I am.


Sunshine. 01

嘘やろ課題終わらへん。
脳内でひとりごちながら、必死こいて手を動かした。
いつものように課題が出て、いつものようにバイトしつつ進めてたはずだった。特にサボったわけでも、バイトが忙しかったわけでもない。課題の量もいつもどおり、と、俺は感じてた。俺はね。
始めてみたら色々とやらなきゃいけないことが多かった。いつもよりも。
それに気づいたのは期日も迫る今日この頃、ゆっくりと危機感を理解していくのに対し、手だけはせっせと動かす。まあスピードは変わらないけど。
見誤っていた自分を責める余裕すら今はない。
徹夜しない、でも2時くらいまで頑張れば終わるんじゃないかなってスピードのはずだったが、もう徹夜覚悟でがんばろう───と、しめやかに腹を括った。

その時、やけに軽快なリズムが部屋に響き渡る。
まだ日付の変わらない、けれど遅い時間。大学生なので夜更かしをする友人も多く、電話が鳴ることはおかしなことじゃない。でも今日に限って電話してこなくていいじゃん。
んん〜!もう!光じゃねーかよ。
ぴろぴろうるさいっと自分の設定した着信音に苛立ちながら、通話ボタンを押した。さすがに切るという選択肢はない。
「もしもし」
愛想もなく電話に出る。
耳に当てた途端に喧騒が聞こえ、さらに近いところでは誰かの息遣いがした。
「光?おい〜」
まさか寝ぼけてんのか。
携帯電話を耳からはなして、表示される光の名前を睨みつける。
明らかに家ではない周囲の音。おそらく居酒屋だろう。
どうせ友達と飲みに行ってるんだ。……そしておそらく潰れたんだな。

『彼氏出た?彼氏』
遠くから誰かの声がする。
「もしも〜し」
俺が大きい声を出して光の携帯から音が聞こえるのかはわからないけど、とりあえず遠くの声に返事をしておく。
『お、ほんとにくんじゃんかよ。自覚あんのうける〜』
「はい?」
『財前に彼氏に電話かけろって言ったんだよ』
「あーそう」
何せ俺と光の付き合いは中学から。散々彼氏彼女と揶揄されていたため今更である。彼女じゃなくて今では彼氏という呼び名だけど。
「で、なに?」
わざわざ彼氏と名高い俺に電話を掛けさせる意味がわからない。
だって光の友達はほとんど顔を知ってるし、もちろん話したこともあるんだ。
いや、本当は理由なんて大抵一つしかない。───酔いつぶれた光のお迎えだ。


「はい全員目を瞑って」
渋々やってきた所定の居酒屋で、机に突っ伏して顔を隠している光とその周りにいる友人たちを見おろす。光以外の奴らも全員そっと顔を伏せた。
「光にこんなに飲ませた人は手を挙げなさい」
そろりと手を挙げた奴がいる。
「ま〜た全員。もちょっと自覚してくれる?」
全員白々しく目を開けて顔を上げる。そして、え、お前も?と指をさし合う。
この茶番は何度かやったことがある。つまり光は過去にも何度か潰れたことがある。
光はけして酒に弱いわけではないし、ゆっくり静かに進めるタイプなのでハイペースでがぶがぶ飲んだりはしない。のに、この連中とだけはよくペースを乱される。
光以外全員ウワバミなもんだから、光もつられがちになって、ついつい飲みすぎるというわけだ。
奴らも水を頼んでやったり、しばらく休ませてやったり、こうして俺を呼んだりはするんだけど、……そうじゃなくてさあ。
「どうにかならんかなあ、いつでも迎えに来られるわけじゃないんだよ?」
うつ伏せてはいるけど、一応起きてはいるらしい光は、俺が軽く揺さぶると手を軽く避けて拒否した。もうちょっと休ませてほしいようだ。
よいしょっと座敷にあがりこんで腰を下ろした。
「はい先生〜、人の事言えないと思います」
「俺は光に迎えにきてもらったことはない」
「でも酔っ払って財前ち帰ってくるって聞いたよ」
なぜ知っている……。
いや光が話した以外ないか。
「ま、ウン、自力で帰ってるってことだよネ」
「他人の家に帰ってきてるじゃん!」
一升瓶抱えた飲兵衛にまともなツッコミを入れられても、俺どうしたらいいのだか。
「光の家に行くことが多いんだからしょうがない」
「道端で寝たり、全く知らない人の家の玄関に鍵刺そうとしてガチャガチャやるよりはマシだけど。いっそくんも財前に迎えにきてもらったら?」
「え〜」
酔っ払いになんか言われてるが、俺の帰巣本能にインプットされた巣が光のお部屋になるのは相当酔っ払ってる時だけだ。酔うと思考がナナメになるんだろうなあ。
一人で納得してふむふむ頷いた。
光は微妙に復活して水をちびちびのんで酒を薄めているし、周りの飲兵衛たちはもう一本開けようとしている。
「光立てる?俺課題あるからそろそろ帰ろ」
「ん、……帰る」
ふ〜と息をついた光は気怠げに膝を立てる。頭が重たそうなので、隣で見守りつつ、立ち上がり切ったところで上半身を軽く支えた。

さすがに光を家に送ってたら手間だなって思って自分の家に連れて帰る。
しょっちゅう寝泊まりするのでうちには来客用布団がひと組あるし、逆に光の部屋にはマットレスにもなるソファがあった。
そうじゃなくても俺は課題やるんで寝るかわからないし、光が後ろで寝てようがトイレにこもって吐いていようがどっちでもいい。
「しじみの味噌汁あんで」
「いらん」
キッチンで引き出しを開けてインスタント味噌汁の袋をぱたぱた振ったけど、光はさっさと上着を脱いで椅子にかけて、荷物もどすっとおろしてる。
そして俺の洋服入れを開けて適当なものをひっぱりだしてた。
「着替える?」
「シャワー借りる」
「いいけど、平気?今日結構飲んでたろ」
俺が居酒屋についたとき顔も赤かったし、今もまだ目が充血してる。
腰を曲げて、しゃがんでる光の目を覗き込むと、ふいっとそらされた。
俺の部屋に光の服も下着もあるし、逆もまたしかり。てきとうに突っ込んである中からしっかり自分のを見つけ出した光は、着替えを片腕に巻きつけるようにして抱える。
「着替えだけしてそのまんま俺の布団で寝てていいよ、まだ当分寝ないし」
「あたまとか……布団タバコ臭くなるやろ」
「んーまあ、でもこのくらいなら」
今度は俺も同じようにしゃがみ、顎を上げて鼻を突き出すようにして光に顔を寄せる。たしかに少し煙っぽい匂いがついてる気がする。
枕に多少つくかもしれないけど、枕カバー洗えばいいかなって感じ。
それよりもシャワー浴びててふらついて、怪我するほうが怖いから気にしなくていいのにな。
匂いを嗅がれているのが嫌なのか、光は顔を少し傾けた。
俺の顎と輪郭をくっと引っ張った指先は、少し乾いていて硬いのでわずかに肌を刺す。
「っ、……」
反射的に目を瞑ってから薄目をあけると、光の目尻が見えた。
柔らかく濡れた唇がぶつかってもつれる。

手は悴むように動かなくなっていたけど、息遣いを合わせたり、ちゅっと音を立てて離したりなんかしたのは紛れもなく俺の唇だった。
?」
わずかにあった冷静な部分が、ようやく体の動きを止めてくれた。
動かなくなった唇のそばで光が誘うように俺の名前を呼ぶので、ぐっと力を込めて体を離す。
「ね、ろ」
言葉を区切りながら光と布団を順番に指差して立ち上がった。

ん、と短く返事をした光は洗面所に行って着替えてから、もぞもぞと俺の布団に入り込み静かに寝付いた。何も言い返してこないところと、シャワーを諦めたところを見た感じ、おそらく結構酔ってぼんやりしてるとみた。
俺は光が寝息を立てるまでに一挙手一投足気になってしまって、まったく手が動かなかった。
……今日、迎えに行くんじゃなかったなあ。
課題がおわらず眠れない。


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Oct 2018

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