I am.


Sunshine. 02

記憶を失うほど飲んだわけじゃないだろうけど、光は翌日俺になんも言ってこなかった。
というか俺が慌ただしく家を出てったからかもしれない。

課題をやっていてほとんど眠れていなくて、授業も寝てしまいそうなので終わり次第寄り道もせず部屋に帰った。幸いその日は出席しなきゃいけないものが少なかった。
倒れこむようにして布団にもぐると、わずかに煙草の匂いがする。
光を昨日あのまま寝かせたからだろう。枕カバー剥いで洗濯機に入れてタオルを巻くという手もあったがそこまでやる元気がない。やがて匂いなんてわからなくなってきて、意識もなくなっていった。

「おい、───」
「───……」
光が肩を揺さぶるから意識が覚醒していく。
鍵を開ける音もわからなかった。あの一連の動作は意外とでかい音がするのに。
腕を上げて光の手から逃げるようにしながら、頭と顔をもぞもぞこする。
手でこすった力を借りて目を開けて、その次にようやく声が出せるようになった。
「あー」
「起きたか」
「はよ」
「めしは?」
「くーてない」
もう一度指でまぶたを揉み眼球を刺激した。
言いながら感じとった匂いに、ぱちっと目を開ける。
白い袋に入ったそれらしきものを光は持っていた。
「牛丼?」
「くう?」
「くう〜」
ぱあっと両手をあげた片方の手だけ掴まれ、軽く引っ張り上げてもらう。
もちろんそれだけじゃ起きられないので自分の手を布団についたけど。

今日は俺のバイトもなく課題終わらせたら暇、っていうのを光も把握済みだ。
そして帰って寝てることもお見通しというわけである。
「光バイトは?」
「食ったら行く」
「いってらっさい」
昨日は課題で散らかっていたテーブルの上に、今日はどどんと牛丼。
二人で向かい合っても食べながら、時折携帯いじくったり、お茶のおかわりに立ったりする。
「そういや、西先輩が来月こっちくるらしいで」
「ん?そうなん?」
西兄は俺たちの三つ上の先輩なので、もう社会人となりバイトもやめている。
地元の福島で就職していて東京にはもういないから久々にその名前を聞いた。
「大学の友達の結婚式あるらしくて、こっちくるらしい」
「ほえー大学ってったら俺のじゃん」
「どうせ知らん人やろ」
「まあそうだな、西兄と共通の知り合いなんて光しかいないや」
残ったつゆとお米をさらさら飲んだ。
結婚かあ、めでたいなあ。知らない人だろうけど。
「西先輩の送別会やっとらんし一回集まるか、言う話になっとるけど、もくるやろ」
「俺も行っていいの?バイトじゃないのに。っていうか西兄やめて二年くらい経つんじゃ」
「ええんちゃう、店長と原田さんに予定聞いとけ言われた。あの人バイト長かったし知ってるメンバーもまだ結構おるしな」
「あ〜」
嬉しいようなおかしいような。
原田さんとは店のマネージャーで女性社員。8歳の息子がいるお母さんで、俺や光みたいな一人暮らしの学生をよく気にかけてくれる人だ。会うたびにちゃんと飯食ってるかって聞かれる。
「たしか結婚式日曜で、金曜の夜こっちくるらしいから土曜の夜」
「土曜の夜なら多分大丈夫だけど……急な依頼が入らなければ」
「予約人数にはとりあえず加えとくわ」
「うん、よろしく〜」
驚くほど普通の話をして、光はバイトに出かけて行った。

昨日の話は全くしてない。しいていうなら、「徹夜して寝ぼけるのも大概にせえ、家の鍵閉め忘れすぎや」と注意されたくらいだ。
俺はどうやら家の鍵をかけわすれて眠っていたそうだ。
家に人がいるんだからまだマシな方だけど。
あ、ハイ……と返事をして見送って、ほっと一息ついたことで少しは緊張していたことを思い知る。

たまに手を繋いでみたり、一緒の布団で寝たり、そのまま背中にぎゅーと抱きついたり、ソファーでべったりくっついてテレビ観たりしてるけどキスまでしたのは初めてだった。
進展したと思いきや結局俺たちって別に付き合ってるわけではないので、よくわからないんだよな。
そういう意味で好きと言ったり、恋人を公言したことはない。
彼氏というのはあくまで、仲の良すぎる男友達の揶揄に使われている。
でも俺はこの関係でいいかなあと思ってた。
まだ麻衣の名前で女の子として過ごしていたころ、周囲には恋人だと誤解されたまま二人だけの秘密の友達という響きに胸を打たれていたように。
周囲には仲の良い友達同士だと思われたまま、延長線上で言葉もなく気持ちを確かめあう繊細な関係。
俺たちはいつだってなんにでもなれた。
その方がきっと、長く一緒に居られる。


翌月めずらしく調査の依頼が入った。
今までの経験的に数ヶ月に一回はあって、ここ数ヶ月依頼がなかったのでそろそろ何かしら受けるんじゃないかとは思ってたけど。
西兄が東京に来るのよりは少し早くに入ったので、ナルたちが頑張ってくれればおそらく送別会には間に合うはずだ。
依頼先は新潟県にある築70年の日本家屋だった。普段は民宿をやってるらしく、築年数の割に中は綺麗で小洒落てた。
雰囲気あるぅ〜と綾子と俺で口を尖らせ、ぼーさんがお前らなあと苦笑する。自分たちの職業を忘れてなんか幽霊出そうな家だね、と言ってしまうことが稀にあるのだ。

泊まり込みの作業四日目にしてようやく心霊現象らしきことが起こった。
なにせ霊はシャイなので、俺たちのような部外者が急に泊まりに来ても何も起こらないことが多いらしい。
……らしいというのは今までは割とわかりやすい霊が多かったから、収穫のない日々を何日も過ごしたことがないためである。
ちなみにポルターガイストの原因をひとつ潰すための暗示実験は初日にしているし、何も起こらない三日間は土地や周囲の状況についてかなり綿密に調べてあった。
そういうわけで兆しが見えれば話は早い。翌日には原因がつかめて翌々日には除霊の目処が立って居た。
が、運の悪いことに俺は霊の抵抗にあって吹っ飛ばされ、二階の窓から落っこちた。
窓は開いててガラスに触れなかったことと、窓の外にも屋根があり、転がる間や落下するときに手をひっかけてスピードを緩められたことで地面との衝撃はいくらか和らげられた。
まあ慌てて腕を出したので骨折したんだけど。
「き、利き腕かあ……」
あちゃーと左手で顔を抱えた。右手は固定されてて動かない。
精密検査の結果負傷が右腕だけだとわかっても微妙にショックだ。
「腕だけでよかったわ。しばらく不便だろうけど……」
「うん、まあ……頭とか背中とかやるよりは、運がいいかもな」
一日入院となった俺の付き添いに綾子とぼーさんが来てて一様にほっとした。
「除霊は?」
「ジョンがやった。真砂子も確認してくれてるし、大丈夫だろうってよ」
「ナルが依頼人に説明してるわ。明日には撤収ね、あんたも明日には退院」
「そっか、よかった」
今ここに居ない面々で調査の方は問題ないようだ。撤収準備も手伝えないし、明日退院してみんなと帰るんでいっか。
「───そうそう、あんたの彼氏に連絡しといたから」
「は?」
「病院くるってよ、彼氏」
「は?」
綾子とぼーさんの最後の補足でよくわかんなくなって固まった。
彼氏なんて光しかいないじゃないか。
俺に身内がいないのはみんな知ってるし、光と顔を合わせたこともある、そして光が東京に来てることも知ってる。
「え、なんで連絡したの?」
「ちょうどメール来てたから見ちゃったのよねえ、それで一応」
確認してみたところ、メールはいつ帰れるか予定わかったのかって内容だった。
それなら綾子も報告のために電話を入れてもおかしくない。
家族いないのでしょうがないけど、俺の緊急連絡先が光ってどうなの。いや、光以上に身近な人はいないし逆の立場だったら俺に光のことを報せて欲しいもんな……。
「病院くるってマジか……」
「でも退院は明日って言っといたわよ」
明日くるんじゃない、と言いたげな綾子だったがそのとき病室にノックされる音が響いた。


───連絡くださってありがとうございます、と珍しく丁寧な物言いをしている光を見た。
バイト中もあんまり接客してるところを見ないし、仲の良い先輩たちにはあけすけな物言いが多いからだ。
「身体は?」
「右腕骨折だけ。大丈夫だよ」
固定された手を指差して光に笑う。
光は目に見えてほっとしたように息をついた。
「光、今日はどうすんの?」
「泊まる。適当に」
「え、……明日来たらよかったのに……」
なんか申し訳なくて肩をすくめた。
「お前が二階から落ちた言うからやろ」
「すいませんでした」
俺だってそれ聞いたらすぐ来てしまうかもしれない。
人のことを言えないのでもう黙った。
俺たちの会話を聞いてた綾子とぼーさんは、依頼人の家に寝泊まりしてるので、そこでよければ話をつけるがと提案してる。
元は民宿をやっている家だったし、そもそも俺たちが泊まり込んでたので人を泊めるスペースはあるだろうけど、無関係っちゃあ無関係なんだよな。
泊まらせてもらいなよ、ともやめときなよとも言いにくい。
結局光は俺と同じく、微妙な気分だったみたいで断っていた。
「あー西兄の送別会行けるかな」
「だめなんか」
「だめくないけど……箸が使えない」
「そんなん、フォーク頼めばええやろ」
「そうだよねえ」
「───心配されるん嫌なら、断っとくけど」
「でもやっぱ西兄には会っときたいなあ」
「せやな」
綾子とぼーさんは明日また迎えにくるそうで帰って行き、病室には光と俺だけが残された。
椅子は備え付けられてなくて、光はベッドに腰掛ける。腰の横についた手が近くにあって、今は誰もいないので指を伸ばす。
「雇い主の人にオレの連絡先教えてええから、今後も怪我したらちゃんと電話入れるようにせえ」
「はあい」
存在やぬくもりを確かめたくて、指を絡める程度のつもりが触れた途端、上から手を包み込まれた。俺より少し厚みがあって硬い手だ。
「かぞくみたい」
ぽそっと呟いて笑みをかみしめた。


next

前の財前編書いた時大学一年生くらいだけどもう三年生になってる設定です、しれっとな。
Oct 2018

PAGE TOP