。
寒空の下、イケメンの匂いに包まれることになる、なんという年末でしょう。あったかいし、嫌いな匂いじゃないんだけど、あんまり良い気分にならないのは俺が女の子じゃないからだ。全然ときめかね〜。
おまけにマフラーまでぐるぐる巻いてくれたので、うわーと思いながら俯く。自然とマフラーに顔を埋めることになったので数秒でやめたけど。
「前閉めた方があったかいで」
白石先輩は腕を通してないにも関わらずコートの前を閉じる。なんだか捕まえられた気分だ。
「おかーさんみたい……」
実際にお母さんにこんなことされた覚えはないから、他意もなく言った。そしたらちょっと気遣うような顔がこっちを見て来て、「そうか」と笑うので、多分話を聞いてたんだろうなあと察する。
「手ぇ出し」
「ほい」
もぞもぞ動いて袖に手を通すと、両手をきゅっと握られた。
「お母さんに甘えてもええで」
俺のお母さんはこんなイケメンじゃないし、ちょっと甘い爽やかな匂いじゃなくて石鹸の匂いのする人だったから全然違う。
でも冷えた手だけは似てる、と思ったらちょっとだけ寂しくもなった。
ほっぺに先輩の手をあてると本当に冷たかったので、目をぎゅうっと瞑って堪える。
「……手ぇ冷たいね、お母さん」
「麻衣ちゃ、」
「アハハ、お母さんの手はこんなごつごつしとらんけど!」
「せやろなあ」
「よくわかんないけど、身体冷えてるのに運動したらまずいんちゃいますか」
「……今、あったまったわ」
白石先輩はほんのり笑った。
うそつけ、まだ手は冷たいぞ。
もぞりと指先が動いて、俺の頬からずれて耳たぶをかすりながら離れて行く。ピアスに軽くぶつかったけど、痛くはない。
「ありがとおな」
「こちらこそ」
頭のてっぺんをぽんぽんと撫でて、先輩は手をおろした。
何か思うことがありげな顔で見下ろされて、俺はよくわからず言葉を待つ。
お母さんの話は吹っ飛ばしたので、それを引き摺るような空気読めない男じゃないと踏んでるんだけど。
「しーらいしー!聞いてやー!」
「なんや金ちゃん」
静寂を打ち破ったのは、バタバタと走って来た金ちゃんだった。
「麻衣ちゃんと財前こんどユニバ行くんやて!ずるいー!ワイらも行こうやー!」
「!?そ、そうなん……いやでも、金ちゃんデート邪魔したらあかんで」
「なんでデートなん?」
赤ちゃんはどこからくるん?みたいな質問をしてるようにしか見えない。そんな……綺麗なまなこで……。
チラッチラッと白石先輩が気まずげに視線を送ってくる。
騒がしいベンチにいつの間にか皆が集まって来ていたし、ほんともーどうしてくれよう。
「あら、麻衣ちゃんと財前くんデートなん?」
「今白石と浮気しとらんかったかこの女」
「いや、デートちゃう」
とりあえず俺は財前の言葉を借りて否定しておいた。白石先輩とも浮気ちゃう。
「デートちゃうん!?」
でっかい声で反応したのは忍足先輩だった。俺はけろっとした顔で「そですよ」と頷いた。財前はあーめんどくせって顔をしてる。
財前は先輩達の誘いを断る為に俺をダシにしてたので今まで否定しなかったけど、もうそういう必要もないだろう。今後は俺も居ないので、新しいダシを見つけてくださいって感じだ。
「ならワイらも連れてってえな!」
「皆と行くと日取り合わすの大変やから誘わんかったけど、金ちゃん暇なん」
「あ!ワイその日部活あんねん……」
野生の金ちゃんは最高学年になる自覚が生まれ、野生じゃない金ちゃんになったらしい……。
つうか日付まで知ってたのか。
「揃いのピアスしといて、付き合うてへんのかいな」
「ああ、これは財前に開けてもろたんで、トーゼンというか」
長いこと勘違いしてた忍足先輩はは〜とでっかいため息を吐いた。
別に俺は付き合ってるなんて一言も言ってないもんね。
「ほんなら、俺にもまだチャンスはあるゆうことやな」
「それはないっスわ」
「ないなあ」
ようやく口を開いた白石先輩はにっと笑ったけど、財前が断言し、俺もそれに続いてないなと切り捨てる。
すると白石先輩はどんよりと落ち込んでみせた。ナイスボケ!ナイスリアクション!
「なんやお前ら、やっぱ付き合うとるんか」
「それもないっス」
一氏先輩の突っ込みに、財前の口調を真似しながら手を振って否定する。
「でもまあ、財前と付き合うてへんのに、白石と付き合うかっちゅー話やな」
「そういうことに、なるんですかね?」
忍足先輩がしたり顔で頷いた。
「麻衣ちゃんは誰が好みなん?やっぱり財前くん?」
「えー、そんなん聞いて楽しい〜?」
「めっちゃ楽しい〜」
金色先輩がくねくねするので俺もまねっこする。
「一番性格好きなんは忍足先輩かな」
「え!?俺!?まままま待ってな、心の準備がでけてへんかった」
あまりにさらっと即答したので、ドキドキする時間もなかったらしい。
「え、ホンマに俺なん?」
「ウン、同級生だったら絶対友達になってた気がする」
「友達かいな!」
「あはは!ほら、こういうとこ好きです!」
「ドキドキさせんといて!」
びしっと突っ込んで来る忍足先輩に笑いがこみ上げて来る。
「結局謙也は完全恋愛対象外っちゅーわけやな」
「自分も即答されとるやないか、それも財前に」
白石先輩と忍足先輩が皮肉を言い合ってるので、まあまあとなだめに入る。
俺のために争わないで!
「好み以前に、男の人好きになったことないんで、悪く思わんでください」
「———まさか、オマエ」
一氏先輩が俺をぷるぷると指をさす。
「女の子が好きです」
へらっと笑うと、大半がひょえって顔をした。
「財前、これ知っとったんか」
「はあ、まあ、想像はつきますわ」
忍足先輩と財前がボソボソ話しているのを、俺はにこにこ笑顔で聞いていた。
next.
白石先輩はとりあえず現段階ではまだ恋は始まってません……。ただ付き合ってないってことは分かったのでここからさきどうなるのか。ええ子やな〜って感じがじわっと上昇しかけた瞬間の話でした。ただ最後にまた、立ちかけたフラグをぼっきりしたので、→ふり出しに戻る。ですね。
あと、金ちゃんは上裸見ても男だって分かってなさそうとか言ったけど、そんなの見なくても本能でわかってるパターンもありますね。財前と主人公が付き合ってないってのは分かってたというか、皆が付き合ってるって思ってる方がわからなかった感じです。
Mar 2016